第2話 わがままとキス
またとある日。
今日は、やっかいなことに、セルシュの王子ミアムまで来ている。先日のしてやられた条約改定に、胸の熱いものがおさまらない彼が、わざわざ足をかたむけてきたのだ。
「もう、サリューが悪いのよ」
「どうしてそういうことになるのですか? 私はきちんと完璧に宰相としての役目をこなしているじゃありませんか」
「ミアムは蛇のようにしつこいのよ。…諦めるどころか、ますます欲しがってくるわ。手に入らない物が嫌いなのよ」
アーシャは、ブルッと震わせた。
ナーセットの王女と、セルシュの王子が政略結婚…、考えただけで怖気が走る。
今のところ、力で押すセルシュを、ナーセットは宰相一人の策謀で、すれすれにかわしているというところだ。
国王が病で、危機とみた他国によって、最近ナーセットは追い詰められつつある。
簡単に綴れば、…ターゲットにされているのだ。
特にセルシュの傲慢さには目を覆わんばかりである。
頼りになるものが、宰相だけではいずれ崩れるだろうと。
幼い王女を早めに渡して保護国になった方が賢かろうと。
言葉で直接現れなくとも、セルシュの意図は、嫌になるほど伝わってくる。今のところ、どの国よりも早く、アーシェリア王女との結婚を申し込んできたのは、かの国限りだ。
「サリュー…、大丈夫?」
隣に立つ、背の高い青年に、王女は話しかけた。
普段は、頼もしい限りの宰相…、少し若過ぎるきらいはあるが…、彼は、口を閉じて、十分ほど考えていた。
その間は、足元にアーシャがいることも忘れていた。
そして…。
「アーシャ、行きましょうか」
「うん。…ねえ」
王子との会見に不安の色をみせる王女は、サリューに首尾のぐあいをたずねようとしていた。
「さっさとすませてしまいましょう」
「ねえ…、どうなの? ミアムを負かせそう? 私を守ってくれるんでしょう?」
「心配しすぎですよ、アーシャ」
軽くいなされて、アーシャはムキになった。
「だって、…サリュー一人なのよ? うちの国はあなただけで保っているって、他の国じゃ言われてる。大した幸運だ、って。私は王女なのよ?
心配しちゃいけないの?」
アーシャは大げさに、感情を込めて言ってみた。
こういう風にリアクションすると、サリューは大抵の場合、優しく応えてくれる。
が…。
「ごめんなさい、アーシャ様。今…私は、あなたを構うほどの余裕がありません。わがままは、他の時間にいくらでも聞かせてもらいますから」
「な…」
冷ややかな言葉を浴びせられて、アーシャは絶句した。
「どうして!? どうして…!?」
バカ、バカっ、と…アーシャはサリューに突っかかった。
いつもあんなに優しいのに、宰相の立場かたなしで、甘えさせてくれるのに…、と、彼女の胸に幾つも光景がよぎった。
「さあ、時間ですし」
「サリューのいじわるっ…」
「ほらほら、遅れたら王子に嫌味を言われてしまいますよ」
「……」
突然、アーシャはしゃがみこんだ。
すねている…というのが、本当の状況だが、幼王女が仕草すると、たとえわざとでも本当に可哀想にみえてしまう。
わがままなのは、サリューも承知の上である。すねたアーシャは隣国の王子よりも扱いにくい。何倍も、…何十倍も。
「アーシャ様」
「……」
「王女様」
「……」
呼んでも、呼んでも、返事はない。
「アーシャ…、私の…何でしたっけ? 顔をあげて下さい、…まさか、泣いてたりしませんよね?」
「…サリューなんて嫌い」
ははあ、とサリューは思った。お決まりの、アーシャの独白だ。この後、グチグチと悪口が続く。
彼は、アーシャの隣にしゃがみこんだ。同じ目線の高さで、とはいかないが、王女を説き伏せるには十分の距離だ。
「ねえ、アーシャ様…」
「その手は、利かないわ。理詰めでお説教ぶった後、キス一つで私を丸め込むつもりよね。駄目っ」
ぷいっ、とアーシャがそっぽを向く。
「じゃあ、お説教は省略しましょうか」
「え……」
ゆっくりとかぶさってきた身体は、背中に熱く感じた。唇がどこか探そうとする手と息吹は、数秒、アーシャの顔を彷徨っていた。
きちっと見つけて、何度もしたように合わせたキスは、静寂の空間に響いた。
謀ったように一分間…。
「ふう…、何とか会見の時間に間に合いそうですね」
「間に合わせた、…のよね? 強引に」
「だって、アーシャ様のわがままは、ずっと続きますから、セルシュより脅威ですよ」
「だって、冷たくするのだもの」
まだ不機嫌そうな顔をしているアーシャは、呟いた。
「そういうこと言いますか」
「まあ、いいわ。サリューに任せる。期待してる。ミアムに、グも言わせないくらいやり込めたら、誉めてあげる」
クスクス…、とサリューの笑い声が聞こえる。
「やる気でてきましたよ、私。セルシュなんて、一転がしにしてみますよ…」
そして、ミアム王子との会見へ…。
第2話 end
|