+ 王女と宰相 +


 短編:姫と臣下

 春。冷たく寂しい季節もあたたかな息吹によって覆され、色鮮やかな歓びの声が、国中に響き渡る。
 新しい季節。
 待ちわびていた和らぎ。庭園に淡い幸せの花々が咲き乱れる。
 ナーセット王国のとある季節の式事の日。

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 王女は、そう遠くないところに足音と、近づいてくる身体を感じていた。それは、妙によそよそしく、故意に王女と距離を取っているようであった。
 まあ、悪いのは自分であるから、怒っているのは予想がつく。だが、まだ誕生日も来ない小さな姫にお仕置きはお小言ぐらいであろう。
 ふと、顔に人影がかかる。

「式典の華である王女が抜けだして、このような場所でお休みとは。私はいかに報告すべきでしょうね」
 いささか、かたい声がアーシャの耳に届いた。

「サリュー、駄目よ。もう動けないわ」
「ああ、昨夜、夜更かしされたから」
「だって、読みたい本があったのですもの」
「とめたのに」
「眠くなってしまったの」

 わがままに可愛らしく育ってしまった姫君は、王城の鮮やかな色彩庭園の中で、手足を思いっきり伸ばして、寝てしまう直前だった。
 赤、黄、淡く白映えて花畑は明るく輝く、青、燃えるように息吹く緑、そこに金色にさんざめくアーシェリア王女の色が混じる。
 長くふわふわの髪を、緑色の床にゆらめかせながら、周りの花々と一体化しているような眠り姫。
 春の精もかくやという様態であったが、それを宰相である男は、起きなさい、の一言で締めくくって冷たく見下ろしていた。
 途端、えー、という渋い返事が聞こえた。
「意地悪ね」
「そういうお話ではありません。私、一応、この国の宰相でして」
「はいはい?」
 アーシャは、涼しく細い目でサリューを見上げながら、聞き流す。起きあがろうともせずにしっかり花畑にくつろいで、口元だけむっとさせることで不機嫌な様子を、主張するよう宰相に見せつけている。
 サリューの方も手慣れたもので、腕を組みながら、背の高い身体で圧倒するように、王女に怖い視線を向けている。アーシャに今日は甘やかすつもりはないと、態度で告げている。
「要するに、アーシェリア様が出席されないと、参加した者全てが困ります」
「眠いのよ」
「あなたは何歳でしょうか、王女」
「13よ。もうすぐ14」
「そろそろ知るべきでしょうね」
 何を……? 言いかけたアーシャは、しっ、と人差し指を唇に当てたサリューに見とれて、びくっと黙った。
 この20歳はとうに過ぎた青年、王女よりもだいぶ年上の男性は、国の柱であり臣下でもあったが、アーシャの大切な人でもあった。しかも片想いではない。完璧両想い。
 こんなときに、ドキ、としなくてもと思ったが、自然に打った鼓動は、軽やかに姫君の頬を染めていた。
 人が来る。それを王女に合図したのであるが、振り返りもせず唇に指をやったままのサリューは静かに背後の足音を待っていた。

「宰相様、ここでしたか。……おや、アーシェリア様も! 式典は大騒ぎですよ」
「すぐに連れて戻るつもりですよ。まったく、困りものです。セルシュ王国との調整のためにも、今日は王女に活躍していただかなくてはならないのに」
「ははは、そうですね。姿が消えたと聞けば、あちらには好都合、政略結婚の話に王手を打ちやすくなるでしょうね。」
 
 え……、と耳をすましていた王女は、サリューに声なく尋ねる。
 我が儘言っちゃいけない理由って……。
 そういう意味です、と、一瞬アーシャの視線の上に、サリューの視線が重なった。
 ……そろそろ知るべきです、あなたの身分、あなたの役目を。
 
「王女がいてくれないと、セルシュにくだらない条件でも無理にねじ込まれても文句は言えません。ああ……困りましたね」
「まずいですね。はあ……」
「せっかく劣勢を覆そうと整えた式典の場、計画が狂いました」
 現在、ナーセット王国は、隣国セルシュへの併合の脅威に悩まされている。目下のところ王女の政略結婚をもちかけられて、必死にしのいでいる危うい状態。後ろはもう無いのだ、王女の我が儘さえ命取りになるかもしれない。
 ……アーシャ、分かりますか? あなたの大切さ。
 宰相は王女に、そっと口の形で尋ねた。

「起きるわよ!」
「おや、元気のよろしい」
 振り返って、サリューは男に指示を出した。急ぐように口調を荒くして、故意に相手を焦らせた。
「では、私は式典の調整に間に合うよう戻らせていただきます。早く知らせなければ」
「うむ、頼んだぞ」
 見送るように、王宮へ向かって走っていく男に、軽く手を立てた。 

 
 +++

 二人残された庭園は、変わらない色彩の煌めきを見せたまま、風を少しはらみ始めた。
 立ち上がったアーシャを確認するとサリューは、うんと頷いて満足したようだった。初めからそうすればいいのだ、とでも言わんばかりにちょっと憎らしい。
「肌寒くなってきましたし、戻りましょうか」
「はい。サリュー宰相様」
「……機嫌は直していただけないのですか。私、非常に心寂しいような気がします」
「だって」
「聞きません」
 文句をいいかけた唇を、かすめ奪う一瞬の卑怯者。
 高い背をその時だけかがめて、真剣な表情をその刹那だけ崩して。
 春色の愛情表現。あっという間にアーシャの頬は恥ずかしくも紅色にできあがった。

「サリュー!」
「こっちは、14の誕生日に政略結婚返上をプレゼントしたいと考えているのに、あなたは何ですか。お昼寝で私の計画を潰してくれるのですか。行きますよ」
「待ってよ、この意地悪宰相!」
「あいにく職務がこうでして」
 手を繋ぎつつ、ナーセットの宮殿の渡り廊下へといつしか走る。その手、ぎゅっと、絆のように結ばれている。
「そういえば、今日のドレス、特別なのよ」
「新しい型でした、か?」
「違うのよ。大きいの。身長が少し伸びたから」
「この前、測ったとき、同じでしたけど」
「サリューの「腕測り」じゃないの、あれ。以前より上の場所に頭あったじゃない!」
「よく分かりませんね。今度もう一度しっかり測ってみましょう」
 いっそう二人の足が早まる。大広間へと抜ける廊下は、すぐそこ。

「もう、髪が絡まるわ」
「あんな場所に寝転がっているからです」
「気持ちよかったのよ。ぽかぽかで」
「そのおかげで、私は心臓が縮まる思いでしたよ」
「あんまり心配していたように見えなかったわよ」
「それは……いつものことです」
「なるほどね」
「さあ。……口を謹んで」

 大広間の扉が開かれようとする。
 遅れてやってきた王女と宰相は、お互いの手を解き、息を整える。
 それぞれの地位に似合った挨拶を人々に見せるために。
 一人は愛らしく可憐に、一人はそつなく冷静に。
 
 アーシャが、透る声ではっきりと述べる。
「遅れて申し訳ございません。ナーセット第一王女、アーシェリア、参りました」
 その傍、密かに緊張と闘う姫君を支えるように立つ青年。言葉では言わないが、額に汗を浮かべそうなアーシャを応援する。

 演じられる姫と臣下、それはまた鮮やかに格好良く。
 春の式典は無難に過ぎていこうとする。アーシャ、14の誕生日の前の思い出。



久しぶりのサリューとアーシャの話です。カップル&コンビ(?)人気投票ありがとうございました。 1位はやはりというかこの二人です。完結は二年前ですのでもう懐かしい域なのですが本編の雰囲気でと思って書きました。 二人の掛け合いが楽しかったです。
遅すぎると言われそうですが、本編のテキストDL版を置くことにしました。(作者のDL版に関する考えは→Q&A*04.17追記) 必要な方は本編TOPへどうぞ