王女と読書係3 「どのような本を読んでいるのですか……?」 寝所の、白いベッドに柔らかに身体をあずけながら、シアは読書を楽しんでいる。静かに、ページに吸い込まれている瞳は、後から部屋に入ってきたカルナに気がつけなかったようで、はっと驚いて、慌てて、本を隠そうと動いた。 「何でもありませんわ」 「そうですか」 「だって、笑われますもの」 本当に、不意打ちだったというように、シアの頬は恥ずかしそうに染まっている。本のタイトル部分を庇うように胸に抱えているところは可愛らしい。だが、装丁からある程度見分けがつくもので、……それが恋愛小説か何か、ロマンス的な物語であることは、……宰相には即座に判断できたらしい。見ぬ振りして、彼はベッドに入った。 「これは……、私が退屈しないようユイスが用意してくれたものです」 「屋敷の書斎に、このような本があったとは記憶しておりませんが」 「私が読めるものが、少なかったので、わざわざ取り寄せてくれたのです。……けして、害になるものでは……」 「責めてはおりませんよ」 冬の寒い晩で、寝所で喧嘩するには体温は低すぎ、カルナは落ち着いた響きで、シアを丸めこもうとした。別に、何を読んでいようが、声を荒げるつもりはないし、シアの自由である。そのような話を、楽しそうに読む妻に、ほう、と思ったまでである。 ユイスの選択なら信用できるし、興味があるというほどのものでもない。カルナは、灯りを消して、早く休もうと思った。 ちらり、と頭の角度を変えた瞬間、シアの胸の間から読み取れた小説の題名……「歳の差・禁断の恋愛」 ……一瞬、カルナは眉尻を震わせた。 どういう本を……。 「面白いですか」 「え」 唐突に聞かれて、シアは高い声を出した。 そして、次に続く言葉に声を失った。 「読んで……さしあげましょうか……?」 +++ 駄目です、と、きっぱりシアが断って、首を振った。 内容はロマンス小説の類なのであるが、……なんというか、似すぎていた。 自分とカルナに。 富豪の令嬢が、婚約者をはねのけて、父の片腕である男と恋に落ちる話であったが、年上すぎる男は最後の最後までお嬢様との関係を悩みつづけるのだ。 「題名、……見えてしまったのですね」 「ええ」 「だって…………」 「貸してください」 嫌がるシアの胸から、取り上げるように、カルナが本をもぎ取る。しおりが挟まれたページをさっと開くと、そっとシアに寄って、朗読し始めた。故意にか、耳もとで、ささやくようにゆっくりと。 「や、……やめてください」 口元を覆って、シアは真っ赤に色付く。きゃ、……と悲鳴にも似た高音で、助けをもとめている。普段考えられない行動である。からかっているのか、遊ばれているのか、シアはどきどき混乱して、カルナの声に耳震わせていた。 「『私は、あなたといてはいけないのでしょうか。ときどき不安に思います。焦ります。悩んで、心がとまってしまいそうです。こんなに、愛しているのに……』」 「カルナ、……もう。他の本にしてください」 耳をふさいで、シアが抵抗する。 意地悪だ。 これは、ずるい。 ……カルナの馬鹿。 「私は、この本のようにはいきませんね」 「もう。忘れてください」 「お休み」 灯りが、器用に消され、シアの身体に、温かな重みがのしかかってきた。暗闇で、表情が見えないが、吐息で、だいたいの心の内は、予想がつく。 ……、もう。 でも、とふくらみかけた頬が笑う。 小説よりも、……好きですわ。 ロマンスよりも熱いキスで、シアは目は閉じた。 end |