ちび姫様と三角形 2
シェルちゃんが欲しい。
隣のあの子がいい。
咲きかけの薔薇の花束を大事に抱いて、一人馬を駆り、毎日のように遊びに来た王子様は、ナーセットのお姫様に夢中だった。
それは誰の眼にも明らかだった。
上品で柔らかな物腰、幼いながらも礼儀正しい少年は、ほのり上気した頬でそわそわと姫君を待っていた。分かりやすくも微笑ましい光景だった。
ふわりと、あの金髪を花で埋めてあげたらどんなに愛らしいだろうか。またあの笑顔を向けてくれるだろうか。少年の頭は、一色に染まっていた。
好きでしょうがなかった。その時、本当に熱をあげていた。
一年経ち。
二年経ち、王子様は、薔薇を片手にナーセットを訪れなくなった。そのようなもの、無意味であったから。姫君がお気に召したのは、少年との口喧嘩と、政治の話だった。お父様には内緒よ、と言いながら、二人は近くの国の考察をし合った。彼等にとって、それはたわいのない遊びのようなものだった。
シェルちゃんが振り向いてくれるなら。
王子様は、姫君との会話に遅れないよう、まじめに勉強した。一生懸命、一途に、必要な知識を詰めていった。王子様は、段々と変わっていった。今まで興味がなかった政の舞台に、必死で足かけた。父親であるミアムに教えを乞い、宰相に細かく習った。
その結果、近隣諸国を唸らせるほどの少年になった。
だが、意中の姫は、成長した少年と相変わらず口喧嘩仲間以上の関係を望んではくれなかった。
フラれたのかな。しゅん、と気を落として、セルシュの宮殿に佇んでいたが、父は子供同士の恋愛事には触れず、息子の才能を褒めた。
頑張れ。
その励ましに頷くまで、随分と時間がかかっていたが、少年は父の期待に応えなければと、溜まっていたもの全部抑えて、静かに眼を閉じたのだった。
大好きだけれど、……一緒にいるだけで幸せ。欲しいけれども、友達でいられるなら。
神様、もうシェルちゃんが好きなんて言いません。
諦めてみせます。
そして、立派なセルシュの国王になってみせます、……将来。
それでも、あの子と会う機会を奪わないで。……傍にはいたいのです。話していたいのです。
+ + +
「サリュー様、かの国には、大変追い詰められた状況にある宰相の子がいます。姿を消されてしまうより早く、姿を消すのが良いだろうと思われるほど、立場に苦しめられている。私と同じ歳だというので、考えてしまいます。その少年、……もしナーセット王国が引き取るなら、と勝手な予想をしてみたのです」
……っ、と声が漏れそうになって、サリューは、唇をぴたりと合わせ閉じた。
かすかな仕草で済んだのは、彼の長年の経験がなせる業だった。普通なら蒼ざめ、うろたえる。彼は息を整え、ラウファに、一瞬だけ表情を崩しそうになったことを、気取られていないか確かめた。
少年は、何事も上手の宰相が、鉄壁のように動かないことを残念そうにときどき視線を寄せ、軽やかに言葉を操っていた。
ラウファには、サリューの思惑が解けていなかった。
宰相の顔色を伺いながら、少年は続けた。宰相は反応を保留している。無表情で、少年に表情を読まれないようにしている。彼は心配になったが、生き生きと羽ばたくように喋った。
「突飛で、空想に近い話かもしれません。しかし、私は有り得ない話ではないと思っています。最近のナーセットは、かの国と徐々に近づきつつある。あちらの宰相とも交渉持つことしばしばです。何故、短期間で上手すぎるほど、接近しているのか。裏があるだろうことは容易に想像できました。それに、あなたはカルナ宰相の元弟子だ……」
最後の一言は余計だったと告げんばかりに、サリューの瞳がラウファを刺した。
しばしの沈黙。氷のような警告あまりある瞳で押さえつけられていた。まるで、許可が降りるまで動けない有様だった。
「いいですよ。続けてください。確かに、マーセデ王国とナーセット王国の関係は良くなってきています。国交もある、普通の関係に落ち着きつつあります。そのために、カルナ宰相と何度も話し合いを重ねました」
「我がセルシュは、そうやって、強国マーセデと親しくなっていく隣国ナーセットを観察していました。心穏やかならない気持ちはサリュー様も察してくださるでしょう。特にここ数ヶ月、急激に近づいていく二国に、我が国はあらゆる考えを巡らせていました。至らないながら、私も考えました」
コン、と王子が咳する音が響いた。
「教えていただけますか? 今度、マーセデから訪れる者の素性を」
ラウファが、こうやって核の部分、彼の一番言いたい部分に辿りついたとき、サリューはどちらとも取れる笑みを浮かべて見守っていた。
「どうして尋ねるのです」
「その人物が、マーセデとナーセットが親しくなる秘密の条件のように思えるからです」
「面白いですね」
「サリュー様っ!」
ラウファは、真剣に問うた。答えを求めて、少々不躾な語調で、問い詰めた。
もし、彼の考えが正しければ、ナーセットは直に、マーセデと取り返しがつかないほど仲を深めざるを得なくなるだろう。
マーセデ宰相の息子は、王位継承争いの渦中にも巻き込まれつつあった。
これをナーセットに連れて来れば、否が応にも、かの国に関わらねばならないだろう。
宰相は、ラウファの述べた言葉を黙って加味していた。一瞬無視しているのかと思われるほど、静かに考えていた。
実はほぼ正しい推察だった。短刀を素肌に押し付けられているような、ギリギリの緊張が、宰相の側にはあった。サリューは舌を巻いて感嘆しかけていたが、それは決してラウファに分からないように隠されていた。
自力でここまで行き着いたなら、少年は天才だと思った。だが……。
見事過ぎる裏に隠されているものが、心落ち着かせなかった。もちろん、ラウファ自身の能力も認めてしかるべきである。
しかしその上に、サリュー自身をも焦らせる、誰かの思考を感じた。それは誰なのだろう。必死に目まぐるしく問うて、心臓が早鳴った。
ふと。
ああ………、と、気が付いたように、宰相は愁いた。
『もう、ここまで適確に読むことができるようになっているのだ』
それは、理性の奥に事実として刻まれていくうちに、ひそやかな苦しみになった。自分の才能に追いつこうとしていたのは、紛れもない………我が…。サリューは考えを無理やり切った。
「教えてはいただけないのですね。予想していたことでもあります。ならば、と思って父も、サリュー様に伝えたでしょうが、私ラウファをしばらくナーセットに置いてください。これは、私一人の勝手な願いです」
ナーセットがマーセデと絡むというのなら、現に友好国であるセルシュとの関係も変化してくる。そこに、子供ながら一手打ちたいという、ラウファの大人びた思惑が見えた。
だが、全ては空しかった。
「申し訳ないが、お断りします」
「……な」
ひし、と宰相の腕が動いた。それに続いて、舌が力強く言葉を紡ぎだした。
「セルシュと、我が国の関係は、昔に比べれば対等に近いもの。平行線でいられれば幸い。細かな心配や理由があれ、お互い下手な介入は、大きな関係まで壊してしまうものです。これは、返せば、セルシュの不当な侵入でもありますよ。我が国は、ラウファ王子を歓迎することはできません」
きつく、宰相の返事が少年に圧し掛かった。7歳の王子には、重過ぎただろう。普通の文官でも、このようにサリューに言われれば、凍りついたに違いない。
ひどく冷たい目で、視線を逸らさせてはくれず狙われては、ラウファ王子も一溜まりもなかった。
先ほどまで宰相は一歩引いていたはずなのに、何だか相手は急に強くなったように、王子に刃を向けていた。
まさかシェルと一緒に話し合った時間が、影響し過ぎていたとは、ラウファは考えつきもしていなかった。宰相に、必要以上に押さえつけられた訳も。
+++
「ラウファ、もう帰るの……?」
玄関に、シェルシー王女は、客人達を見送りに来ていた。夕方も薄暗く、早くしないと夜になってしまうだろう。馬を走らせてきた客人には、灯りがないのは酷だった。
「うん。そうだよ」
「何だか、へこんでるわね」
いつものきりっとした王子様は、言葉少なで、元気がない。
「明日になればなおるよ」
「ならいいわ」
7歳の少女は、困惑の一つもなく、元気に笑った。
その笑顔を見つめながら、ラウファは、内心穏やかさを失っていた。
夕日の橙の光を浴びながら、きらきらと金髪が輝いている。
今も抗いがたく可愛らしい……。
手を伸ばしたい衝動に駆られる、初恋の少女は、シェルシーだった。
「どうしたのよ」
「何でもない」
「聞こえないわよ」
「シェル……」
王子は何か言おうとして、喉元で押さえてしまった。
綺麗な形の眉が、弱気に歪んだ。
……すきだよ。
言葉にはならなかった。
後日、マーセデより来た少年。たやすく宰相に弟子入りし、シェルシーとも深く絡んでいくことになるこの少年に、ラウファがどう思ったか、どう行動にでたか。
それは、また別のエピソード。
end
→ 遅くなりました、後編です。この続きはちび姫様の華麗なる〜ですね。相変わらずですがよろしくお願いします。誤字報告は嬉しいので遠慮せずお願いします、非常に助かっております。←
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