標高に対する回答

「標高の疑問」に対して以下のご回答を頂きました。原文のまま(但し冒頭と末尾の挨拶はカット)


半田市 榊原様 (長文ですので別ページとさせていただきます)           


愛知厚顔こと久保田孝夫様

小生も疑問に思ってました。まず丸山ですが、とにかくまちまちです。
近藤郁夫先生の「御池岳スリーズ本」は1250mとなってます。また国土地理院にTELすると
1247mただしこれは実測ではなく推定とのこと。実際に誰か実測した標高を示してほしいです。
 御在所岳は2.5万分1図の望湖台が1212mと記入があるが、三角点は1209.7mのはずだが、看板は1212mと記入されてるし…。
御在所岳か御在所山か「岳」か「山」かは数年前の菰野町広報誌に佐々木先生が発表されてます。(資料は小生提供)
                   

【歴史こばなし第5集】著者:佐々木一
30頁にあります。
発行者:菰野町企画観光課
発行年:平成9年
「内容の概要」
茨城県つくば市の国土地理院陸地測量課に問い合わせ確認の内容。明治24年に当時の陸軍参謀本部陸地測量部が全国地図を作成した。そのとき図の中にある山脈の主峰となる山を選び、その山名の下に
[山]や[岳]を付けた。御在所の場合は正式には[御在所山]である。
《厚顔私見》
しかしこれは地元の人が古来から伝承してきた名前ではない。地元では御在所、御在所嶽、産所ケ嶽、菰野山、あるいは単に「嶽」などと呼ばれていた。「御在所山」はあくまで地図作製のとき図面の
表題に命名された名前と思っています。
                   
北畠が御所平に隠棲した史実はまったく ないと思いますね。どの説も古典、史料には まったく記述もなく、地元の伝承だけのようです。 勢陽五鈴遺響でも天保の昔にすでに伝承が 残るだけてはっきりしないと書いてます。
http://www.geocities.co.jp/Outdoors/1565/index.html


H様(しののめ:nifty)

御池岳丸山ですが、1247mの標高点は昭和63年10月30日発行の1/25000地形図「篠立」ついては、1刷:記載なし、2刷:記載なし、3刷:記載あり、4刷:記載ありです。同じ発行日でも増刷すると、見直しがあるようです。
 大正13年8月30日発行の地形図では1250mの等高線まで読みとれると聞いたことがあります。
 御池岳といえば、奥村氏の絵地図をお持ちでしたら近藤郁夫氏の著作をご存じでしょうか?こちらに詳しいですよ。

 御在所ですが、国土地理院の地形図では「御在所山」となっていますが、地元では「ございしょ」と呼んでいますし、テレビや新聞のローカルニュースでは御在所岳と呼んでいて御在所山とは
呼んでいませんね。 菰野町の歴史こばなしの道によると『国土地理院地図資料課のおはなしによると−明治二十四年に陸軍参謀本部陸地測量部が、全国津々浦々まで測量して初めて正確な地図をつくりました。その際、山脈や連峰の中で主脈となる山には、その名の下に”山”をつけて表記しました。・・・−』とあります。 三角点の写真を貼付しました。

 昔の測量は大変だったでしょうね。新田次郎の「点の記」に記述があったかと思いましたが、なにしろ20年以上も前に学校の図書館で借りて読んだきりで、手元に本もありませんし、記憶も定かでありません(^^;;;
 10年くらい前までは、三角点の櫓からレーザー測量していたのを見かけましたが、現在では櫓自体見ませんね。

 山・岳・森・その他、地方によっても呼び方が違いますね。出雲王国の
勢力が強かった場所ではセンが多いですね。東北では森がありますね。
以前聞いたことがあるのですが、忘れてしまいました。(^^;;;

追加
 御在所の三角点の表示は昔は1209.75mとなっていたのにいつから1211.95mになったのだろうかと疑問に思ってました。あの数値は望湖台の標高だよな?と。
 古い写真を探しましたが見あたりません。手元にある書籍を片っ端から閲覧しました。ありました、「菰野 文学碑とその風土」ここでは1211.95mと写っています。日付を見ると、平成7年6月8日とあります。5年前には既に1211.95mとなっていたのですね。それより古い写真は・・・見つかりません。残念。
 ではと、本家本元の国土地理院の基準点成果等閲覧サービスで検索すると、 点名:御在所山、緯度:35°1′2″.003、経度:136°25′17″.653、 標高:1209.75mなっています。あの立派な標識は一体なんなんでしょう?国土地理院とは関係ないのでしょうか?。


自称御池岳評論家:近藤郁夫先生

1)標高についてはお説の通り、まちまちです。そこが面白いところで
僕の道楽本シリーズでも何度かとりあげた記憶あり。国土地理院の
以前の高さが1241?。一番新しい国土地理院の説では1247。
多分この1247がいまのところもっとも正確かなと内心は思っております。
1250説は地元の藤原岳自然探査会の諸氏の見解(清水氏や石井氏や
池守氏ら)と滋賀の村長(むらなが)氏の論文「御池岳の自然」(『近江カルスト花
の道』所収)から。特に村長氏の御池岳にかかわる地図をベースにした関係と、
身近にいろいろ指導賜った先達の説を尊重して1250で書きました。その根拠はな
んぞ?といわれたらこまりますが。国土地理院が1247としたということを池守氏
と語ったことはあります。われわれの説に近づいてきたなあと。

2)丸山について−−最高峰のあのピークが丸山。御池岳は鈴北岳から奥の平らのは
しっこまで全体をいう。(だから鈴北岳という呼称は正確には御池岳北西峰が正しい
のではというのが、半田市の榊原青年の説。)その通りで鈴北岳という呼称は比較的
新しい。戦後につけられたと思われる。

3)奥の平はどこ?−−−これは昭文社の地図(山口氏ら)やかつてあそこに道標が
たてられていて、あのピークが奥の平とされていまに至っている。しかし、本当はあ
のピークよりも南東全体を奥の平というと思われる。これは大君ケ畑の中居さんから
の聞き取りと村長氏の記述による。

4)地図でもっとも正確なのは、村長氏の作成した地図。登山道についても。
この地図の使用の許可を得た上で゛僕は池守氏に教えられつつ、さらに加筆修正して
道楽本に掲載してきた。池の位置はかなりの精度で正確のはず。だから『霧物語』か
『増補・風物語』の地図は自慢じゃないがなかなかのもののはず。師匠奥村さんの地
図は鳥瞰図だから、そして鳥瞰図であることに値打ちがあるのだから゛同列に論じて
はいけない。今市販されている地図は、残念ながら大切な登山道すらかなり不正確。

5)最近の発見は、新洞窟。あなたの名文「穴考」は面白かった。この間は、306
の具合で雨乞岳−いいないいなのこばや三人山とか、ニフティー山のフォーラム西日
本のバリエーションルートの会議室で登場した場所探し。雨乞岳も奥深く面白いですね。
YHY02254@nifty.com


鈴鹿ハイキング倶楽部:中村健次様

僕も確か裏づけがある訳ではありませんが、率直に言って 測量技術の進歩により色んな数値が残っているのだと思います。   黒田さんだけでなく、近藤杢氏著「員弁史談」にもこの標高誤差について 書かれています。御在所岳も明治二十四年測量では1209.1メートル ですが、昭和五十五年の修正では、1209.8メートルまた平成二年では 1212メートルと修正され御池岳と同じようなことが言えます。   黒田さんもご存知だと思いますが、標高は標準高度で基準地の標高0 は東京湾の平均海面値ですね。大潮だと5メートルの誤差に成るのでしょうか。 結論として現在の国土地理院の1/25000の地図が一番正確だと言えるの ではないでしょうか。また国土地理院から1等三角点標高一覧表も出ています から此れも参考に成ると思います。   御在所岳と御在所山の件ですが、菰野町役場が出版した「歴史こばなし第5集」 を見て頂ければ一番良いと思います。明治二十四年に陸軍の測量部が全国の 地図を作ったわけですが、その際山脈や連峰の中心的な存在となる山には「山」 と表記されたようです。富士山・伊吹山等その名残だと言えるようです。 以上の事は「歴史こばなし」に全て記載されていますので一度ご覧なって 下さい。
       
       
uribo@mie1.1st.ne.jp


国土地理院:末岡様 (9月19日追加)

 ご質問のありました御在所山の標高は地形図に記載してありますとおり1212mで、一等三角点の標高は1209,8mです。
 一等三角点のそばに設置されている看板はロープウエイ会社で設置された物のようで、どうして1211,95mと表示あるのか良くわかりませんが、看板を設置する際に最高地点の高さを会社独自で測定した値を表示したものではないかと思われます。

 山の名称につきましては、当院で地形図を作成する際には地名、自然地名等の名称を地元でどの様に呼称されているか関係自治体で調査確認し、その資料に基づいて表示しています。最初に作成された地形図は1/50000地形図で明治24年に作成されていますが、この時点から現在まで全て「御在所山」と記載されています。又、一等三角点が明治17年に設置されていますが、この点名も「御在所山」となっています。 

なお角川日本地名大辞典によりますと「御在所山」また、「御在所岳」「御在所」とも言うと記されており、「御在所山」以外の呼び方があるようです。


管理人後記

 皆様から貴重なるご意見を賜り、誠に有難うございました。特に「菰野町歴史小話」について三人のかたからご指摘を受け、肝心の菰野町民である私が読んでいなかったと言うことは幾重にも恥じ入るばかりです。穴があったらドリーネでも頭陀の窟でも入りたい気分です。質問別に編集しようとも思いましたが、私が下手に触って皆様の御本意を損ねるといけませんので、原文のままとさせていただきました。

 平成9年8月1日発行の1/25000地形図には御在所一等三角点の標高は1209.8mとなっており、望湖台が1212mです。三角点からみるとあきらかに望湖台が高いのが肉眼でも判別でき、地形図のとおりです。国土地理院のHP「日本の主な山岳標高」にも測定点1209.8mの記述があります。しかしHさんから頂いた写真には三角点に1211.95の表示があります。不思議なことで、また調べておきます。(国土地理院から回答を得ました。上記のとおり)

 まあ、私の至らない頭で考えるに、山頂とされる所と、三角点と最高点がばらばらに存在する山がたくさんあり、しかも測量方法や機器の進歩で改定のたびに発表値が変わるので混乱が生じると言うことでしょう。なにしろ、世界最高峰のチョモランマでさえ標高が変わってしまいましたから。

  久保田氏は何度も国土地理院に電話して 「あそこはあてにならん」とおっしゃっています。

 先生、御池岳といえば近藤先生というのは定着しているようですから、もう「自称」は外されてもいいんじゃないですか?

 H様、中村様、私も少しは勉強する(と思う)ので見捨てないでね。

まだご意見、ご異見は募集継続中なので、よろしくお願いいたします。