王子の恋 9 「……起きてください。ミアム王子、聞こえていますか……?」 瞼の向こうで、心地の良い声がする。優しくて、温かい女性の声だ。シサナが呼んでいるようで、ぴくっと意識が動いて、声に反応しようとしたが、身体がそれを拒んだ。ずっと今まで面白い夢を見ていたようだ。引き戻されたくないのか、シサナの声をわざと無視して、ミアムはまた、すっと眠ろうとした。 「今日は大事な日です。早く、仕度をする時間がなくなります……」 呆れた調子を覗かせるシサナの声が、だんだんと聞こえなくなってきた。ごめん、と思ってから、ミアムは完全に意識を眠りに任せた。 『サリュー殿』 ミアムは、走りくだった夢の階段の先で、待っていた人物に、声をかけた。 いつものようにサリューは物腰柔らかで、顔には笑みを浮かべていたが、どことなく冷たさも放っていた。 『申し訳なかった、サリュー殿』 『どうして、詫びるのです』 『理由は……、聞くな。私が今まで、大人げなかったのだ。……あなたはそれを子供でも見るように、眺めていたのだろうな』 『そんな……』 『あなたにいつになったら勝てるのか……』 呟いてから、ミアムはこれが夢だとうすら認識した。夢にみるまで、隣の宰相を意識していた自分はちょっと恥ずかしい。おまけに悔しい。 『立派な王になってください』 『え……』 そんな言葉が返ってくるとは思わなかったので、ミアムはしばらく口を大きく開けたままだった。 『期待しているのですから』 『な……』 あっさりと、優しく言うサリューの言が信じられるはずもなく、ミアムは絶句した。これっぽっちも思ってないだろうと勘ぐってしまう。 だいたい、サリューはミアムのことを歯牙にもかけてない風だ。その余裕が腹がたってしょうがない。 突然、サリューは、ミアムにゆっくりと寄ると、その場に片膝をついた。 『……っ、おい、サリュー殿。いきなり、何を始めるのだ』 『随分と、ご成長されましたね。イルセ国復興、おめでとうございます』 まるで、臣下がとる態度であった。サリューに冗談めかしたところはなく、ミアムは焦って気恥ずかしくなり、顔をあげてくれ、と何回もたのんだ。 『あれは、あなたが裏から手を回してくれた部分も大きいではないか』 『私は何もしていませんが』 『いや……している。人材の不足しているイルセ国に、他国へ情報を流して人を送り込んでくれたのはあなただと思っている』 『はは、ばれているのですか』 『サリュー殿。聞かないでくれると嬉しいが、………感謝している』 ああ勝てないなあ、という苦い気持ちを握りつぶして、ミアムは意地を張りつつ、礼を言った。夢の中でなかったとしたら、言えたかどうか分からないが、……本当はひどく感謝している。 一年でイルセ国が立ち直る目処がついたのは、ミアムの力だけではなかっただろうし、後ろに働いている力もある程度気が付いていた。 助けなど借りたくない、そう思って、サリューを振り払っていたが、実際サリューがしてくれたのは、助けというよりも、優しいフォローだった。絶対表に出ない影からの支えだった。 シサナとミアムは、相当長い間見守られ続けていたようだ。 『おめでとうございます。ミアム様』 サリューが何か含んだように、珍しい呼び方で呼んだ。 ミアムは背筋に冷たいものが走った気分になって、はっと目を覚ました。 「やっと、起きられましたか」 シサナは、真上からミアムを見下ろしていて、目を開けた彼にほっとしていた。 今日は、セルシュの舞踏会に出席する日である。イルセ王国を建て直してから一番最初の、約束の舞踏会である。 + + + 「よく帰りました、ミアム。前に伝えた件は覚えているでしょうね。今夜の舞踏会でお前の花嫁を決めるのですよ」 「はい」 「そう言えば……、お前のあの男装の姫の姿が見えないようですが」 恥ずかしくて出てこれないのではないか、とでも言わんばかりの、王妃の声の調子だった。 壇上には、王と王妃、それにミアム王子がいる。ちなみに王は、王妃のやりたいようにやらせているのか、傍にいるにもかかわらず、静かなものである。 息子を信じているといえばそうなのだが、王妃が怖いという理由も含まれているように思われる。ちなみに、彼はセルシュという大国を賢く治めている、比較的人のいい王様である。 ミアムは、ちらりと、王妃の表情を伺ってから、広間を丸く見回した。大勢の男女が、所狭しとばかりに集まって、輪をつくり、踊りに興じている。その中に、イルセのシサナ王女はいない。 ミアムの視界の片隅に、ナーセットの王女夫妻が映ったが、とりあえず無視をして、シサナの姿を探した。 「待ちなさい」 突然、王妃がとめるのもきかず、ミアムは自然とシサナの行方を求めて、広間の壇上から降りていた。どこだろう。また、廊下で一人で心細くしているのだろうか。 今度は、シサナを妻にと言える。言うつもりだった。胸を張って、王妃のもとへ連れていってもいいのだ。シサナ……? いつしか、広間を抜けて、廊下へと足を運んでいたミアムは、あっ、と目をとめた。 壁際に、以前、はじめて心を奪われたままの、王女のドレス姿を発見して、思わず開けた口がさらに大きく開いた。 「ミアム様……」 「セルシュ王国の王子の妃に、ゆくゆくは王妃になってくれますか、シサナ? 早く、行くよ」 ぐい、と、シサナの手を引っ張ると、ミアムは、広間の扉を開けた。 他の姫君達に見向きもせずに、自分の姫を連れて、王妃の待つ壇上を目指す。 「王子。……お受けします」 「その言葉、もう一度繰り返してもらってもいいか?」 父と母に紹介しなくてはならない。 「ええ、……大丈夫です。負けませんわ」 手を引いていて、シサナの表情は見えなかったが、聡明に、自信にあふれた女性の響きが耳に聞こえた。 彼女なら、と、ミアムは確信した。 「行こう」 ほとんど、飛び込むように、壇上へと走っていった王子。 数分後、大きな拍手と祝福の言葉で満たされることになる広間。 騒音割れんばかりの幸せな空間の中、ミアムはやっと自分の恋が成就したのだと、シサナをぎゅっと抱き締めていた。 end |