裏おうさい 10
あまり若くないという言葉を使うと、シアが怒るのだ。
それは、逃げの台詞だと言って。
歳の差があるのは知っています。それでも良いと思って抱いてくださったのではないですかと。わざと、艶やかなほのめかしを込めて、皮肉るのだ。そう、何度も夜を重ねて。今更、言い訳して、若くないで逃げようとしたら、問われてもしょうがない。
姫君の頬は、かすかに赤らんでいる。
瞳をそらして、組んだ両手の指をちらちらと揺らしている。
扇情的な仕種にみえるのは、目のやりどころに困る夜着のせいでもあろう。羽織るものがもう一枚あっても、その下は、透けもしようかという薄さの布でできている。
特に胸のあたりが……本当に困る。遅くなったが、挨拶してから王宮を退出しようと思って、ひきとめられて、予定が狂った。
我ながら下手な言い訳だとはカルナは承知している。見えすいていてもいい、この心の葛藤を少しでも察してもらえるなら。強く拒否するでもなく、言葉を濁す意味を汲んで欲しい。逃げるにはそれなりの理由がある。逃げてしまうのだ。
本当にくだらない。自分が。
素直に想いを寄せてくるシアは、自身が悪いのか、と更に視線を下におとしてしまっている。
そうではないと伝えたいが、それなら何故と続きそうで、言葉を継げないでいる。シアが気にしているようなことは何も問題はない。私、胸が……などと、寝室で困った呟きを耳にしたこともあったが、聞こえていないかのように流した。
その後、あの……ちょっと、小さいみたいなのです、と言いかけたので、抱きすくめてその先を言えなくした。……くっついてみるとそうでもないことは、密かながら知っている。
美姫である。シアは魅力が足らないのかと悩んでいるが、ならば、これほど目の前の男を振り回さないのではないか。本人はまったく分かっていない。薄い夜着も、毒であるし、愛しいと思っていないはずもない。天然のように、シアは気がつかない。
「あの……キスくらい、いいのでは」
シアが小さく、はずかしそうに言った。まるで、それさえカルナが拒むと言わんばかりの拗ね方だった。
ここまで女性に言わせてしまうのはカルナが悪いだろう。拒否したいわけではない、嫌ではけしてない……ただ、できないだけ。
できるなら、今夜抱いてしまいたい、そう思っても、理性と今まで築いてきたものがとどめるだけ。簡単に言えば、素直になれないだけ。
「キスも……嫌なのですね」
またもしょげてしまったシアに、何と返せばいいか。
あまり意固地になりすぎるのも、情けない。
シアと何回逢瀬を重ねたか。……重ねてしまったか。
子供の時分から知っている王女なのだ。それがこんなに成長して。
「あのっ…………お休みなさい」
扉越しの会話を急に打ち切られそうになったので、カルナは、一歩も二歩もシアの私室へ入り込んで、唇を奪った。卑怯者だ。臆病者でもある。そのまま押し倒す勇気もない。たまに隙を縫うように感情の嵐がやって来れば別。理性の壁は厚く、自由にはならない。
シアをそっと離しながら、明日来ます、と言ったのは精一杯の抵抗だった。
感情が理性に抵抗するというのも、おかしな話なのだけれども。
「え。明日……ですか」
「待っていてくれますか」
ぱっと、シアの顔が明るくなった。それとともに抱きつかれて動けなくなった。
「今日は、帰るつもりです」
「しょうがありませんわ」
しぶしぶ、シアが腕をほどく。
「ずっと王宮にいらっしゃればよろしいのに」
「心配してくれる者もいますので」
後ろから支えてくれると思えば、背中を押してくれる。多分シアのことを知らせたら余計なことまでして、助けてくれるだろう。
さて…………。
そろそろ、力を借りなければならないのだろうか。
**
「知ってました……。けれど」
「けれど?」
ユイスの応えを、カルナは繰り返した
「自分から言ってくれるのを待ってました。もう、気になってしょうがなくて、王宮に出入りしている知人に聞こうかとか、うずうずしてたんですよ。それもいけないかなと思って、ずっと待ってました。……まったく、早く言ってくれないと」
呆れながらも、その顔は笑いっぱなしだ。心底嬉しいという表情をしている。
「……言えただけ成長しただろう」
というのは皮肉。まあそうですね、と軽口が返ってくる。
ただし。
と、ユイス。
「幸せになってくれなきゃ俺は嫌ですよ。あなたはそういうところ、……自分のことに関しては、詰めが甘いんだから。とにかく、明日はきっちりお泊まりですね。支度しておきます」
上機嫌のユイスは、やる気で両手を組んでいる。
それと反対に、カルナは少々早まったかなと思い始めている。
旦那様、と不意に呼ばれて、カルナはユイスの方を向いた。
「よく頑張りました」
茶化した言い方。子供を褒めるような温かさで。
今度連れてきてくれなきゃ嫌ですよ、とか、王宮で冷たくしてませんか、とかこまごま続いていく。うるさいくらい聞かれた。
ここにシアが加わったら、どうなるのだろう。
カルナは首を振った。
今は……まだ、思い描けない家庭。
幸せという文字。
end
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