十二夜



 一面敵兵に埋め尽くされた城の外。

 下の様子を窓から見下ろすドレスの女。腕を軽く、胸の辺りで組んで、表情一つ変えずに、彼女は独り言のように呟き始める。

「来たよ。周りを囲んでいる兵士達の波が真っ二つに割れた。綺麗に出来た一本道の間を、使いの貴族が歩いて来る。私に降伏を求める為に、この城の門をくぐろうとしている」

 ひとごとのように、笑いをもらし始める王妃を、男が、無言で見つめている。傍にひかえるようにしている彼は、彼女から視線をそらすことはない。

「なんだい、あの歩き方は。ひが暮れてしまうじゃないか。全然進みやしない。もったいぶらずに走ってくればいいのに。それとも足が悪いのかしら。ここへたどり着くまでに、倒れてしまうのではないだろうね。私は待っているのだから。遅い、…全く遅い」

 窓から振り向いた王妃は、足元にひかえている男をゆっくりと眺め下ろす。

「リオット、お前も見ておやりよ。あのへっぴり腰。あれじゃ私のところまでも来れやしないよ。蛇でさえあれより早い。あの男が降伏を言い渡しに来る前に、私はとくにまいってしまうよ」
 王妃は握っている扇で、しゃがんでいる男の髪に触れる。
「……」
「お前はよくこの国に仕えてくれた。お前だけ城に残ったね。…皆、己が身の処し方というものは、十二分に知っている。向こう方につくもの、逃げるもの、正しい判断で、平安にやり過ごす術を心得ていたようだ。お前だけ、別のものの判り方をしているようだ。忠実なる騎士、リオット…、ずっとそれを通すつもりかい」

 王妃が扇で遊ぶ。男の顔に向かって風を送るように、はたく。
「おや、あの男やっとまともに歩き始めたよ。兵士達の野次にでも後押しされたのだろうか。これなら思っていたよりはやく城門をくぐってきそうだね」
「王妃様…」
「何だい…?私はもうすぐいなくなってしまうのだから、傍に仕えていられる間に、お前は言いたいことを言わねばならないよ」
「ここにおられるのは危険では…」
「どこも一緒だよ。私は逃げるつもりはない。逃げられる場所もない。どれも最後は同じだ」
 扇をあおぐ仕草は、これ以上ないくらい涼しげだった。ゆったりとした、危機に直しているとも思わせない王妃の姿。
「……」
「……」
「助かって欲しかったのです。…王妃様には、どうか無事で、…それが私の願いだったのです」
「ふうん、けっこう早く歩けるじゃないか、あの男。どこの貴族だろうねえ、この部屋の扉を開けて入ってきたら言葉の一つでもかけてやろう」
「王妃様…」
「焦ることはないよ。まだまだ時間はかかりそうだ」

 男は初めて、王妃から視線をそらす。うつむいて、床を見る。
「…そうだ。お前の話を聞こう。以前に聞きそびれてしまった。途切れ途切れにして、お前が口を開かないものだから。城内にあの使いがたどり着くまでの暇つぶしになる。物語、そういう類の享楽もいいだろう」
「酔狂です。こんな時に…」

 リオットは、いさめるように、王妃に口答えした。はた、と扇が彼の顎に当たり、突き刺すようにくい、と力が入れられた。
 はっとリオットが王妃の顔を見上げると、まるでどこかの国の女神のように、冷たく彼を眺め見る姿があった。
「早くお話しよ。その口と舌で語れるものならば…。どのようなくだらないものでも、今ならば、聞いてあげるよ」
「……」
「忘れてしまったのかい。王が生きていた時分に、巷に流行詩のように流れ始めた、物語。あれをいつか私に話してくれると、お前は言っていたじゃないか」
 リオットはまた、視線を避けるようにうつむく。このまま見てはいられない、というように。
「駄目です」
「どのように、いけないんだい。私がいい、と言っているんだよ」
「……」
「騎士も意気地なしになったものだね。噂一つに恐れをなして、子供のように押し黙って、言い返すことさえできない。言ってごらんよ、物語なんだ、と。お前の口から聞けないのなら、私が話してあげるよ。よく、覚えている。私のいないと思っているところで、侍女たちが、読み上げていたから」
「お止め下さい」

 彼女は、一歩前に足を進めて、空 [くう] に言葉を投げかけた。
「…王妃は、その者の手を取った。普段あるはずの、崇高な永久の距離を捨てて。騎士は、永遠を掴むように、その手を離すことはない。ただ、うしろを振り向くことだけはしてはならない。そして、言葉も響かない、閉じた空間に、二人は己が姿を見出す」
「お止め下さい。おかしくなりそうです」
「そうかい。私は面白い『物語』だと思ったのだけれどね」
「そんな話はお忘れ下さい。皆、夢物語です」
「その夢物語が、面白いと、言ったのだよ。なかなかよくできている。誰が作ったのだろう」
「それは…」
「続きも暗記しているのだよ。…前の見えない暗闇が二人を覆う。騎士は立ち上がる。明かりのない世界に、光をもたらすためではなく、常闇の中でも、王妃の手を離さずにいるために。彼は、告白する。永遠の距離は放たれた、想いを跳ね返す、幻のカーテンは破られた。そして、今、己が心のまま、言葉を紡ぐことが許される」
「もういい、です。あなたの気まぐれに付き合うのも疲れます」
「おや、もう脱落かい。私の最後の気まぐれかもしれないよ。もう少し、そこにいてくれないのかい」
 リオットは、うつむきながらも答える。
「ずっといますよ。でも、これ以上、耳を開いていたくないだけです。あとは王妃様の御勝手に」
「随分冷たいんだねえ。この物語を知った時に、王は非常に怒って、騎士を一人牢屋へ閉じ込めた。もう出てこられないんじゃないか、と言われていた。たかが、巷の噂一つを間に受けて、王があのように命令するとは、私は驚いた。本当のことだとでも思ったのだろうか」

 窓に瞳をよせて、振り返って、リオットの頭に、扇の先をのせる。王妃は、なかなかおもてをあげない騎士を少しじれったく思っている。

「もうすぐだよ」
「いますから。離れやしませんから」
「……」
「私はあなたについていますから」
「……。違うよ、リオット。外の使いはまだ城門さえくぐってないよ」
「え…」

 ころころ、と扇を操って、彼の顎をもちあげる王妃。その表情は、笑むように美しかった。

「一年前、王が病気を患って亡くなり、それからこの国の弱体化が始まった。世継ぎもなく、滅びの兆しはあの頃から見えていた。王妃はまだ象徴のように振舞った、そうしないと、民は気づいてしまう、自国の衰えに。王国の片方だけの象徴…よくもったものだ。そうして、年が一つ経った、隣国は亡国の匂いを嗅ぎ付けて、やってきた。もう限界だ、王妃一人では支えきれない。王妃の仮面も、厚い壁の言葉も役にはたたない」
「……」
「リオット、本当は、使いは、もうこの城の中に入ったようだったよ。今頃絨毯の廊下を通って、真直ぐにこの部屋へと向かっていることだろう」
 顔色が明らかに変わった騎士に、王妃は片手を差し向けた。
 その手を取ろうか、取るまいか、彼は迷うように腕を振るわせている。

「立ちなさい」

 はっとして、掴むように、リオットは、王妃の手をとって、立ち上がった。
「歓声があがっているようだ。使いも城にあがって、いよいよ、ということだろうね」
「そうですね…」
「何て言葉で迎えてやろうかねえ」
「……」
「リオット」
「何です。ずっといますよ」
「あの話…。最後はどう終わるのだっただろう」

 とぼけたように、王妃は彼に尋ねた。彼は、一瞬つまって、迷いを断ち切ったように始める。

「……。…騎士は、二人の重ねた手を胸におき、闇の中に留まることを誓う。合わせた言葉ももう聞こえない。彼は、ただ目の前の彼女のみを得られればよい。忠誠の仮面をかなぐり捨て、真実の想いに身を任せる。常闇に囲まれる宿命を知りながら」
「あと、一箇所。最後の言葉」
 微笑してリオットは答えた。
「ああ。あれは…今書き直しました」
 騎士は、王妃を抱くように、自分のもとにひきよせた。


 重い、王族の部屋特有の扉を、使いが、ゆっくりと開く。光が、彼を襲うように、眩くその扉から漏れ出した。思わず、腕で両目を覆う。
 一瞬経って、部屋の中を見渡すように眺める。
 
 そして、中央の窓のあたり、美しい一対のオブジェを発見する。

 目を閉じ、互いの腕に身を任せている男女の姿。重なった唇、時が止まったように動かない。
 やがて、使いは像の傍によって、発見する。時は本当に止まってしまっているのだ、と。
 彼は状態そのままに、部屋をあとにして、事実を伝えにいった。 
 


 その王国の末路は、いろいろと囁かれている。
 淡い恋物語なのか、辛い背徳の愛なのか、形を変え、巷に流行り詩のように流れる。
 真実は必要とされなくなった、今も詩だけが、ずっと流れている。













珍しくあとがき補足

王妃と騎士は多分、お互いの舌を噛み切って亡くなったのでしょう。
もちろん、その「詩」の作者は、王妃に禁忌の想いを抱いてしまった騎士本人。
城が落ちるという日に、王妃のけしかけは、命がけの背徳行為---。
冷たいようで、燃え上がる(笑)王妃の言葉一つ一つを
描いてみました。この作品を書く元になった、とある戯曲があります。
亡国」と、根幹は同じです。
当時いかにのめりこんでいたかが分かります。
その戯曲の王妃様も毅然としていらっしゃいました。

>>別館にこの作品をビジュアルノベル化した
「王妃と騎士の物語」があります。気になった方はどうぞ
別館 Night Worth


  
 宜しければ感想等どうぞ。
雰囲気は、中世風で暗いシックを目指したのですが、
こういうの好きな人いらっしゃるかな。