+ 王女と宰相 +


泡沫の肖像/真相ルート3


「あー、ったく、それ忘れろ。絶対忘れろ。お前あのとき、意識がなかっただろ」
「でも、うっすらと覚えているんですよ」
「夢だ夢」
 なんてこと覚えてやがる、とユイスは半ば顔を赤くしながら、否定した。
 思えば、生涯で唯一我を忘れてキレたあの事柄、……カルナにはみっともない姿をみせただろうが、まさかサリューにも覚えがあったとは、穴があったら入りたい気分だ。

「夢でもいいですよ、私は」
 サリューは柔らかく笑った。半分からかうようないたずらっぽさもみえる。それにしても嬉しそうだ。

「あのとき、確信に変わりましたから。だって、初めて弟って単語を使った」
 頭を押さえたユイスは、聞いてない振りをしている。
 畜生、どこまで覚えている。

 二人が話しているのは、サリューの副宰相時代、マーセデで陥れられた「あのとき」のことだ。
 策略によって、サリューは、陰謀首謀者の濡れ衣を着せられた。そして、口もきけないほど、身体も精神もぼろぼろにされ、牢につながれた。やがて処分がくだる運命だった。
『あんたが何とかできなかったのか!?』
 冷静に説明するカルナに、ユイスはかみついた。
『手は尽くした。これ以上は動けない』
 カルナを殴り倒したのは後にも先にもあの一度だけではないだろうか。本気で飛びかかった。その時分も、今も、旦那様と呼んでいる人に、口汚くののしり始めたら止まらなかった。腕っぷしで、カルナがユイスに敵うはずはなく、そしてカルナも力が至らなかったことを内心悔いていたのか、けんかは一方的だった。
 泣きながら、相手を責め、殴る。
 理性では、カルナがやるだけやってくれたことが分かっていても、許せなかった。結果的には見殺しにするも同然だったからだ。
 どんなに、落ち着け、と諭されても、冷静には戻れなかった。
 サリューがいたから。弟がいたから、兄は復讐も諦め、マーセデで生きるという選択肢を選んだのだ。弟が幸せであればいい。見守っていければいい。それで満足だ、と。
 でも、取り上げられたらたまらなかった。



『……サリューを取り返してくる』
『やめなさい』
『処刑されるよりましだ。意識が戻らなくても……俺が一生一緒に暮らす。絶対離さない』
 我を忘れて、口走る俺に、再度、やめなさい、と声が掛けられた。カルナの口調は優しかった、同時に理性的だった。
 俺は泣いていただろうか。駄目だった。サリューを失ったら、生きている意味がなかった。離れてはいたが、俺はとことん兄だった。失えない……。
 カルナは、やりきれなさを汲み取ったかのように、肩を抱いてくれた。
『それで幸せになれるなら放っておくが、そうではないだろう』
『……』
『私にできるのは、ここまでだ。……お前ならもっと別の方法で救えるかもしれない。冷静になって考えたらいい。だが、自暴自棄にはなるな』
 背中をさすりながら、囁かれた言葉の効果は抜群で、これがなかったら、俺は血迷って、悪い結末へと突っ走っていたかもしれない。お姫様に出来たような、サリューの心を覚ます芸当は俺には出来ない。もし、無理矢理、意識のない身体だけ奪ってきたとしたら、それと暮らすのは、カルナに言われたとおり幸せとはいえなかっただろう。
 俺は今のように、どちらかというと、笑っている弟を見守っているのが、幸せなのだ。本人には口が裂けても話すつもりはないが。

 サリューを救う方法。
 それが思いつかなくて俺は夜中、城の牢に忍び込んだ。無事かどうかも確かめたくて、……決して連れて行こうとかそういうつもりはなかった。できることならそうしてしまいたくもあったが、カルナに言われたとおり、それでは何の解決にもならなかったから。

 話しかけても反応がない。眠っているようでもない。心を閉ざした身体は、生きているようでも死んでいるようでもない。
『サリュー……?』
 呼びかけても、戻ってこない。
 息はしている。
 あまりの様子に、声を一瞬失った。

 その場に跪いた。……というか、ふらふらと崩れ落ちてしまった。両手を組んで弱音を吐いてしまった。
 神様、俺から弟を奪わないで……。大切な……一人だけの……。
 絶対……助けるから。そのためなら何でもする。
 


 サリューが覚えているのは、あのひとりごとだ。
「忘れろ、忘れろ、あんなもの」
「嫌です」
「このやろっ」
 腕で首をしめにかかった。あー、何か笑っている相手の顔がしゃくに触る。
 
「ちょっと……苦しいです」
「当たり前だろ。しめてんだから」
「外していただけませんか」
「お前が忘れたらな」
 何か、ぶつぶつとサリューが呟いている。
 聞き耳を立ててみると、……私だってあのとき死ぬものと思っていたけど……、とその先は聞こえなかった。
 本当に苦しそうだったので、ユイスは腕を緩めた。

「兄さん」
「嫌がらせなら断る。お前、俺をからかって面白がっているだろ」
 サリューはまた笑っている。さっきから何なんだ。
「……実は他にも覚えているんですが」
「何っ」
 途端、勢いでサリューの首を再び絞めたのが悪かったのか、凄い声がした。
 
「やべえ……」
 宰相の悲鳴がした、と、誰かが駆けつけてきそうだ。ちなみに、ユイスの私室として利用させてもらっている狭い部屋での出来事である。まずいことこの上ない。

「ったく、もう」
「私は行った方が良さそうですね」
「出てけ」
 乱暴に離して、出口の方に追いやる。

 何故、笑っているか最後まで分からなかった。
 とにかく散々である。
 ユイスはサリューをうらめしそうに眺めていた。

「また、来ますね。それじゃ……」
 出ていき際、サリューは一言付け加えた。

 あなたの声が聞こえて良かった。と。

「な……」
「私が今ここに生きているのは、別に他の人のおかげ、と思わなくてもいいんですよ。あなたのおかげでもありますから」
「俺は何にもしてない」
「そうかな。……あ」
 後ろを向いたサリューが何か見つけたようで、パタンと扉は閉ざされた。恐らく補佐役の姿でも見たのだろう。

 ユイスは、椅子に、ドカッと座った。
 急に静かになった部屋を見まわす。
 全く……、とため息をついてしまう。
 
 あの後、ナーセットの王様と取引して、サリューを引き渡したのは、本当に正しかったのか。
 あの笑顔を見ていると、おそらく正しかったのだろうと思う。

 俺……救えたのかな、と何万回繰り返したか。
 弟には告げられないことが多すぎる。




end


裏設定なはずなんだけれどもその3。かき終わったら、サリューがすごく甘えてた(おい)アーシャにもここまで甘えたとこかいた覚えないのに(いや、裏では甘えてると思ってください)なんだこのブラコンの図は。途中ふざけてる二人の図は好きです。お前達何歳なんだ(あまり考えないでください。素敵に30代です)。ユイスもたいがい兄バカですけど。まあ、サリューがナーセットにやってきた真相は一番下の行らへんです。その辺はまた書くと思います。ブラコンに占領されて、そのへん書けませんでした(おい)。説明してしまうとサリューが終始笑ってたのは兄さんといられたのが嬉しかったからです。楽しそうだ。
 ちなみに押してもお礼は何もありません。ごめん。