sleeping beauty(裏おうさい短編)
いつものように、登城してみれば、不自然に慌ただしいマーセデ王宮のありさま。カルナ宰相は、執務室に入るまで、さらっと観察しただけで、だいたいの現状を理解した。
シア姫が行方不明なのだ。
あからさまに、姫の名を呼んで探している者もいるし、廊下の隅っこに固まって、この事態をどうしようか蒼い顔をしている者もいる。
落ち着きの無さは、皆揃って同じで、その中を、宰相は無言でくぐり抜けていくものだから、どうしても驚きの目で振り返られてしまう。
何故、そんなにも平然としていられるのか、と非難めいた含みさえ備わっているようだった。
普段通りに、職場へ向かっているだけなのに、姫と宰相の関係をほぼ公のものとして知っている城の者達の視線は冷たい。
ここで、青ざめて心配あらわにした顔で探し回れとでも言うのか、人一倍きつい視線を、すれ違いざまの女官から浴びせられた宰相は思った。
びくともしなかったが。
少し、ひっかかった。
心配していないわけではない。
事情を察したときから、頭をよぎらない瞬間はない。幾つも可能性を考えて、後で、執務室に入ったときに立場を踏まえた上で処理しようとしていた。
宰相として。
王宮の問題として、一日このまま放っておくことはできないであろうから。たとえ、行方不明の正体がどこか別室に隠れているだけのたわいないものであったとしても、真面目に取り組むつもりである。
そういう態度は、敏感に特に女官などの反感を買っているようだ。
執務室に入るまでに、更にもう一人、非難の目を向けられた。
シア様を探してください……、と、叫ばんばかりの表情で宰相をぎろりと睨んで去っていったのだった。
もしも、自分がその通りの行動を取る男だったとしたら……、この国は保っていないだろうな、というのが、カルナが扉を閉じた時の本心だった。
誰もいない執務室の空気は妙に清々しい。
今日もここから仕事が始まる。
+++
「…………」
上着を脱いで、それを執務室の奥の休憩所と化している一角へ置きに行こうとしたときだった。
ゆらっと、遮るカーテンをめくった瞬間、カルナの顔は何とも言えない表情を映した。
手は、布を握ったまま、止まっているし、身体も動かない。
思いの外、動揺していたようだった。
すやすや、と、そこで眠る姫を見つけてしまっては。
ゆっくりと息を呑む。
間違いないようだ、と自分に言い聞かせるようにして、カルナは、シアに目をおとした。
何故ここにいるのか。いや、そんなことより、起こした方がいいのでは、と、思考がいつもより不器用に、そして、遅いように感じられる。ようするに、まともに作動していない。
安心しきった顔で、寝顔を見せている姫は、おそらくカルナを待ち伏せでもしようと早朝から頑張っていてつい寝込んでしまった、そんな風だろう。王宮を巻き込んで騒ぎになっているとも知らずに、静かに目を閉じている。
「……姫」
呆れを多少含んだ声で、小さく呼んでみた。聞こえたか、どうか分からない。
風邪ひきますよ、と低く付け加えた。
一歩も近づこうとしないのは、己の態度を決めかねているせいで、声も棒読み気味だ。
こんな時、どうしていいか、……分かりかねるのだ。
予想外の行動を取られて。
それに、簡単にひっかかって。
はまって。
シアのことだと、そういう自分のパターンがあるということに、気がつきかけている。
宰相という大義名分が効かない、困った事例。
ここから先は、体当たりしていかないと、片付かない。……カルナ個人の方法で。
眠っている王女に、足を進めて、身体を傾ける。
「シア」
先程よりは、大きく、耳元に囁く。王女は熟睡してしまっているのか、なかなか目を覚まさない。何度か、呼ぶ。反応がないので、カルナは、ふっとため息をついてしまった。
「起きてください」
それでも、起きない姫君に、カルナは思わず両腕で抱き起こす。う……ん、とかすかに息がきこえた。
また、ため息。
はっと、意識を定かにした姫君は、目の前にカルナの顔を見つけて、驚きの眼差しをおくっていた。
「あの……」
「いつからここに」
「早く目が覚めたので、つい……」
ぼけたような答えを返したシアは、カルナが怒らないかと心配そうな顔を向けた。
「それはいいのですが。城の者が心配しておりますので、早急にあなたのことを知らせた方がよろしいかと」
「え……。そんなことになっていますの」
慌てたシアは、カルナの腕の中で暴れかけた。それが反動で、少しきつく抱き抱えられた。そこで、初めて自分の今の状態を確認する。
「あ……」
「離しますよ」
「待って。嫌です。このままがいいです」
「無理です」
いかにも、起こすためにやむを得なく腕を使ったといわんばかりに、カルナが手を引こうとしたので、逆にシアは飛びついた。
「……っ」
驚いた顔。
ぎゅうっと、姫君がくっつく。
……されるがままに、カルナは、飛び込んできたシアを抱き締めた。ため息一つつきながら。
朝の時間が始まる前の一コマ……ということに、しておこう。
顔をそっと重ねて、唇を丁寧に合わせた。
end
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