幸せな日々
「…何故、隣国の補佐役であるお前達が、…私の結婚の心配をするのだ」
ミアムは、真っ直ぐ向うの景観に気を取られつつ、ぶつと呟いた。
今、目を離せないというように、じっと彼の意識はそれに向けられたままだ。
「…だって、あなたが早く花嫁を見つけないのは、…うちのせいだって密かに噂が立っているんですよ。家柄、権力、能力、…容貌、全てを聡く兼ね備えた、姫君達の注目株の王子、…倍率が高いそうだと、下世話ですが女官達から聞きました」
「私の勝手だろう」
「それはそうなのですが、…ああ、やめ。ミル、…王子を扉から離してくれ」
スイズは、呆れたように、傍の相棒に手を振った。
その任せられた方の補佐役は、ミアム王子に、ふと耳元まで近づいた。
ミルとスイズは、王子が、小さな鍵穴から覗くような真似をしてまで、見ている景色を、重々承知している。恐らく補佐役である自分達は、一から十まで知り尽くしているだろう、…そこは、この春結婚したアーシェリア王女夫妻の、新婚の部屋だった。
今頃、ソファで幸せに戯れている頃だろうと思う。
「…随分と真剣に、…見ておられるのですね」
悪趣味という言葉を使わずに、ミルは率直に、ミアムに言った。
…王子はそれよりも更に、正直な人で、『…サリュー殿、アーシェリア王女にキスし過ぎなのではないか?』と一人感想を呟いていた。
また、それに、抗う言葉も出ない補佐役達だった。
心配になって、スイズは、ミアムの横から、そっと部屋の中を覗いてみた。
相変わらずの光景が見える。ソファの上は、…穏やかな幸せが降りている。
ちょうど、目に入ったのは、昼下がりの、ゆったりとした明るさの室内で、すうっと唇を交わしたまま、動かない、夫妻の姿だった。
「…サリュー殿は、王女がいなかったら、ああいう男ではなかったのではないかな」
少なくとも、…ミアムは、政を操る宰相としてのサリューしか、初め知らなかった。自分より11も歳も下の王女に、めろめろな青年の一面など、知るよしもなかった。
これは、ショックでもあり、…そして、ほっとする安心感でもあった。
「人の国の宰相に、文句言わないでください。…あれが、私達の、ナーセット宰相です」
「苦情ではない。…何かな、…サリュー殿も人間だったのだな、と」
「…ひどい言われようですね」
スイズは否定するでもなく、ぼそ、と告げた。
すると、…む、と声がした。気に障ったというように。王子は補佐役達の方に向き直って、ゆっくりと囁いた。
「お前達に言っておくが、サリュー殿の本領は、…こんな小国で費やせるようなものではないぞ?むしろ、場違いだ。…本当なら、大国の宰相がふさわしい男だ。それなりのことをしてきた人だろうからな。たまに…サリュー殿が怖くてしかたがない時がある。…相当、暗いことにまで、手を染めてきたはずだ」
「ミアム王子…」
苛立ったような、スイズの声が聞こえた。牽制の一種だろう。
ミルも、無言だが、似たような圧力は、王子に向けていた。
サリューという男をかばっている。
…けして白ではない経験を引きずっているだろうこと、数々の後ろめたさがあっても。
「…私達も、…知っております。…でも、それでも、…」
何を言わんとするか、…補佐役達の、声の押し殺し方で、伝わってきた。
目の前の、夫婦の光景を守りたい。
柔らかな、救われるような、温かい愛を育む二人を、ずっと見守っていたい。
たとえ、どんな過去があろうと、…目のやり場に困るような、幸せなキスを愛しいひとに降らす青年の姿が、…ただ普通の人間と映らなくては何と映るのか。
そこまで、察して、ミアムは目を伏せた。
「…サリュー殿がこの国を選んだのは、何となく分かる気がする。王女は、それほどまで、あの人の大切な女性なのだな」
「幸福な、この国の生活を、疑り深い言葉で壊さないで下さい。サリュー様は、私達の大事な上司なんですから。…今のままでいいんです」
スイズが、拗ねるように、言葉を切った。
それでいいんだ、と、受け入れたような姿勢。
「幸せ…ねえ」
「そうやって、言っておられるから、…なかなかお相手が見つからないのではないですか」
「な…」
ぐ、と、ミアムはミルの少々きつい突っ込みに、息をつまらせた。
カチャリ。
「あ…」
扉が開いた。
顔面を蒼白にさせた王子は、しゃがみかけている身体を、どこかへ隠れさせたくてたまらなかった。
見上げた相手と目があってしまった。
「…そこで、何をされているのでしょうか。…王子。…そして、お前達、二人」
低く、そしてゆったりとした穏やかな声音に聞こえたが、はっきりと、含みがあった。
ナーセットの宰相サリューは、どうしようかな、と考えるように、わざと顎に手をやって、それぞれを見やっていた。
…後は押して知るべし。
…ナーセットのたわいもない幸せな日々。その、ほんの一光景。
end
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