番外:王女とアルコール
「姫、いけません……」
落ち着いた牽制の声も、無邪気なシアには、通じない。
壁際まで追いつめられて、身体ごと一緒に沈んだあとは、抵抗しようにも、手がなかった。
あれやこれやじたばたする歳でなし、ふう、とため息付くと、部屋の扉は閉まっているか確かめて、再びシアに目を落とした。
酔ってないです、と言い張る姫の顔は少し赤い。観察していたが、グラスの2杯はあけているはずだ。
いつも以上に絡んでくる様子からも、「気分がいい」状態ではあるのではないかと思う。
パーティを抜け出して数刻。
先程からは、好き? 嫌い? と繰り返されている。若い恋人がいちゃつくのであれば、それも良かろうが、相手は四十も過ぎた男である。答え辛いことこの上ない。
興じることもできずに、カルナはシアの酔いが冷めるのを待つように、腕の中で背中をさすった。
空いている部屋に忍んで、恥ずかしい限りだが、見つかったとしても女官達は察して見ぬ振りしてくれるだろうと思う。おそらく。ぎゅっと、シアの抱き締める力が大胆になる。ドレスが、ひらひらとカルナの膝に舞う。
「逃げては駄目ですわ」
逃げられないではないか、というのが本音だが、声も出さず、シアのするままにさせてやる。
上に乗っかられて、拘束されて、……まるで襲われている気分である。
まあ、シアなら良いか、と思うところまで、おちているのは、愛かなにかなのだろう。大人しく、抱擁を受ける。
アルコールの香りが、ひんやりした床の感覚と共に、カルナを包み込んだ。
++
「……あら」
寝入ってしまったシア姫が目覚めたのは、宰相の腕の中だった。しかも、壁にもたれた彼の膝の上にしっかと座っているのだった。
お目覚めですか、と尋ねられて、シアはあわてた。え……と、としどろもどろになった。
部屋に入った記憶がない。
何をしていたか、覚えていない。
そうだ。たった2杯飲んだだけだったのに。
「な……何か私しまして?」
「いいえ。ただ、眠られていただけかと」
「本当に」
この体勢を見ると、それだけとは思えなくて、シアは心配げに追及する。酔っている間に、カルナにせまってしまったような、そんな不安に駆られた。
「心配ですか」
「だって、忘れてしまっているのですもの。私もし、あなたに……」
言いかけた瞬間、身体がぴたりと密着した。カルナに強く引き寄せられたのだ。耳元で低く囁かれる。
「良からぬことは考えなくてよろしい」
だって、私、酔ってしまって、あなたに悪いことしてしまったかもしれないのですわよ。言おうとした言葉も言わせて貰えず、ぎゅっと腕に抱かれる。
「少々、私も酔っていますので」
囁き声に、それは嘘と、返しそうになる。
カルナは一口も飲んでいなかったはずなのに。
……私を庇わなくてもよいのに。
「え……と、私、早く戻らなくては」
「パーティはもう終わっていると思います。時間も随分経っているはずですから。夜半……過ぎではないとよいが」
淡々と告げるカルナの口調に、酔った跡など微塵も見られない。シアは恥ずかしくなって、顔を伏せた。自分だけ、酔ってしまったのが、情けなくて、顔があげられない。
「シア」
呼びかけられても、返事がでない。この部屋から、すぐに立ち去ってしまいたい。逃げたい。
「……では、このままいますか」
「え……」
伏せていた顔に手がかかった。ぺたぺたと、なでられる。何事かと、シアはちょろっと首を傾けた。途端、至近距離まで顔を引き寄せられた。頬が……溶けてしまいそうに発熱する。ああ……、と、シアは泣きたい気持ちになった。
「今すぐ、帰りますからっ」
「あなたは何もしていませんよ」
「で、でも……。お願いですから、帰してください」
「仕方ありませんな」
ふと、最後の気取ったような言い方が気になった。が、シアはそれどころではなく、頬を真っ赤に染めて、絡め取られた身体を解こうと必死にもがいていた。
離してください、と言いながら、ばたばたする。宰相の腕は意外に手強くて、全くシアの力では歯が立たない。本気で抱いているのだろうか。恥ずかしいのとはしたないので涙がにじみ始めた。このような仕打ち、ひどい……。
目の前の顔が、徐々にうろたえてきた。……え。とシアは驚いた。
「シア、すまない。泣かしてしまったか。そんなつもりではなかったが。……あなたも、私も酔っている、ということにしてくれないか。それでうまくいくと思うのだ」
きゃっ、と声が出たのは、急にまた抱き締められたから。
どこが、酔っているのか、と思う。
確かにこの強引さは、いつもと違うとは思うけれども。
気だるい頭で、考えるに、……宰相の機転のような気がする。
どさくさに紛れて、一回キス。
……抵抗されない。
もう一度深くキス。
今だけ歳の差も何もかも脱がして、この人を独占したい。
|