+ 王女と宰相 +


第5話 お昼寝と幸せ 

 昼下がりの風が流れてくる。窓を開け放した部屋は、薄いカーテンの向こうから、真白い陽光と熱を導き入れて、温度を上げる。

「暑い…」
 サリューは、無意識のうちに、襟元を楽にしてソファに背もたれている。
 この時季は、一年で最も温度変化いちじるしい、ナーセット王国の夏にあたる。
 
 特に昼はひどい。夜も寝苦しいが、太陽が中央に位置するこの時間は、比べ様もなく、人を動けぬ動物に変える。

 王宮で働く人々のほとんどが、この時間だけは避けて、夕方に仕事をずらすというのだから、その暑さたるや本物である。

「暑い…」
 首元に、しとやかな雫がたまるのもしょうがないというもの。襟元は、さっきより更に風の当たるよう、開かれている。
 
 隣には、こんな温度の上がった部屋で、眠るアーシャ王女の姿が。

 起きる気配のない、お昼寝中の王女は、寝息も立てず、静かに瞳閉じて。
 手の甲に汗もみえて、それでも、眠りの世界から帰ってくる様子はない。
 
 サリューの手は、そんな王女の片手に重ねられている。

 …正確に言えば、握りとめられていて、離すことはできない。アーシャが眠る前に、繋いでそのままだ。
 ただでさえ、汗をかく温度が、その重なった、触れている部分だけ、熱を上げて、更に暑くなる。
 

 動く気配を感じて、視線をそちらにやる。
「ん……」
「起きました? まだ日中で暑いですよ。私も夕方まで身体が動きません」
 片方の目だけ目覚めて、アーシャはサリューを眺めて…また閉じた。

「眠い…」

「寝てていいですよ。それまでどこにも行きませんから」

「ほんと……?」

 半分夢の中の王女は、今にも儚くなりそうな声で尋ねた。ゆっくりと二つの瞳を開きながら。
「アーシャが、しっかりと私を捕まえているでしょう。逃げられません」
 暑さも手伝って、ソファにかける負担は素敵に高い。

「サリューがどっか行っちゃう夢見たわ。嫌だった。でも、行かないでね、とも言えなかった」

「言ったらよかったのに…」

「私は今よりも小さかったの。…ああ、他の国の王女が、美人でね、とてもかなわないのよ。その人の背も、足も、手も、身体も、…私を笑うの。本当にいてほしいと思うのに、サリューに声をかけられなかった」

 眠そうな声は、徐々にはっきりしたものに変わり、怒りさえ込められていた。
 相変わらず横になったままで、アーシャは怒っていた。

「…夢に本気になってもしょうがないでしょう?」
「へらへらしてたもの、サリューは。美人の王女に、とっても優しくしていたのよ」
「…暑いですね」

 ムッ、とアーシャがふくれた。サリューが話題を変えようとしたからだ。

「もういいわ。さっさと仕事に行ってきなさいよ。どうせ、王女のお昼寝のお供なんて、楽しくないでしょ?」
「でも、アーシャ。…身体が動かないので…」
「なまってるのよ。暑い、暑い、暑い! 手も離してっ」
 ぐったぐたに、アーシャはサリューと繋いでいる方の手を振った。
 めちゃめちゃに振り解こうとしている。
「まったく…」
「暑い、暑い、暑いっ…!」
「よいしょ、っと」

 ぶんぶんと自分の片腕ごと、勢いよく降り回している王女を、サリューは器用に抱えた。もう片方の腕で、体勢を変えて、寝転がるように、アーシャを引寄せた。
「暑いっ、寄らないでよ」
「…実は、昨日は会議で全然休めてないんですよ。夕方までもう一時あるし、身体がもうもたないかなあ、と」
「サリューのなまっちろい体力では、せいぜいその程度よね」
「…疲れてるんですよ」
 くい、と力を込めて抱かれ、アーシャは唇を盗られた。

 その後、穏やかな寝息。
 その表情を、呆然と見守るのは、アーシャの仕事。
 暑い。
 ぴったりとくっついているのは更に熱がこもる。
 …でも、それが気にならない程度に幸せが。



 カーテンの向こうの風は、ゆるやかに昼の時間が過ぎ行くのを見守る。
 ナーセットが夕方を迎えるまでに、まだ…ひととき。

 

  第5話 end