+ 王女と宰相 +


泡沫の肖像・(裏設定真相)


「は……? わざわざ俺に、手ほどきするために来た? 俺、以前に政治のことなんて、全く分からんって、言ったはずだろう。それをよりによって。……ナーセットってよっぽど暇な国なのか。宰相自ら、異国のど素人にご教授とは。……つうか、一体……何のつもりだ……」

 ユイスは、途中までとぼけた風で応えていたが、目の前のサリューの顔が真剣に曇ってきたので、声を弱らせた。
 おいおい……と。
 俺はこれ以上踏み込むつもりはないぞ、とユイスは心の中で愚痴った。
 消えた関係を、繋いでどうする、と。
 俺とサリューの時間軸はもう随分前に壊れている。
 あれが、……まずかったかな。執務室で眠ってしまったやつ。
 うなされて。
 心配させてしまった……。

 急に、サリューに両手を取られて、ユイスはぎょっとした。
「半日ほど、時間が空いたので。私が教えますから、あなたは聞いていてくれれば……」
 最後まで言わさず、ユイスは手を振り払った。
 何というか、いらいらするというか、じれったい。
「ったく。もっと上手い理由は思いつかなかったのかよ。思いっきり変だぞ、その理由。マーセデの護衛に、ナーセット宰相が政治を教えに来るわけないだろう。不自然」
「あ……」
「つうか、人に見つかっても困るな。キーリス様はシェルと今一緒に勉強されているようだし。ま、いいか……。あのさ、入ったら? 狭い部屋だけど、用意してもらった俺の部屋だから」
 すすめるように、ユイスは手で示した。入り口で、立ちつくすようにぼうっとしているサリューと対称的に、ユイスはてきぱきと部屋を片付けだした。ほとんど物はないが、やたらとメモが貼ってある。走り書きで、ほとんど読めない。

「隣はキーリス様の部屋だし、好い部屋をくれたよ。不自由はしてない。客を迎えるには狭いかなとは思うけれど、」
「あの」
「何さ」
 扉をゆっくり閉めたサリューは、ユイスの方へ詰め寄るように向かってきた。
 一国の宰相であることなんて、忘れている。
 顔をみれば分かる。ガードもしないで、個人的な感情が浮き出ている。
 
 だから、嫌だったんだ、とユイスは思った。
 今更、どうなることでもないのに。
 

「お前、今、何歳」
「え……私、ですか……」
 不意をつかれて、サリューは足を止めた。
 30後半、ね。だろうな、俺がもうすぐやばい歳いっちゃうくらいだからなあ……。


「昔な……、いたんだよな。俺の幾つか下に、いつも後ろをついてくる弟がいてさ。そいつ、すごい泣き虫で、一人で何もできなくて」
「ずるいです、……その話」
 サリューが挟むのも聞かず、ユイスはべらべらと話し続ける。まるで軽く浅はかな話にしてしまいたいというように。

「ま、俺ああいうやつが嫌いでさ。感動の再会とか、運命の再会とか。馬鹿言ってんじゃないと思うね。……会うときもあるだろうさ。会わざるを得ないときもあるし、それでも俺は何の感慨も持たないようにしてる」
「あなたは、……ずるいです。私が何も知らなかったと思っている。全て一人勝手にすませようとしている。私が、……この国に来たことだって」

 冷静に考えれば分かるはず。
 マーセデとナーセットが、運命の偶然でつながるはずない。
 心が壊れた副宰相を、初めにナーセットへ運ぼうと意図した者がいたはず。
 それが誰なのか、…………分からないではないから、と。
 
 呆れたように、ユイスは手を振った。聞き飽きたというかに、ため息をつく。
「あのな、サリュー。お前はもう、お偉いさんなの。この国のな。必要とされて、お前もそれに応えている。これは変えることのできない事実だろう? おまけに、美人で可愛い奥さんまでもらって。つうか、娘も可愛いし。ちょっと我が儘で可愛くないところもあるけれど。……馬鹿言うな。俺はお前の兄じゃない」

 そう言って、ユイスはサリューに合図した。帰れ、と。

 もう来るなよ、と。
 

+++

「何で……、この人は、よその国の執務室で寝るんでしょうね」
 スイズは、少々迷惑そうに呟いた。
 おそらく本気で眠りこけている。大胆にも、客人用のソファに全身をあずけて、疲れ切っていたようだ。
 寝息は聞こえないが、安心したように目を閉じて眠っている。
 
「これで5日目ですよ。全然意味が違いますが、入り浸りですよ。彼がマーセデ側の諜報員だったらどうするのです。ありえないことではありません。さっさと起こしましょうよ、サリュー様」
 横で、賛成するようにミルが静かに頷いている。どうやら彼も、そこで眠っている男……ユイスが気に入らないらしい。

「疲れているようですから……」
「サリュー様、甘すぎます。だから、つけいられるんですよ。こういうのに」
「もう夕方ですし、仕事は終わりましたから……。二人とも、もう終わっていいですよ。ユイスは私が起こして送っておきます」
「ああ。もうお任せします。行くぞ、ミル」
 
 パタンと締められた扉。執務室は一気に賑やかさを失った。
 ナーセットの王宮の一角、宰相の執務室は、冷たいほどの澄んだ空気が漂っている。

「私にも、お節介なほど優しくて弟思いの兄がいたこと、……幼い記憶だけれど覚えているのですが」

「ん……」
 ふと、かすかに反応があった。あまり行儀のよくないソファの寝そべり方。もう少しで落ちてしまいそうだ。


「多分……言われたくないのでしょうね。兄さん、……って。忘れろ、って……、忘れられるはずもないのに、……あなたは全く……」

 まあ、いいけれども、とサリューは独りごちた。
 うなされる姿は見たくないけれども。
 何故か最近の執務室では穏やかに眠っているようで。
 
 それも一つの幸せならば。
 ……ひとときの間、このままでもいいのではないか、と。


 サリューは未だに眠っているユイスの姿に目をやった。
 誰よりもサリューを助けてくれた人。考えてくれている人。
 今でも…………。

 つかの間の繋がり。
 
 ちらちらと過去との狭間で揺れる淡い、関係。
 泡沫の兄弟の肖像。



end
裏設定なはずなんだけれども。二人ともブラコンなわけで……。見逃してください。