+ 王女と宰相 +


 王女と二人のお相手3 (裏おうさい)



 にこにこしながら、年上の文官が書類を渡しに来た。

「その後どうですか」
 何のその後なのか、語らずに、カルナをせっついた。
 宰相の堅い表情を茶化すように、文官は明るい。

「別に」
「困りますな。あなたの調子が良くないと、この国が回らないんですよ。そろそろ片付けてもらいませんと、……たった一人の姫のせいで国を傾けられては……」
 と、本格的に茶化しにきたものだから、カルナは、らしくもなく、退がってくれ、と吐き捨てた。怒気がこもった声で。
 文官が肩をすくめる。

「落ち着いてください。そうでは困りますので。反応ごもっとも。むしろほっとします。我らが宰相も、人間でしょうから。……ですが、いつまでも馬鹿なこと言われていると、あなたの一部下として、余計なことも申し上げたくなるというもの。シア様が舞踏会まであの青年を傍に置くことにしたからといって、心配なされることは全然……」

「だから、心配しているわけでは」
 と言いかけて、嫌な笑いっぷりの文官と目があった。
 見透かされているような気分になる。

「いいんですよ。国はきちんと回っているし、あなたに責められるところなんてありませんから。ただ、ちょっと……私には、お節介申し上げたいことがあっただけで。姫と幸せになって欲しいだけで」
「もう少し、お手柔らかに願えませんか」
「いやいや、宰相にはこれくらい、きつくいきませんと。……ほら、今夜の舞踏会、あなたは早々に退散なさるおつもりかもしれませんが、あの青年と決着つけられては」 
 むっとする、カルナに、やはり文官は涼しい顔。

「レスタイン旧王国領の件、聞いてやったのでしょう」
 リット王子の第一の目的である、己が領地の話は、この前一緒に食事を取ったときに聞いた。マーセデ王国に併合されたときに削られた領土のことで、未だにもめている諸問題について、考えておくと、確か伝えた。
 それだけならば良かったのだ。
 シアにくっつく理由が、そういう政治的な下心であるのならば。
 たとえ、いけすかない宰相に精神的動揺をくわえる目的が含まれていてもいい。

 リット王子がシアに依然べたべたし続けるのは、領土の件が済んだ今、彼の個人的な恋情だということが問題なのである。

 一度フられた後、辛抱強くも、シアにアタックし続けている。
 嫌がれるのは承知の上、彼は、分かって求婚している。

 もはや、裏があるわけではなく、本気なのだからたちが悪い。
 なお、……シアはさらりと交わしている。
 が、カルナは渋い顔で……という経緯である。


「分かりました。私が、20歳ほど若返らせてさしあげましょう」
「は……?」
 怪訝そうな顔で、カルナは文官を見つめた。正気か?とそう言いたげな目をしている。

「いいですか。それじゃあ、私は魔法使いですからね」
 職務の最中に何を言い出すか。しかもカルナより年上の男が、真面目な面持ちで、告げるものだから、ぽかんとしてしまう。

「……と、まあ、生憎そんな力は持ち合わせておりませんが。リット青年と同じ年齢になれれば、あなたは悩まずに済みますか? そうではないでしょう」
「茶化すのも大概にしてくれ。疲れ……」

「あなたは、そういうところを気にしすぎる。……好きになったら関係ないでしょう? そうじゃなかったですか?」
 確認するように、文官が言った。
 四十代の王子様でも、うちの姫様は構わないんですよ、とまた余計なことを添えて。


「だから、舞踏会、いってらっしゃい」
 微笑みながら、文官が言う。もはや彼の一人勝ちだった。
 宰相は、小さくため息をついた。


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「リット、……いじわるですわね、あなた」
「何がですか、シア」
 少しふくれた、姫君が、王子の顔を覗き込むまで一秒。

「カルナをけしかけないでください」
「そんなことしましたか」
「私は……」
 リット王子が、そっと、シアの唇に長い指を置いた。

 知ってますよ。あの宰相が好きなんでしょう。何回も、何回も、聞いてますからね、と、強調するように言った。

「だから、少しくらいいいでしょう」
 舞踏会まで、傍にいますから、とリット王子は、いたずらっぽく笑った。
 残念ですね、相手がいなければ今にでもさらっていくのに、と気障な台詞を見目良い顔でさらっと言って。


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 ラスト・ダンスまで、リット王子は楽しんでいた。
 彼がシア姫を独占しているのは、珍しく最後まで帰らない宰相のために、誰も姫君に手を出そうとしないからであった。この状況で、お相手を申し込めるほど、肝の据わった男は宮廷にはいなかった。
 王子は、カルナ宰相の反応が気になるようで、ときたまちらっと目を向けては、にやっと笑っていた。挑戦的である。

「リット、ひどいです」
「大丈夫ですよ。もっと、ひどいことしますから」
「え……」
 最後の曲がとまるとともに、王子はぎゅっとシア姫を抱きしめた。一瞬、大広間の空気が凍りついた。大胆な王子は、シア姫をよいしょ、と抱き上げると、広間から大急ぎで逃げ出した。

「ちょっと…リット、どこへいくのです」
「いいから。黙っててください。大変申し訳ないお話をしましょう。最初、あなたに近づいたときは、利用してやろうと思っていたのです。私の…領地の問題でね。興味はなかったのです、あなたに。でも、何故か、好きになってしまって。どうしてだろうと、あれから結構考えて……」
「リット、とまってください」
 器用に階段をくだる王子は、シアの言葉を受け流しながら、続ける。
「そうしたらね、気がついたのです。おかしなことにね、あなたを好きになった理由。すごく強い、あなたに惚れました……、私は……」
 王子は、シアの耳元に、ふきこむよう、唇をよせた。

 階段の下に先回りしたカルナを見つけて、リットは、もう少し、妬かせてやれとばかりに、シアにくっついた。暴れそうになるシアに、ゆっくりと種明かしする。
「私は……、あの人が好きなあなたが、とても素敵で、強いな、と惚れてしまったようですから。私をひっぱたくまでに、そんなにあなたを成長させた人とは、……最初から、決着はついているのですよ。私だけのものになってもらっても、あなたは輝いてくれないでしょうから」
 悔しいですよね。
 リット王子は、残りの数段を駆け下りた。

 そこには、カルナが待っているわけで。……さてさて、宰相と、どう渡りあおうかなあ。と王子は思案した。

「シアを返してくれ」
 おやおや、と王子は思った。面白い考えが浮かぶ。これでは反対だ。

「嫌ですよ。返しません。姫は私のものです」
「な……」
「これから、国に連れて帰ります。追ってくるなら、受けてたちますよ。たいして力もありませんが、「愛」さえあれば、何とかなりますよね。……幸せにしますから」
 大切にしてみせますよ。自信ありげに、カルナに言ってみせた。

 ……さあ、何と返してくるか。

 え、とリットは、耳を疑った。


「私の方がシアを幸せにする」
 だから、シアをとるな、と。

 
 腕の中のシア姫が暴れる。当然。
 かなり必死に聞こえたので、リットは、目を細くして苦笑した。
 一生懸命抜け出そうとするシアをゆっくりと下ろしてやる。
 
 そうやって、……姫君は若くない王子に、飛びこんでいくのであるが。
 年齢なんて関係ないのにな、とリットはひとりごちた。
 目の前の光景を見る限りは。
 
 それに、今、カルナに幸せそうに抱きついているシア姫は、魅力的なのである。
 お互いが、お互いを、輝かせていることを、……いや、言わないほうがいいのだろう。
 とにかく、手なんて出せるはずがない。


「借り、にしておきます。領地の件、融通きかせていただけると嬉しいです」
「リット」
 シアに呼ばれたが、聞かないで手を振った。

「結婚式には、領地の人間として、お祝いくらいは贈ると思いますよ。ああそれと……」
 何でもないような言い方をしながら、びしっと言った。

「とられたくないって思うなら、王女を大切にしてください。歳とか、気にしておられるかもしれませんが、まあ……そんなに老けておりませんし、格好いいですよ、カルナ宰相。自信持っておいた方がいいですよ、……そうしないと一気に老けるから」

 じゃあ、と、言い逃げて、リットは姿を消した。

「あの……」
「シア、こんなつもりでは」
「まあ、幸せにしてくれませんの?」
 何を言っても無駄であった。カルナは、辺りに人目がないことを確認して、シアを抱きしめた。

「先程の言葉に、偽りはありません」
 まあ…、とシアは再び口にした。
 いつまでたっても、回りくどいですわね、とからかいを込めながら。

  
 背のびする。
「幸せになりたい……です」

 一瞬ためらった宰相に、シアはゆっくりと唇を合わせていく。
 歳の差、って。
 埋めていくものがたくさんある。
 まだまだぎこちない距離が残る二人。
 重ね合わせたものが、どんどん深くなっていく。……こんなに熱情的なことってあったかしら、と、くらくらしながら、シアは考えた。
 はっと思い当たったのは……嫉妬していてくれたのかしら、ということだった。


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「その後、どうですかな」
「その話は切り上げていただけると」
 カルナは、文官の口調に含みを感じて、目をそらした。

「あの青年の話、通してあげたのですね」
「全部そのまま通したわけではない。それでも、向こうは満足するだろう」
「……で、シア様とは」
 抜かりなく話題を戻してくる文官に、カルナは、苦笑した。
 
「それなりに」
 うまくやっている、という後の言葉は省いて。
 良いことです。と文官が微笑んだ。

「カルナ、……今、よろしいかしら」
 執務室にあわてて入ってきたシア姫は、おろおろしながら宰相の傍へ寄った。

「何でしょうか」
 小声で、シアが告げる。
「女官たちの噂で、あの……広まってしまっているのですが。ここのところ……あの、毎日……」
 顔を赤くするシアを、思わず、胸元に引き寄せて、文官に暗に立ち去るよう視線を送る。すごく晴れやかな文官の表情は置いておいて、シアの顔にそっと、手をやった。

「あの……」
「後悔されているのであれば」
「しておりませんわ。その…………、幸せではないかと」


 ゆっくりと、様子見しながら、執務室を立ち去りそうで立ち去らない文官に、目で促す。パタン、と扉が閉まったところで、カルナは、実感の篭った、その言葉を言った。


「ならば………、いいのではありませんか」





end








終わりです。遅くなりました。結婚前の王宮のお話、ある意味嫉妬めらめら編(おい)暖かく見守っていただけてたら幸いです…。