...tear in king
1. 革命 城に火がつけられた。革命は成功し、もうすぐ古い権威は全て排除される。城のまわりを何十もの人の波が囲い、独特の掛け声が至るところであがる様は不気味でさえある。 「あとは王を炎の中からひきずりだしてくるだけだな」 レオノーラは半ば焼失した城を眺めた。このまま焼け死にさせたのでは、革命の印象が薄れる。国民をもっと熱狂させ、革命を完全なものとするためには、王を彼等の目の前で処刑する必要がある。そうしてこそ王国の終焉と新政府の設立を広く知らしめ、印象付けることができるのだから。 レオノーラの行動を周囲の者達は息をのんで見守っていた。これから、城の中へ踏み込んで行くのは、革命の責任者の一人でもあるレオノーラの役目だった。彼女は炎などまるで気にしないといったような様で、城の大扉を突破していった。 蜂起が起こったのは、王の滅茶苦茶な政治のせいだった。反乱という誰もが心に思っていたことを、口にだしたという経緯もあって、レオノーラはその計画の中心人物となって、動いた。 起こしてみれば、あっけなく成った革命だった。おそろしく脆い、とレオノーラは思った。あとは王さえ連れ出せば、終わるのだ。 2. 王宮 足場を確かめながら進む。 王はどこに隠れているのだろうか。 赤く焼けただれた扉を、幾度もくぐって、奥の方へ急ぐ。 熱い、ぼやけるような、城中の景色。 息苦しささえ感じる、早く探さないと。 レオノーラは、目欲しい場所を、走りながら確かめた。 もしかしたら、もう逃げたか、建物の下じきなのかも、そんな考えを巡らせながら、まだ見ぬ敗北者を追い求める。 吐く息が荒く、痛みさえ感じるようになった頃、レオノーラは、景色の中に見つけた。火の中で、それに重なるようにただ、立っている一人の男を。多分それが、探しているはずの相手だろう、彼女は声を出せずに、しばらく彼を見守っていた。 男は、レオノーラの視線に気づいて、彼女を誘うように、片手を出した。顔は笑っているようにさえ見えた。 「迎えにきたのだろう」 「ええ。……一緒に来てもらわないと」 「ここで、私が死んでしまっては、革命が不完全だからね」 「…そうです」 「君が首謀者…? 随分と若い」 少し驚いているように、男がレオノーラを見つめている。 「計画したのは、私と同志達です」 「やられたね。綿密な行動をとったものだ。気づくのが遅れて、君達を牢屋へ押し込むことが出来なかった」 「皆…、待っています」 レオノーラは、男を制すように、静かに言った。 この男が王…? 姿を見たのは初めてだった。 いつもは、警備に固められて、遠くからしか、見ることがかなわなかった相手。 妙に、明るい、彼女より二回りも年をとったような男。 レオノーラは、彼の差し伸べていた手を掴んだ。 そして、崩れそうな城から、脱出した。 3. 処刑まで 革命軍の会議で、王の処刑までの日が決められた。 三日後の朝に、行われることになった。 それまでは、見世物のように、檻にいれて、焼け落ちた城の前で、さらされることになるという。 陽がのぼって、夜が訪れるまで、たくさんの民が、敗北の王の檻をおとずれた。 あざ笑うもの、石を投げつけるもの、つばを吐くもの、それぞれが、それぞれの方法で、こころゆくまで彼を非難した。 特に、革命の同志達のやり方は、ひどかった。 彼から、着ているものを全て奪い、その代わりぼろ布のような洋服を与えた。民達の前で笑いものにして、処刑の日には、目にものを見せてやるんだ、と大声で叫んでいた。 一日が終わった。 空気が変化したように、静かな暗闇に浸される。 昼間、人々の行動を観察するように、遠くの方で見守っていたレオノーラは、檻の前に姿を現した。 「いるの?」 暗い檻に、一点黒いものが、身動きする。 「いるんでしょ」 「…出られないのだからな。いるさ」 返答は、疲れを感じさせる暗さを帯びていた。 「明日もこのままかい」 「ええ。三日後にあなたは……」 「言わなくともいい。分かってる」 「王様…」 言葉が途切れた。レオノーラは、暗闇の中で動くものを見ていた。自分から遠い方に、もたれていたような気がした影 が、だんだん近づいてくるように思えた。 「言ったね、私を、王様、と」 「今じゃ、一人もあなたをそう呼ぶものはいなくなったでしょ?」 「何と私を呼んでいるか君も知っているはずだ。ずっと後ろで聞いていただろう」 レオノーラは、そっと首を振る。 「あれは…、ひどかったから」 「ほお…、革命の代表者が、私に何も言わないのかい。きっと、憎まれて、いくら言っても言いたらないだろうと思っていた」 「他の同志はあなたをおとしめようとするけれども…」 「君は…しない?」 王が、レオノーラに、ゆっくりと尋ねた。 えっ、と彼女は驚いた。 檻の間から、手が差し伸べられて、彼女の頬に当たっていた。 はっ、として彼女はその手をよけようとした。 とたんに、彼の手は引っ込められた。 「すまないね。私のことを王と言ってくれる人はもういないと思っていた。君は、この革命の立役者だろう? だったら、もっと私に対して厳しくしないと…」 レオノーラは、きっとなって、反論した。 「同情しているわけではない。私は、自分が正しいと思ったことを言っただけだ」 「そうなのかい?」 「あなたも私をけしかけるようなことを…」 ふっと、笑うような、ため息が聞こえた。 「何がおかしい?」 「君は、私を知らないから」 重い響きが舞い降りた。音がしそうな、低い声だった。 冷たいとも感じた。独り言のような、短い台詞だった。 その後また、笑い声がもれた。 「え…」 「もっと、他の同志に聞いてみるといい。何故、彼らが私にひどいことをするか。君はまだ甘すぎるよ」 「何のことだ」 「そう言えば、名前を聞いてないな。君のことも今日初めて見た」 「私は、レオノーラだ」 「そう…。レオノーラ、明日また来るといい。今日と同じ答えを君が言わないことを祈ってるよ」 「あなたの言うことが分からない」 「同志達に聞いてみろ。君はまだ、子供だな」 「違う」 また笑い声がした。 レオノーラは、気分が悪くなった。 唇を知らずのうちに、噛んでいた。 「理由を言って」 「聞いてみれば分かる」 「だったら…あなたの口から教えて」 「ふぅ…ん。どうしてもかい」 「できることなら」 「嘘を言うかもしれないよ」 「後でもう一度同志に確かめてみればいい」 「彼らの方を信じるのかい。もしかしたら、私の語るのが、真実かもしれない」 「どちらがあっていようが、…いい。聞いてみたい」 「じゃあ、教えてあげよう。レオノーラ、見つかるといけないから、もう少しこちらによってくれ」 暗闇の中の言葉は、少し小さくもれた。 「分かった。今…」 あ…、とレオノーラは声が出そうになった。 伸ばされた彼の手が、今度は頭に当たった。 「そう、それくらい。気がつかれたら、何も言わず、黙って逃げるといい」 「……」 「私が、彼らに恨まれているのは…、十年前の戦争の時、大勢の兵士を、見殺しにして、隣国から引き上げてきたからだ」 「負け戦だったのは知っている。それだけで?」 「少年もいた。家に大切な者を残してきて、最後までそれを気にとめていた者もいた。助かるはずだった、負けると決まった時点で、諦めて兵をひこうと思っていた。あれは、戻る最中の出来事だった、奇襲にあい、軍はうやむやになった。かたちのない、幾らかの者だけを連れて、私は自国へと帰ってきた。…おいて来た者たちのことは分からない」 「……」 「そういうことがあったんだ。後は、同志達に聞いてくれ」 ふうっと、頭に乗せられていた重みが去った。彼は、レオノーラに頭上に置いていた手をおろして、彼女から離れた。 それは、話を終えて、戻れ、という合図だった。 「待って」 「何だい」 「その戦争の後、何も民衆から非難を受けなかったの?」 「それも知らないのか?君はその頃…」 「7歳位だった…。分からないの。覚えてない」 「革命があの時も起こりかけた。革命軍は捕まえた王妃を人質にして、王に退位を迫った。王は彼女を助けなかった」 「王妃様は…」 「城の前で、おどしのように処刑を叫ばれ、革命軍に最後まで応えなかった王のために、死んだよ」 「……」 「お休み」 レオノーラは耳を疑った。 「信じられない…」 「戻った方がいいよ。見張りもやってくる頃だろう」 「あなた、…今言ったこと本気で」 「事実だよ。レオノーラ、お休み」 声はそれで、消えた。 暗闇で、うずくまる影を振り返りつつ、レオノーラは、檻の前から、離れていった。 4. 夜 二日目も、また同じ光景が繰り返される。 やってくる民衆は別のもの。 しかし、皆、檻の中の住人を見下ろして、とる行動は同じ。 容赦ない罵声、止まらない笑い声。同志達も加わって、馬鹿騒ぎのように、愚かさが目立つ。 全てが、レオノーラが昨日見たままの光景だった。 そして、時間は過ぎて、また夜が訪れる。 彼女は、導かれるように、再び、檻の前へと足を運んだ。 「物好きだね。もう来ないと思っていた」 檻の主からの声。 本当に驚いているようだった。 「…同志達からも聞いた。あなたは、こう処されて、当然だ、と。許せない、存在なんだ、と」 「その通りだろう」 「そうなのか?」 「遅すぎるくらいだよ。今まで、機会は何度となくあった。十年も放っておかれるとは思わなかった」 「…逃げたらよかったのに」 「それはできない」 「助かりたいなら…」 「別にいいんだ。兵を見殺しにし、王妃を見殺しにして、生き長らえた王に、運命は決まったようなものだった」 「あなた…、死にたいの?」 レオノーラが呟くように言う。 そう聞こえたからだった。 投やりでも、諦めでもない…まるで望みのように、彼が話すからだった。 「そうじゃない。これが王というものだから」 「え?」 「君には、分からないね、きっと。私は一生、王という立場から離れられないから、こうするしかなかった。戦争で兵を捨てた時、自国の戦力の損害として、彼らのことを処理して、王は冷静だった。王妃が死んだ時も、妃を一人失うだけ、と割り切った王がいて、彼は悲しまなかった。個人でない存在になっていた彼は、その行動が当然と思った」 彼は、ふうとため息を一度ついた。 疲れたような、息を吐いた。 「今度は処刑されるのに」 「それも、王は納得している」 「分からない…。怖くないの?」 彼は、レオノーラの質問に、答えようとしなかった。 闇に中に、新たに沈黙が浮かんだ。 シーンと静まるそこは、一つの真新しい空間のようだった。 「どうして? 怖い筈じゃ…」 「レオノーラ、明日来てごらん。私にとって、最後の夜だ。その時、答えられたら、答えてあげよう」 「今じゃ…」 「今日のところは止めておこう。私もちょっと、考えることがあってね。君のことは覚えておこう。忘れずに、明日、君が来たら、…もしかしたら、うまく言えるかもしれない」 「そう…」 彼は、また檻から彼女へ向かって手を伸ばした。 「ありがとう、明日にまた…」 来てくれ、と耳元で囁かれた気がした。 よく見えない相手を、レオノーラはじっと見つめていた。 5. interval 「おい、知ってるか…。明後日の処刑だが…」 軍の同志達が、集まり、飲みながら話している。 「そうらしいな。しかし、荷が重過ぎやしないか…?」 「ああ。だが、もう決まったらしい」 「知らせたのか」 「いや、まだだ。これから長が言いにいくらしいぞ」 「無事にすむといいな」 「うまくやれるだろう、レオノーラのことだ。きっと、民衆を熱狂させるような、王の処刑をみせてくれるさ」 「一人で、大丈夫なのか…?」 「長がどうしても、と言うんだ。彼女じゃなきゃ駄目なのだとさ」 「どうして…」 「しっ、…長が戻って来たぞ」 皆、一同に部屋に入ってきた長に礼をする。 「聞いてくれ。レオノーラは、はじめ自分には無理だと、遠慮していたが、処刑の役目を引き受けてくれた」 長の言葉に拍手喝采が起こった。彼らが酔っていたことも手伝ってか、それは大きくなっていき、その後の酒の肴に丁度よい話題を提供することになった。 6. 最終夜 三日目の夜が訪れた。 レオノーラの足取りは重いものだった。 行くことを止めようかとも、思った。 しかし、後で後悔するのが分かっていたから、身体をひきずってでも、檻の前へと進んでいったのだった。 「いる…?」 確認するように尋ねる。 「来たね」 「……」 「昨夜、寝付くまで、考えてみたよ、君の与えてくれた質問を。うまい答えは見つからなかった。なかなか難しいものだね、一苦労だった。君は納得しないだろう」 「……」 「答えられるものなら、答えてあげようと思った。だが、…無理なようだった。時間は短い。明日…処刑が行われる、私自身の。それでも、怖いかどうかは…分からない」 「私は怖い…」 レオノーラが呟いた。 「レオノーラ?」 彼が、すすり泣くように、声をもらしだした、彼女に声をかける。 「明日…あなたを処刑するのは…私の…役…目に…なった…から…」 「……」 「逃げ…ない…?」 彼は、暗闇で、首を振ったようだった 「しないよ。それより、君が大変だ。そんな状態で、役目が果たせるのかい」 「出来ない…」 「だろうね。帰りなさい、これ以上私といると辛くなると思うから」 「私…、あなたのことが分からない。怖い筈よ、明日命が無くなるのよ、自分がなくなるのよ」 「いいんだよ。私というのは、十年前のあの出来事から、王としてしか、残ってないんだから」 「……?」 「大勢の部下の命を損なって、悩み苦しむ男の姿は沈んだ。一人の妻を失って悲しむ男の姿も、王の立場のもとにはなかったよ」 「だから…?」 彼は、檻から手を伸ばした。それは、すこし宙をさまよって、レオノーラの顔へと到着した。 「王が一人、処刑されるだけなんだ。私という王が。だから、怖くないのかもしれない。君が、明日、私を処刑するのをためらうようだったら、もし出来なかったのなら、関わったのは、失敗だった。…さ、行きなさい。じき、夜があければ、始まってしまうから。これ以上は、君はいられない筈だ」 少し、押すかのように、彼の手は、彼女の頬を撫でた。 「お休み」 落ち着いた声が、最後にレオノーラの耳に届いた。 7. 王 よく、晴れた朝だった。 太陽も、中央へと昇る道筋で輝いていた。 あらかじめ、告知されたとおりに、民衆が「その場所」と群れをなして集まっていた。 彼らの「王」だったものをみるために。 処刑は予定どおり、朝の刻に行われるという。 今か今かと、見世物の出番を、彼らは心待ちにしている。 処刑台の周りは、群集にうめつくされた。 ぎゅっ、と音がした。 手袋をして、レオノーラは剣を握った。 同志達の、激励を今さっき受けてきたところだった。自分の部屋に戻り、準備を整える。 静かなものだった。 カタンと扉が開いて、誰かが入って来た。長だった。 「用意はいいか?」 「これでいい?」 レオノーラは自分を見せるように言った。 「ああ。うまくやれよ」 「そのつもりよ。…だけど」 「皆待ってるぞ。成功させろ。最高の舞台だ」 「……」 「あの裏切りものに目にものをみせてやるんだ」 「……」 「お前は、覚えていないだろうが、あの男は自分を守るために、ひたすら周りの者を犠牲にした。必死になって、卑怯を極めた。兵を捨て、王妃を捨て、政治まで滅茶苦茶にしやがった。あの姿を、葬ってやるんだ。悪逆非道の王を」 「私にはそうは見えな…」 長の顔が、奇妙に歪んだ。 「とにかく、今日の処刑をやり遂げなくてはならない。お前の手で。失敗するなよ。行ってこい」 長は、叱咤するように、声を張り上げた。 レオノーラは、一瞬びくっと背筋を張り詰めさせた。それから、長にそっと一礼して、役目を行う場所へ向かうため、扉を走りくぐった。 「……の理由により、以下の者を、これから処刑する」 レオノーラが、文面を読み上げる。 辺りは熱気でほとんどの者が、汗を額に流している。 「ルーン・リルア・サイファルト」 はやすような歓声がどこからともなくあがる。 罵声も、野次も一緒になって、渦のように、段上へと流れ込んでくるように聞こえた。 カチャリ、と片手に剣を握ったレオノーラの腕が上がる。 視線の左には、両手を縛られた王が、立っていた。 じっとレオノーラを見て、待ち構えるような態度だ。 彼女は、柄に力を入れた。 耳の割れそうな歓声と、視線の針。 やりとげなければならない、と圧されてしまいそうになる、熱気の波。 レオノーラは王の後ろ側に回りこんだ。 しゃがんで顔をふせるように、彼に言う。 彼はその通りにした。 「…まだ、迷ってるね」 「静かにして」 「もう何を言っても遅いか」 「黙って…。楽になるようにするから」 「…甘いよ、君のやり方は」 熱気の中から、別の野次が飛んでくる。 レオノーラが、なかなか行おうとしないからだった。 遅れているのは、彼女も分かっていた。 決心がついていないのだ。 ふと、段上に誰かいて、背後に立たれた気がした。 「貴様はこのまま、死なせてやれない」 長の声がした。 彼は、王の頭もとにしゃがみこんだ。 「何年も待ったんだ。復讐してやりたい、と。苦しみながら死んでいく貴様を想像して、すぐにでも葬ってやりたかった。この手で締め上げてやりたかった。だが、…もっといい方法を思いついた。貴様のような奴に、ふさわしいようなものを、な」 王は、黙って口上を聞いていた。 長は、何かを彼に耳打ちしたようだった。 「な……」 突如として、彼の顔色が蒼く変わる。 大きく、勝ち誇るように笑う長の姿。 「どうだ、たまらないだろう」 「嘘なんだろう」 「貴様次第だ。楽に死なせてなどやるものか」 「……」 長は、立ち上がり、レオノーラに場所を譲った。続けるように勧める。 彼女はもう一度、剣を振りかざした。 震えている。 経過する時間。 麻痺するような感覚。 迷い路に立たされたように、彼女は止まっていた。 下から、小さく声がした。別人のような。 「甘いね。それじゃあ、私を切ることもできまい。観客から、石を投げられるだろう。全くの失敗だ」 「……」 「そのまま、剣を振り下ろしても、きっと私を一撃では、殺せないと思うよ。震えている剣など、怖くもない」 「……」 「時間は経つばかりだ。民衆も飽き飽きしてくるだろう。怒声まじりの歓声だ。うまくいかなかったのは、君の責任だ」 「……」 「やる気がないのなら……、さっき、革命軍の長が言っていったことを話してやろう。あの男は、十年前の戦争の出来事から、私を恨んでいてね。兄を、兵に取られて、見殺しにしたのが、とても悔しいらしい」 「……」 「彼は、私に復讐しようと必死に考えた。王妃が捕らわれたのも、あの男の計画だった、同じ家族を失う悲しみを、私にあじあわせるために」 「……」 「王は無視して、彼の企みは失敗に終わった。効果が無いことに逆上して、彼は王妃を今日と同じような方法で、処刑した」 「……」 「しかし、もう一つ、出来事があった。これは、あまり知られていない。物足りなかった彼は、今度は、王の幼い子供まで、捕らえて、城の前で、手にかけようとした」 「……」 「王はそれも無視した。子供も同じ運命を辿ったと、伝えきいた。王は、家族のためには、何一つ動かなかった」 「……」 「さっき…」 彼の声はかすれたように、流れた。 嗚咽を堪えているようにも感じられた。 「言ったんだ。彼がそれは君だ、と」 「……」 「見せしめにするのは断念した。その代わり、いつか、私を苦しませ、殺すために、君に偽の記憶を刷り込んで、育て、今まで待っていたのだ、と」 「……」 「真実とは限らない。信じるかどうかは、君に任せる」 「っ……」 頭は一杯だった。 「…レオノーラ」 「……」 彼は笑ったような気がした。 「処刑台の上だよ、ここは。躊躇する度に、罵声がかかる場所だ。職務を忘れてはいけないよ。君を戸惑わせるようなことを言って、悪かった。…怖かったのかもしれない。私も人間だから。死ぬなんて、軽い行動じゃないね。…最後に私に嘘をつかせてくれてもいいだろう」 「……」 「『私の子供が生きているはずがないじゃないか。もう随分昔になる』 さあ、時間だよ、レオノーラ」 「……」 震えた。 指と指の間から、止まらなかった。 「君じゃなきゃ、私は何も言わなかった…。「王」を処刑するという役目を忘れないようにね」 言葉が途切れた。 彼女は、音の伴わない叫びをあげて、剣を力の限り、振り下ろした。 何かが途絶えた。 その瞬間の色は真っ白だった。 一度、耳が停止して、そしてまた、動き出した。 聞こえてきたものは…、 歓声。 歓声。 喜声。 …………。 その日、王の死とともに、新政府の設立が声高らかに、発表された。 8. tears in... 処刑の終わった後、七日七晩、王の亡骸は、王城の前にさらされた。 死者に鞭打つような真似までするものは、少なく、穏やかに一週間は過ぎていく。 静かに見守るように、レオノーラは何時の晩も、そこに立っていた。 乾いた、光景だった。 死者の表情は、眠りの訪れのように、ごく、柔らかなものだった。もはや、役目を果たして、その永眠を妨げるものはないだろう。王だった男…、レオノーラはそう記憶した。 ……………… …… … … 「待って…」 事が成った後に、レオノーラは、他の仲間達を制した。 始末は自分がするから、と段上に来ないように合図を送った。 おそるおそる、男の顔を、掴むようにしてあげる。 動かなくなった彼の表情を、初めてみるように、ゆっくりと。 穏やかな顔つきだった。 瞳は閉じられ、やはり、静かだった。 だが…、レオノーラは、近づいて、はっとするように見つけた。奥の方に、たまるようにして、流されなかった、雫の跡…。 「い……」 痛い…。 芯に響くようにして、痛い。 ざわめきから遠のくように、打つものを感じた。 やがて、意識を戻すように、周囲の音が返ってきた。 レオノーラは、男の瞳から、まだ熱い水滴の残りを拭った。そして、立ち上がった。民衆に王の死を知らせるために――――。 そして、また、近づいてみた。七晩経った後の、静かに眠る男の傍に。 最期まで、王を演じきってみせた、男。 役目はもう立派に終えているではないか。 素顔を垣間見たのは、…レオノーラ一人、それも死後のことなのだから。 彼のことは、これから誰にもふれられず、時の間に消えていく運命を辿るはずだった。それでいい。 風の無い晩だった。 レオノーラは口を開いた。 「王様…」 それともう一言…、彼女は、知らずに呼びかけた。 それは、よく響いた。 娘が、父親を慕う声に似ていた。 |