+ 王女と宰相 +


第49話 願い

「…アーシャは、今どうしているかな」
「部屋で、お昼寝されています」
 王の寝室を訪れた時の会話だった。
 
「…寝ておるのか。…15になったというのに、困ったものだな」
 王の苦笑するような口元は、可愛くてしかたがない風にもみえた。
「とても…まだわがままで、幼さも消えていない姫かもしれません」
「私もほとほと、手を焼いておる。いつになったら、あのおてんばが、なおるだろうかな、とな」
「それでも、…王女は、日々成長していますよ。大人までは無理でも、少女を脱出しようと頑張っています。…ときどき、どきりとします」
「サリュー…、…部屋へ行って、アーシャを連れてきてくれないか」
「え…?」
「…何か、私に言いたいことが残っているのではなかったかな」
 ベッドには起き上がれぬままであるが、サリューの方向を、穏やかに見ていた王がいた。
 何を指しているか、…分からぬ彼ではなかった。

 秋の少しばかり冷たい風が、窓を吹き抜けて、王女の眠るソファまで運ばれている。ドレスの裾をちょっとだけ揺らしている。 
 …さきほど、相手をして、王女を寝かせたばかりであったことを、彼は思い出した。
 アーシャは傍らにいるはずの相手がいないのに気がつかずに、ふわふわとお昼寝を楽しんでいる。
 王との話が終われば、そ知らぬ顔をして、側に戻る算段だった。
 
 寝顔を見ると、ほっとした。
 ほころぶように、笑んでしまう。アーシャは、ぐっすりと夢の中のようだった。
 ソファに寄って、ゆっくりと、そっと、王女の身体を抱き起こす。
 一瞬、ん?と声を聞いた気がしたが、何事もなく、寝息が聞こえる。

 …………
 午後の王女の部屋には、沈黙が降りていた。
 王女を、胸の辺りで抱いて、動かぬ宰相と。
 一向に王の部屋に向かう気配がない。

 ……
 唇に、とても近い位置を保って、サリューは、アーシャを見つめていた。
 初めて、瞳に映った時は、おそらく、…憧れ。
 きらきらと輝く少女に惹かれ、意識が奇跡のように、動いた瞬間。
 知らず愛し始め、守り、…その後は、辿らなくても分かるだろう。今にいたる。自分でも信じられないほど、この少女を愛してきた。
 
 もし…、王女をやれぬと言われたら、…きっと逆らってしまうだろう。
 身を引くなど、…聞き分けのよい人間でいられるはずがない。

 ぎゅっと包む腕が、本心で、離れない身体が、欲望であろう。
 サリューは、王の命を、遮って、王女を抱いていた。
 流れる愛情が、迷惑なほど、アーシャに注ぎ込まれている。そのうち王女が目を覚ましたのも当然であった。
「…暑苦しいと思ったら」
「すみません。…王のところに、一緒に来ていただけませんか」
 言った直後のアーシャは、はっと驚いていたが、しばらくすると、元気に、手を合わせて、うまくいくよう、願っていた。
「やっと、お父様に言えるわね」
「…策はありませんよ、私。精一杯やってみますが」
 最悪の返事まで考えて、サリューが冷静に応える。
「馬鹿ね」
「…?」
 ゆっくりと、王女の口が開く。
「…引き離されても、離れるわけ、ないじゃない」
 行くわよ、とアーシャは、サリューの手の先を引っ張った。
 


「王…」
 おそる、おそる、サリューは切り出した。

「何だ、サリュー…?」
「申し上げたいことがございます」
「言ってみるといい」
「…欲しいものがございいます」
「高くつくようなもの…だろうな」
「はい、…とても。私が一生かかっても、返しきれないほど」
「珍しく、わがままな願いを言うのだな」
「…はい。これだけは譲れませんから」
「もういい。…率直に言ってよいのだぞ、サリュー」
 見透かしたような王の言葉が、かけられた。
 どうやら、前口上は飛ばせ、と言われているようだ。

 …覚悟せねばならない。

 サリューは、アーシャの背中を包むように両腕を下ろした。
「私、…アーシェリア王女を、愛しました」 

 …愛した。
 健やかなるときも、病めるときも
 困難も幸せも、一緒に歩んできた。

 だから、この手が、今、愛しいものを、包む。
 ぎゅ、っと。
 
 だから、…ください、と。
 アーシャを…。


 数分の沈黙の後、起き上がれぬ床から、王が、落ち着いた、そして悟ったような声で呼んだ。
「サリュー」
「…はい」
「…一国の第一王位継承者の伴侶になりたいという望みが、どれほど重いものか分かっておろうな…?」
 冗談でも入ってそうな、明るみを帯びた質問だった。
 初め、意味を汲みかねていたサリューだったが、…はっ、と真意が判るやいなや、その表情は、固くなった。

「…はい」
「………式は、いつがいいだろうな?」
「…は?」
「王妃も、気を揉んでいたようだ。…やはり、春がいいだろうな。アーシャが誕生日を迎えた頃だな」
「お父様……、まさか、だいぶ前から知っていらしたのではないでしょうね」
 アーシャの疑心の声が飛んだ。
 一瞬、置いてからの王の答えはこうだった。
「…さあ、どうであろうな。だが、…サリューが、変わった理由は、…知っておったような気がするぞ」
 穏やかな笑みであった。


 ナーセットには、もうすぐ冬がやってきます。
 恋人達には、…温かな季節となりますように。
 
 王宮では、…結婚の準備という、大変ながらも楽しい支度が始まりつつありました。



 第49話 end