王女と二人のお相手2 (裏おうさい)
分かるようにべったりされていると、日々気になるものである。
手を握るだけならまだしも、踊りの稽古と称して、そっと腰を抱いているのを見たときは、言いようのない苛立ちに駆られた。
美男美女でお似合いだというからまた蚊帳の外に感じられる。
肝心のシアは、リット王子に何の感情も抱いていないようだが、隙を見せすぎのように感じられる、……いや、こういう憶測こそ嫉妬の一種なのかもしれない。
……ふっ。
ええい、あんな王子一人潰してくれるわ!
などと、大人げない卑怯な真似もできるはずもなく、しかし、思うところがないわけでもない。割と冷静に振る舞うことはできるものの、カルナの胸中は複雑だった。
あれから、姫の様子をよく観察して、導き出した答えは、……姫は安心しきっているということだった。
カルナなら、大丈夫。たとえどんな男が、王女の隣にいようとも、焼きもちの一つも焼かない成熟した男性だろうから…………と、思っている。だから姫はあんなに、自然と、若い王子を紹介するし、手を繋ぎもする。
信頼といえば、信頼。
40代半ばの宰相は揺らぎもしない、と固く信じている。
何事にもそうだから、と。
そういう姿ばかり見せてきたせいもあるだろう。
……なわけあるものか。
いかな嫉妬も抱かないと思われているのだろうか……、それでは機械か何かのようではないか。
嫉妬しないのではなく、……嫉妬しているさまを見せない、のだ。シアは、大人という意味を取り違えている。
愛している人が、手元から奪われようとする錯覚を覚えて、感情が揺れ動かないはずもない。珍しく感情を強調するのは、さきほどより手が動いていないからだ。……政務に差し障りが出るのは失格だ。問題外かもしれない。
同時に、どれほどシアを好きになってしまっているか、再確認する。自分では余裕があるつもりで、……夢中になっていたか、呆れ、シビアに確認した。姫は、なかなかカルナが想ってくれない、と拗ねるが、……実際は重症なのだよ、と機会があれば悟って欲しいくらいだった。
いや、一生、こういう醜態は見せないだろうが。
我ながら、動揺しすぎている。
それもこれも、…………20も下の姫を恋うているからだった。
うまくいかない。
「お悩み中のようですな」
「まさか」
突然、執務室にひょっこり顔を出した、文官に、とっさにそう答えていた。
一瞬心を読まれたかと、どきりとした。
「手が動いておりませんよ。それに、もうだいぶそんな様子だったのではないですか」
「余計事は慎んでくれ。書類を置いて……」
「姫様にも困りものですな。仕事に支障が出るほど、宰相を惑わせて」
「な……」
というのは、明らかにからかいの調子を込めた、年上の文官のユーモアだったが、その後に書類が差し出されると、執務室の中に緊張が張り詰めた。
「『こういうこと』なら、あなたは、いつもどおり動けるのではないかと」
「ありがとう」
目を通しながら、うなずいた。
「でも、たまには、姫様のためにも悩まれると良いとは思いますよ」
「あなたは……一言多い」
ちらっと視線を投げかけると、笑っている。
まあ、味方ですからね、という割と温かい目だった。
一本取られている。
+
カルナは、文官が持ってきたリット王子に関する情報を読み終わると立ち上がった。
行ってしまった文官は、最後に
「いいじゃないですか。我々は歳で、どうせ若者に並べるわけもない。開き直って、らしく役回りをこなせばいいんですよ」
という余計な一言を残していった。
姫を恋うあまり、若い王子に嫉妬する自分は、たまらなく嫌だが、……それがただの「役回り」なら、やってやれないことはない。
のってやらないこともない。
リット王子の目的が、シアではなく、どちらかというと、マーセデ王国の姫という立場だということが見えてくると、潰せないこともない。むしろシアを利用するつもりでいるとしたら、本気で叩ける。
……本気で。
けして私情ではない。
大義名分を手に入れると、俄然、強くなれる。それが経験を重ねた人間の良いところでもあり、悪いところでもある。
ふっふっふっ、と嫌な笑いが、込み上げてくる。
あのような王子一人、ひねり潰してくれる、と、もはや大人げなくみられることも、考えられるようになるから不思議だ。
ただし、言葉の出所は、嫉妬からではなく、老獪なそれ、である。
……本人は、そのつもりで、あった。
+
「あらカルナ……」
渡り廊下まで歩いてきていた宰相は、相変わらずリット王子がべったりついているシア姫に出会った。
「今日は、早く終わりそうですか」
「そうですな。いつもどおりかと」
シアの顔が、ぱっと明るくなった。
「でしたら、リットと3人で夕食をとりませんか? お話したいことがあるのですって」
ひそかに絶句した。もうそんな仲になっているのか、と。名前の呼び方や、夕食に誘うほどに。細かな点を、深読みしてしまう。
カチっと。
やはりくるものがある。いや、……振り切れ。いけない、と留める。
シアにも、ほんのかすかに責めてしまう。
もう少し自覚して欲しい。
揺れ動かない人間なんて、…………いない。
「別に構わないが……」
「本当ですか。感激しごくです」
割り込んできて、がしっと、両手に被せてきた王子に、正直悪意しか感じなかった。以前は、自分が悪く考えようとしているから、と思っていたが、結局、悪感情を向けられているのは正しいようだった。
「お話ししたいことも、たくさんありますので」
「レスタイン旧王国領のこと、とかですかな」
はっ、とリット王子の顔が青ざめて、カルナは思いっきり嫌味な顔をしてやった。そういう目的でシアに近づこうだなんてもっての他。なんなら潰してやるぞ、と無言の圧力をかける。
……が、相手もさるもの
「いえ。領地のことでなく……、シア王女のことです。私、前々からマーセデの美姫とうたわれる王女のことが気になっており、このたび、ご一緒する時間をいただきまして、確信しました。この私、シア王女をお慕いしております」
「何だと……」
「宰相には失礼なお話ですが、私、この想いをとめられません。一度お手合わせを願いたい。……というのも無理な話だと思います。ですが、機会ぐらいくだされてもいいのではありませんか。宰相のあなたが相手では、私にはあまりにも不利。私をいつでも『潰せる』のですから。ああ、もう少し、時間をください、シア王女と触れあえる時間をいただければ……」
さらっと言ってのける王子に、カルナは、ピキッときた。
潰せば、宰相の嫉妬のせい、とわざと言葉を選んで攻撃してくる。
『私にはあまりにも不利』と、嫌味まで込めて。
性格のネジ曲がりを感じる。
こうなれば…………。
カルナが口を開こうとした瞬間、隣から腕が飛んできた。
パチリと。
リット王子の頬に、平手が飛んだ。
男二人の顔が薄くひきつった。
同じタイミングで、シア姫に視線を向けた。
相当怒っている。
「カルナに失礼なことを言わないでください。私でも分かります。私は、……カルナを愛しています。リットは伝えなくとも、知っていると思っていましたわ」
あらわにしている表情は、愛している人を歪められて、真正直に憤っている。
おっとりとした普段のシア姫からは想像のできない、きりっと、……凜とした女の顔。
「私の顔を、……打った?」
「ええ。打ちました」
リット王子の笑い声が響き渡った。傑作だ、とでも言わんばかりに。
少しばかり嘲笑じみていた。
「……まさか、王女がこのように気丈な方だとは。いや、褒め言葉です。踊っている時は綺麗でしたよ。しかし、こんな美しさはなかった。……ぶたれたのは初めてです」
「謝りませんわ。カルナのことを言われて、……私怒っておりますの」
「それは分かっております。怒っている顔も、随分と魅力的だ」
嫌な予感がする。
打たれた頬を抑えながら、リット王子は何やら恍惚とした視線を、シアに向けている。
「今は宰相という相手がおられても構いません。どうか私のことも考えていただけないでしょうか。シア王女、本気で今そう思っ……」
「仲直りしてください、お二方」
へ……。
両者の目がおそらく点になった。
にこにこと、おっとり、いつものシア姫の顔。
天然の姫のなせる強引な業だった。
はいっ、と男二人の手をつなぎ合わせる。悪気が全然ない。
カルナは、こういう芸術的な終わらせ方ができる姫に、心底感心しそうだった。
「どうします?」
リット王子が本意ではない声をかけてくる。
「この手が解けるか……?」
なんたって、王女の魔法がかかっている。解けるものなら、解いてみろといいたい。
王女は何より強いのだ……。少なくともここにいる男二人より、今は。
別にしたくないんですよ、というリット王子の意志表示に、同意しながら、握手する。
まあ後で話し合いでもしましょうや、という、割と妥協じみた停戦になった。
「では、あとで夕食に行きましょう」
シアは、男性二人の手を握った。
強引に引き分けに持ち込む姫君の横で、渋い顔の恋敵は、両者視線を合わそうとしなかった。
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