+ 王女と宰相 +


第4話 二人の距離

 ナーセットのアーシェリア王女は、きらきらと輝く金の髪と、ゆらゆらと動き舞うドレスとともに、己が身を…空に放った。
「動いちゃ駄目よ!」
 下で受け止めるのは、サリューの役目だった。
 
 ニ階の勉学室から地面までは、随分と距離がある。それこそアーシャなど、ぐにゃぐにゃになってしまうくらいに。

 それを、このおてんば王女様は、窓から飛び降りて、宰相の腕の中に、無事に着地しようというのだ。
 
 ぽん、と軽く舞った身体は、急降下して、ストンと落ちた。
「お…もっ…っ、っ…」
「何ですって!?」
「『重力』ってヤツです。アーシャ様自身は軽すぎるくらいです」
 つつがなく王女をキャッチしたサリューは、ほっとした表情を映していた。落とすなどという選択肢は、彼にはない。

「私だって、暇であるわけではないのですよ?」
「駄目っ。今日はアーシャに付き合うって言った」
「だから、わざわざスイズとミルに厄介ごとを押しつけて、かけつけてきたじゃありませんか。あなたのお勉強からの逃走まで手伝って」
「あのね、先生は十分ほど、休み時間にしてくれたの。もうすぐ、帰ってくると思うの。それまでに、私をサリューの部屋に運んでちょうだい」
 アーシャは、彼の腕の中から降りるつもりはないらしい。
 それどころかしっかりと陣取っている。

 はあ…、とため息でもつきそうな青年宰相の顔は、なかなか冷静を保っていた。これくらいのわがまま、根をあげていたら、アーシャと付き合っていけない。
「そうですね。誰かに見られでもしたら、大変ですからね」

「大丈夫よ。天下の天才宰相様が、おちびさんの王女なんか相手にしてると誰が思って? 私が『サリュー、大好きよ』って、あなたに抱きついたところで、真剣な恋愛に誰が結びつけるって言うの?」
 
 胸にすっぽりとおさまっている、愛くるしい王女は、切り捨てるように言った。こころなしか、瞳は切ない。

 …彼女の言うことは正しい。アーシャとサリューの関係を、普通に当てはめて、言い当てることの出来る者はいまい。それは、彼等の年齢差でもあるし、彼等の距離でもある。
 『大好きよ』が、真剣に伝わらない距離なのだ、他人にとっては。

「でも、私は…、アーシャが…」
「分かってる。分かってるの。だから、悔しいの。早く16になって、お父様の許可をとってやるんだから。きっと、よ」
「あとニ年…」
「数えないで。時間なんて、すぐよ。私は大きくなる、…第一王位継承者にふさわしい、王女として、女性として、成長する。サリューが横にいて、恥ずかしくないようになるわ」
 そして、それが、アーシャの願いであった。
 そうしたら、…きっと自分は幸せになれる、と…幼王女の心は信じているようでもあった。

 
「あなたは、これからなんですよ、アーシャ。私は、ちょっと早くあなたを見つけただけ」
 
 王女が、かすかに、口元に微笑を浮かべた。
「うん。その表現はいいわ」




「…アーシャ」

「ん……?」

 ふいっと、抱き上げる腕に力が入ったのを感じた。
「走りますよ。……」

 守るように、腕に抱きしめて、サリューは自分の部屋まで走った。
 しばしの無言。
 熱いほどの胸の中。
 戻るころには、息もすっかりあがってしまっている。
 王女一人抱えて、この様である。
 
 彼女自身は軽い。しかし見えない力が働いて重くなることもある。
 …これがアーシャという王女を抱える重さ。サリューは、受け止めて、ほっとしながら前に進む。

「汗かいてるわよ。身体鍛えてないからよねえ」
「アーシャ、口の悪い」
「降りるわ。ほら、…手を貸してよ」
 
 すべるよう擦りぬける王女を、手放さぬよう…見失わぬよう…。
 
 

 第4話 end