+ 王女と宰相 +


 Happy Princess, I love you...

 ナーセットのアーシェリア王女は、常々思っている。
 サリューは、愛している、となかなか口では言ってくれないと。
 ずるい。
 分かってない。
 そして、王女はもっと言ってほしいのだ。自分のわがままの満足がいくまで、言葉で伝えて欲しいと願っている。
 なんて素敵だろうと、小さな少女の胸は想いでいっぱいになる。
 愛する人に、愛している、と、面と向かって言われたい。言ってくれなければ尚更に。自然な衝動だろう。
 口が達者なわりに、宰相はあまり甘い言葉を大判振る舞いで囁いてくれたりはしない。それほど不器用なわけでもないから、言おうと思えば、いくらでも言える男なのだろうが、……ということは故意に言わないのだ。
 サリューに、愛している、と言わせたい。
 本人の都合は考えずに、王女は考えている。
 
+ + +

「何ですか、……その目は?」
 じっと、穴があきそうに見つめられて、宰相はぼやくように呟いた。お疲れの様子。仕事を終わらせた直後のようで、自室に戻らず王女の部屋に駆け込んだらしい。その選択自体が、何だかお疲れ様である。

「部屋、帰りなさいよ。ふらふらよ」
「別にいいですよ。これくらい」
 言いつつ、ふうと声無く吐く息は、真剣であった。彼的には、王女にそれと分かる疲労振りを見せるのは本意ではない、だが、それを押してでも会いにいかなければ、すねるのだ、この姫君は。

 珍しそうに、眺められているのをサリューは感じた。そりゃ、そうだろうと思う。天下の宰相の、力無いさまである。王女の件がなければ、寝室でとうに休んでいる。不様と言われてもしかたのない姿をさらしているようで、恥ずかしい気持ちもある。今日は本当に疲れているのだ、瞳がうつろって、動きが鈍い、自分でもそれが分かる。
 目の前にいる、対称的に元気一杯の王女は、見ていて眩しいくらいだ。
 金色の髪は輝くように揺れ、青い瞳は魅力的にどこにでも笑みを撒く。
 へとへとだろうが、傍にいたいと思ってしまう。
「サリュー……」
「え?」
 ぺた、と顔を指先で触れられて、じっと見られた。
「駄目よ。笑って私の言葉に返事できないくらいだもの。相当駄目。でなければ、いろいろ問い詰めたのに」
「姫君の幼い質問に、軽く答える余力くらいは残っておりますが」
「馬鹿ね、帰りなさいと言っているの」
 そこまで言われて、あっさり帰れるものか。まったく……と思う。

 好きじゃなかったら、来ませんよ、という一言が伝わらない。
 ……声に出さないからだろうか。


「では、教えてください。問い詰めよう、って何をです?」
「もう分かったからいいの。今は、幼い姫君相手にむきになる宰相をどうやって部屋に帰そうか悩んでいるのよ」
「帰りませんよ」
 まるで子ども同士の掛け合いだが、多少余裕気にふるまう宰相は、むきになっていると姫君に見破られている時点で、今日は帰った方がいいのではないかと本気で思われる。

 意地も張ってるし、疲れも溜まってきている。アーシャに愚痴ることは口が裂けてもできないだろうが、ここ最近の面倒ごとを一掃せんばかりに数日走りまわって、それをやっと片をつけられそうなところまでもってきた、残るはあと一歩。明日きちんと始末するだけ。仕事を終わらせたという割には、中途半端だと指摘されるかもしれないが、最後まで片付けてしまうには、条件が欠け過ぎていた。冷静さも慎重さも万全には遠かっただろう。そして、何よりも補佐役二人にも、自分にも、休息が必要だった。
 
 何故、このように、姫君の前で、酔ったように、我を張っているのだろう。
 愛しくてしかたがないのに。
 甘い問答を続ける気力も薄れてきているのに。

「ほら、帰りなさい」
 ふわりと、首元を、小さい腕が覆った。はっと気が付くと、アーシャはサリューの胸元に飛び込んでいて、わがままにならないよう、そっと首に腕を回していた。
 行きなさい、と呟く声は、自分勝手なようで全然優しい。
「眠ってくれなきゃ困るわ。明日、スイズとミルに怒られるわよ、私」
「私の勝手でしょう、アーシャに会いに来たのは」
「でも、怒られるのよ」
 うん、とうなずくように、アーシャは、上目遣いに、年上の宰相を見た。
 休むよう自分達を帰したはずの宰相が、身をひきずって、王女の部屋を訪ねたことを明日知ったら、補佐役達は、王女に抗議するかもしれない。あまりにわがまま過ぎだと。疲れているのは一目見れば分かる。アーシャも心配して、表情は本当不安そうになっている。怒られるのはいいけれど、サリューが倒れるのは嫌だった。
「では、静かにしてください」
「何よ……?」
 よっ、と声がした。抱き直される感覚。ぎゅっと身体が間近に、体温を感じられるほど密接にサリューはアーシャにくっついてきた。
 絡み付いてくる男性の腕は、温かさと、愛情を伴っている。

 ここまでされて、アーシャは、愛していると言われたい、と、わがまま思ったことを後悔していた。大した阿呆である、言葉なんて敵わないほど愛されているのに……。
 愛の言葉など言わせるのも愚かしいと気づいた。色褪せるだけである。
 文字どおり、つくされまくっている、怖いほどに。……王女はそれを噛み締めた。

「ねえ、アーシャ。たとえ、明日、私が疲労のせいで倒れたとしても、あなたが悪いことにはなりません。私は全力で、ベッドから抗議すると思います。あなたを守れると思います」
 もういい、もういい、とアーシャの方も全力で首を振る。
 何千回愛している、と言われるより、確かにはっきり分かる。分かりやすい。
 ごめんなさい。もう言わないわ。

 それよりも、彼を休ませよう。お願いだから。ちょっと、アーシャは泣き顔だった。自分のわがままが恨めしかった。
「サリュー……」
「帰りますけれどね。泣かないでください」
「馬鹿ぁ」
 王女の心の叫びが声に出た。
 早く寝に行けと言わんばかりに、ぽかぽかと小さな暴力が振るわれた。
 泣きじゃくらんばかりに、震えながら、はあはあと頬を真っ赤にしていた。
 何だかとまらない。
 サリューの馬鹿っ。
 ふわふわと金の糸のような髪は、ちりちりと乱れ、少女というよりは女性の激しさで、わっと涙をこぼした。
「ま、待ってください……私、限界なんですけれど」
「サリューが死んじゃうわっ」
「勝手に人を殺さないでくださ……い」
 ガタと重いものが、アーシャの身体に降りてきた。お休みなさい、とかすかな声。疲労困憊の宰相は、失礼して、王女の身体を巻き込んで、ソファに倒れ込んだ。
 深い寝息が聞こえる。相当余裕がなかったらしく、王女の身体に気を遣うことさえできていない。まともにのしかかってきて、潰されそうな勢いだ。重い。重いが、……このままいたいと思った。
 
 ばか。
 

 王女様は、自身がどれくらい幸せか、愛する人の寝顔を見ながら、ずっと考えた。



end
  


久しぶりに主役二人のお話。こんな感じの話もいいかなと思いました、サリュー死にませんか?と言われそうですが(苦笑)。いつものラブラブより深いところとお考え下さい。まあ、愛されてますアーシャ。 今回の(密かな)テーマは、キスも愛の言葉もなくても分かる愛情でした。
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