当院の居候たちをご紹介します。
犬 編
2025年 6月2日に永眠しました。
プル(プルシェンコ)です。
2014年2月13日の夜、交通事故にあったらしく道で倒れていたところを保護され、当院に担ぎ込まれました。X線撮影検査で骨盤骨折と膀胱破裂が、血液検査とエコー検査で心臓内フィラリア虫寄生がみつかりました。
まず開腹して膀胱修復手術をおこない、容体が安定した後に骨盤骨折の整復固定手術を施術しました。手術後2週間で起立歩行できるようにはなりましたが、右後肢に後遺症としてナックリング症状がみられました。
そこで、右後肢の動きを補助する装具を装着して歩行訓練をすることになりました。訓練の効果もあり、3か月後には装具が無くてもほとんどナックリングすることはなくなりました。
(装具をつけたところ)
フィラリア寄生に対しては、頚静脈からのアリゲータ鉗子による吊り出し手術で成虫を摘出しました。今では、散歩大好きです。性格は最高に良い子で、患者さん方にもかわいがってもらっています。
晩年は足腰が衰え、1年ぐらい前からは介護生活となっていました。
5月15日夜に痙攣重積発作をおこして倒れ、闘病の末に一時は好きなものなら自力で食べるようにまで回復し、意識レベル改善のため受付に寝かせて患者さんから声かけしてもらったりしていました。6月2日未明に熱発して昏迷状態に陥り、治療の甲斐無く22時5分に旅立ちました。2009年 3月25日に永眠しました。 まず最初はコンちゃん(♂)です。「迷子を保護したのだけどうちにはおけないから飼い主探している間預かって」ある方が連れてきました。開業当初のことで仕方なく預かることに。。。。
3年ほど前からは重度の僧帽弁閉鎖不全症、1年前からは腎障害も併発し、療養生活を続けていました。2009年2月中頃から体調不良となり酸素室暮らしとなっていました。2009年5月23日に永眠しました。 お次はカナタくん(♂)です。近所の酒屋さんから「お得意さんちに、知らない犬が血まみれで飛び込んできたから何とかしてくれ」って電話が。結局、酒屋さんがその犬を車に乗せて病院まで連れてきました。どうやら大型車にでも足を轢かれたらしく、右前肢の手根部から先が挽肉状態でした。「治療費は持つから」という、そのお得意さん氏の要請で治療することになりました。「駄目かな」と思いつつもミンチ状になった足先を洗浄し、バラバラの骨と肉とすじを立体ジグゾーみたいに繋ぎ合わせました(手術時間2時間半)。しかし十分な血行が回復せず壊死が起こり、痛がり始めたため手根部から先を切断する結果となりました。切断部を地面に着いても皮膚が破れないように手根球を先端にくるようにしてあります。それなのに「家に犬を置くことはできんから保健所つれていく」って。それで、思わず「うちで引き取る!」って言ってしまいました。そんなわけで居候さん。。
2006年前から僧帽弁閉鎖不全症で闘病していましたが、2009年4月末頃からは体力も低下して寝たきりの介護状態となっていました。2014年12月25日に永眠しました。
オウジ(王子:♂)です。 秋のある朝、近所の銀行の支店長が「銀行の前に仔犬が捨てられてたのですがどうやって面倒見たらいいでしょうか」と言ってきました。さっそく見に行ってみると、まだ目が開いたばかりで歯も生えていない仔犬が2匹。仔犬の里親探しを援助するボランティアの人を紹介して帰ってきたのですが、こんどは、そのボランティアの方が「こんな小さい仔犬、育てる自信がない」とうちに連れて来ちゃいました。それでうちで哺乳する羽目になってしまったのです。
生後2か月ぐらいまでうちで育て、良い里親も決まりやれやれって思ってたのですが、一匹の里親予定のSさんが「昨年死んだ犬が20年生きました。今度の子も20年生きると、最後まで自分が面倒見てあげられないかもしれない。それでは無責任だから辞退したい」とおっしゃるのです。
Sさんは、ほんとうに犬を大事にされる方でしたから、良いところに貰われることになって良かった、と思っていたのですが。(他にも欲しいという方もいたのですが、Sさんに貰われることになっていたので断ってしまったのです)うちの息子たちも情が移ってしまい、Sさん宅に貰われていかないと聞いて喜ぶしまつ。そんなこんなで居候に。
寄る年波で足腰が衰えたため、補助装具を取り寄せ、散歩カートを手作りするなどしました。2014年初め頃からは病院内で介護生活を送っていましたが、最後の日までカートによる散歩は続いていました。
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