+ 王女と宰相 +


第1話 政略結婚と王女

ナーセットのアーシェリア王女は今年で14歳。
ふわふわの金髪も肩をすべるように伸びて、お人形のように可愛らしい。
幼い少女の特権のような、誰も彼もを幸せにする、こぼれるような愛想をお持ちである。

…そして、ちょっと「我侭」で。

「嫌よ。絶対に嫌っ!!! ああ、時間が無いわ。あと三日の間に、返事をしないと、セルシュは攻めてくるんでしょうね。でも、嫌っ。あんな自己陶酔の塊みたいな奴の妻になるなんて、…身を投げてしまいかねないわ」

「まあ…落ち着いて下さい。あと、三日あるんでしょ?」
 先程から同じ場所を行ったり来たりして、不快感を演出している幼王女に言葉が放たれた。男の声だ。
「他人事じゃないのよ。 第一王女の私が、政略結婚なんかで隣国に無理やり嫁がされるかもしれないのよ。 ねえ、サリュー?」
 ゆっくりと、説明するように、王女は告げた。
 椅子にすわって、足を組んでいる男は余裕の表情だ。
「ああ、私を見捨てるつもりね、薄情者。あんたなんて…」
「ストップ」
「え…」
 しっ…と、口元に指を寄せて、サリューが制止した。
 
 カチャリと、扉のノブをひねる音がした。
「宰相、吉報ですよ! セルシュが条件を改めました。姫様の結婚の項、取り消されてますよ!!」
「よし、間に合ったな」
 サリューが、ポンと膝をたたいた。
「何やったのよ!? セルシュの王子がそんなに簡単に諦めるわけ…」
「私はこの大陸随一の天才宰相ですよ、アーシャ様。どこからでも敵国の弱みの一つ二つ見つけて、うまく条件改定に持ちこんだりできますよ。さあ、心配事も無くなったことですし」
「本当に、いかなくて…いいの?」
 きょとんとした顔で、サリューを見上げる幼王女。
「ええ。私があなたをいかせるわけないでしょう? 約束しませんでした?」
「うん…?」
 伝達役に扉を閉めて去るように、指示し、サリューは王女に手を伸ばした。

 ガチャ、と音がして、部屋の中が密室と化した瞬間、王女と宰相は互いを抱きしめていた。
「だから、渡しませんってば。アーシャ」
 疑いの眼差しを解かない王女に、あやすようにサリューが言う。
「本っ当にセルシュに行かなくちゃならないかと思ったわよ」
「そりゃ、成功するまで、格好悪くて言えませんから。結構苦労したんですよ。悩んだし」
「あら、…私のことで?」
「もちろん。だから、今回は慎重にね。セルシュの坊っちゃんは確かに、粘着質であなたにこだわってますから、大変だったです。ま、何とかなりました。…アーシャ、こんなに頑張っているのに、まだまだ、私を困らす気ですか?」
「…分かったわ。サリュー、目を閉じてね」
 王女は、首をちょっと傾けて、サリューの唇にそっと触れようとした。

 ガチャ
「お二方、ところで…」
 宮廷貴族風の青年は、一歩入りかけて、一時停止した。
「す…スイズ…」
 上ずった恐い声がサリューから漏れた。
「うわ、いいところでしたね。すみません。…て、部屋で鍵かけてやって下さい。…王女、そんなに恥ずかしがらなくてもいいですよ、悪いのはそちらの宰相でしょうし。サリュー様、セルシュの使いが、みえているのですが、どうされますか?」
「用件は?」
「例の件でしょう。王女もともに来てくれ、と要求しています」
「まったく…、こちらが最悪の状況だと分かっているから、態度も大きいな」
「王は病の身、…要となるのは宰相、あなただけでしょうから。どうされます?」
「仕方ないな」
 サリューは、本当に迷惑そうに、アーシャから手を離した。



 第1話 end