第51話 限りない愛と喜びを
ゆらりと、心地よい春の風が、ナーセットの城内をまわっている。
本当に、あたたかで、祝福の日にはぴったりの優しさを含んでいる。
「そういえば、昔この窓から、サリューの腕の中に着地したことがあったわね」
「…今の格好で、そのようなことをされたら、女官、衛兵、王宮中の者が、驚いて失神してしまいますよ」
式を迎える前の恋人達は、準備を抜け出して、つかの間の休み時間に興じている。
「いいじゃないの。…ちょうどサリューは、庭にいるんだし、私は衣装合わせの途中で、二階にいるんだから」
花嫁衣裳の純白をまとって、アーシェリア王女は、窓辺からサリュー宰相を見下ろしている。
「…笑ったわ」
「いえ、変わられてないな、と思いまして」
にこにこと、首を上の方に傾けて、サリューは、答えた。
「失礼よ。これでも随分と成長したわ」
「そうでしょうか」
ちょっとした沈黙。
「…決めたわ。ここから降りてやるわ」
「え……。その…格好で?」
「重い飾りはまだつけてないのよ。ドレスの裾も、長過ぎないやつだし。…十分サリューにも支えられると思うわ。…ようし、待ってね」
「え…、ええっ……」
王女が姿を引っ込めた。
サリューは、どうやら、アーシャが本気のようだと悟って、困った表情になっていた。いくら何でも、……過ぎやしないか。
「アーシャ、考え直してくださいよ」
「嫌」
「…あまり、勝手言ってると、大人になれませんよ」
「じゃあ、最後にするわ」
「ん……?」
もう一度、窓辺に現れたアーシェリア王女は、可愛らしい金髪を揺らして、告げた。
「わがままって言いたいのでしょう? 13歳、14歳、15歳、…そしてもう16歳、こんなに大きくなって、どうしてわがままが止まらないのかしら。不思議ね。…私、このままじゃ、花嫁さんになっても、サリューに無理難題言い続けてしまうわよ。…だから、今日で、終わりにするわ」
「え…」
微笑んだ、王女の表情は、少女のそれというより、美姫の面持ちだった。
…成長の跡が見える。
ははあ、と宰相は意を汲んだ。分かっていながら、言われているのだ、この王女は。
「あら、…まずいわ。女官達が追いかけてきたわ」
「…大人しく戻られた方が良いと思うのですが」
「このまま、裾をあげたら、窓から飛べそうよ」
「…やはり、さきほどのは、本気だったのですか…?」
と、言いながら、性分なのか、習慣なのか、いつ今にも上から落ちてくるかもしれない王女を、受け止める腕を、サリューは用意しかかっていた。
春の風は、いたずらっぽく、その光景を見守っている。
結婚式当日に、二人の起こした騒動を。
サリューは、決心したように、笑いながら言った。
「おいで」
いっそう、広げた腕に、すとんと花嫁さんが空から降ってくる。白い幸せを、精一杯抱きとめて…。
補佐役達は、めでたいはずの席に、汗をかきつつ、なだれ込んだ。
「…まったく、危うく式が遅れるところだった」
ぶつ、ともらしてしまったのは、スイズだった。しかし、気持ちの大半は、今壇上で、誓いの言葉を交わそうとしている二人への祝福で占められていた。
宰相が、あろうことか王女を連れ出してしまったので、式の予定が延ばされるところであった。その混乱をおさめたのは、…気づかれぬはずもないが、補佐役二人の影なる働きのおかげだった。
「…私達は、最後までお世話し、見守る運命にあったようだな」
「まあ…それが本望だったかもな」
負担がかかるのは、…正直覚悟の上ではなかったか。
洒落にならないこともあった。式前の騒ぎの処理に追われて、本当に遅刻しそうになったので、二人は式場の一番後ろから、慌てて忍び込んだのだ。
用意されていた前方の席がぽかりと二つ開いているのは、そのせいである。
誓いの儀式が終わったら、こっそりと座りに行こうと、スイズとミルは計画している。
予想外だったが、後ろから眺める式も、なかなか悪くはない。祝福をおくる人々と一緒になって、喜べる。
…良かったですね。
ともすると、瞳にたまりそうになる雫も、今はしょうがないではないか。
大切に支えてきた恋人達の結婚を、しかと見届けよう。
…
…おめでとう、と。
「新郎サリュー・シェゼット、…あなたは、新婦アーシェリアを、永遠に愛し、ともに人生を歩み続けることを誓いますか?」
神前の儀式は続いている。神妙にしている二人の姿が、何だか、普段知っている者達にとっては、くすぐったい。
「はい、…誓います」
さわやかで、はっきりとした答え。
噛み締めるよう、ゆっくりだった。
「新婦アーシェリア・ナーセット、…あなたは、新郎サリューを、永遠に愛し、ともに人生を歩み続けることを誓いますか?」
「はい。誓います」
きりっと、澄んだ、王女の声。
壇上は、幸せでいっぱいである。
「では、…指輪の交換を」
この言葉が聞こえ、始まって終わる頃、そろそろと補佐役達は、定置に辿りついた。
互いの左薬指に輝く誓いを手に入れて、いよいよ…と、どきどきしている二人を、補佐役達は、近くで見るのに間に合ったようだった。
花嫁の眩い純白のヴェールが、さぁっ、と愛しい人の手によって、あげられた。
金色の波打ち揺れる髪と、ちょっと小さめの顔があらわになった。
彼等は、向き合って、相手の頬に、手をやった。もちろん、サリューは、アーシャが届くよう、少し背を傾けて。
おおっ…、と鳴り止まない歓声、拍手が聞こえてくる。
瞳を閉じて、顔を合わせて、…唇が…一つになる瞬間。
新郎の腕に、幸せそうに、新婦が包まれる。
その日、ナーセット王国では、この祝福に、全てのものが、手を叩いたという。
王女と宰相に幸あれ…、と。
最終話 end(本編完結)
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