念仏唱えて念仏ハゲを登る    09.08.23

 


 今日は以前から気になっていた「念仏ハゲが雨乞岳の登路になりうるか」ということを試しに行こうと思う。以前積雪期に念仏ハゲをシリセードで一気下りしたことがあるが、登ったことはない。横断したことはあるが、無雪期の全容は不明である。ここを登った話は聞かないので、あえて人身御供になろう。

 8月というのに乾いた涼しい風が吹き渡っている。今年は盛夏というものがなかった気がする。寝苦しい夜もなかった。今日ならヒルもいないし、汗まみれになることもなかろう。矢原川以来、一ヵ月半ぶりの鈴鹿だ。近頃間隔があき気味である。朝明一帯は戒厳令の如き有様で、空き地という空き地は総て路駐禁の看板と赤いコーンとポールで厳重封鎖されている。河川敷って公共のものなのではないのだろうか。

 今日は時間が掛かりそうなので早朝に家を出、駐車地を6時40分に出発。伊勢谷登山道はかなり整備の手が入っていた。短いバイパスや石の積み直し、数箇所の丸木橋設置と言う具合だ。山はもはや秋の気配が漂い、涼しい風が心地よい。しかし足取りは快調とも言えず、昔のように駆け上がることはできない。ヨタヨタとコースタイムくらいの時間で根ノ平峠に登りついた。峠の西側はササに変わって羊歯が台頭してきた。御池岳と同じである。

 千種街道を緩々と上水晶谷に向かって歩く。このあとも水に不自由はしないコースだが、このあたりの花崗岩の水が一番美味しいので水筒に詰める。随分と静かだ。セミの声もまったくしない。コクイ谷出合に着いて腰を下ろす。出合の淵は消滅して御池谷との間に砂利で仕切りができている。山は動かないと言うが、谷の様子はどんどん変遷していく。

 根ノ平峠はササがシダに置き換わった       愛知川の流れは相変わらず美しい        淵がなくなったコクイ谷出合

 このあと念仏ハゲ取りつきまで川沿いを進んでもいいのだが、体力を温存できるかもしれないと杉峠への登山道を進む。しかしこちらもけっこうアップダウンがあって、どちらが楽だか定かではない。旧小峠分岐から先はトラバース箇所がけっこう荒れている。やがて頭上の枝の隙間から念仏ハゲがちらりと見えた。うーむ、上部を見上げるとシャレにならない傾斜に見える。しかし御在所中道から見上げる本谷だって、とても登れそうにないように見えるのである。何とかなるだろう。

 下りやすい斜面を見計らって御池谷(神崎川源流)へ下りる。なかなか雰囲気のいい場所だ。この付近は登山道と落差があるので、釣り人以外の目に触れることはあまりない。上流へ進むとすぐに砂礫の押し出しがあって、その向こうが念仏ハゲというか、念仏沢出合である。出合は普通の支流と変わりなく、水流もある。この辺は遡行するのに何の支障もない。

 900mを過ぎると水が切れ、通常の沢と異なる風景が眼前に展開してくる。両側とも赤茶けた地面が剥き出しになった巨大な溝となり、植物の殆どない世界になる。溝の底は5〜20cm位の岩屑が堆積しており、足応えがなく歩き難い。なるべく安定した石を探して足を置くが、時おりゴッソリ流されるので油断はできない。端へ行ったり真ん中へ行ったり、ロスの少ない場所を追って高度を上げる。赤茶の岩屑だけの風景を見て、火星ってこんなところじゃないかなと埒もないことを考える。しかし端っこにはヨメナやトリカブトが生えて、ここが地球であることを物語っている(あたりまえじゃ)。

      涼しげな御池谷源流                 念仏沢出合         谷からハゲへ変わる付近

 足場だけを一心不乱に見ていたが、息が切れてふと背後を見ると見事な風景があった。V字の溝の中にぴったりと釈迦ヶ岳が嵌っている。この釈迦の姿が念仏の由来ではないかとも思う。しかし、いったいこの禿げはいつできたのだろうか。植物の状態から見て、大昔からあるものではないと思う。鉱山が原因かとも思うが、見たところその形跡はない。炭焼きの木を切りすぎたのだろうか。

    ハゲの中はガレ石で滑る         土手の上には鹿がたくさんいる   振り返れば釈迦ヶ岳(手前水晶岳)

 念仏の名の由来については、付近に鉱山労働者の墓があったのかもしれない。あるいは千種街道の蓮如上人との関係もないとは言えない。しかし布教中に叡山の徒に追われて甲津畑の竈に隠れたと言う話は本当なのだろうか。蓮如は本願寺中興の祖として有名だから伝記も色々ある。しかし甲津畑の話は出てこない。この地方だけの伝説のようである。

 上人の有名な御文章(おふみとも言う)の一節

末代無智の在家止住の男女たらんともがらは、・・・中略・・・かくのごとく決定してのうへには、ねてもさめても、いのちのあらんかぎりは、称名念仏すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

 このようなしんどい所を登るのは念仏で少々楽になるかもと 「南無阿弥陀仏」の六字を唱えながら登る。これが念仏ハゲの正式な登り方だ(誰も登らないから正式もへったくれもないのだが)。途中に比較的大きな石でできた狭い平坦地があったので休息する。ハゲの淵からシカどもがこちらを窺っている。背後は釈迦ヶ岳だけだったのが徐々に国見岳も見えてくる。ともかくハゲであるから途中の展望は保証付きである。

 瓦礫が大きな場所はまるでアルプスのようだ。しかしそれも続かず、また足元が流れやすくなる。大きなハゲの中には小さな尾根状の場所もあり、いくらか岩があるので試してみるが、これもボロボロでかえって危ない。日が高くなり、まともに日差しに炙られるので風があるとはいえ暑い。ときおりポツンとあるシデやカエデの木陰がオアシスとなる。

    遠慮がちに端に咲くシロヨメナ          だいぶ高度が上がってきた                木陰はオアシス

 いよいよ最上部は傾斜がきつくなり、瓦礫の上は流れて登れない。よく見るとシカの道がジグザグにあるのが分かる。これには大いに助けられる。シカだって直登はできないのだ。でもほのかな香り付きのお豆さんがいっぱい落ちているので要注意。最後は広いハゲをふたつに分ける小尾根の上を登る。ここも岩を巻くうまいシカ道がついている。高度感いっぱいで、滑ったら止まらないのでナマンダブ、ナマンダブと唱えながら慎重に抜ける。

     イブネの高度を超えた              小尾根の上から振り返る            ついに念仏ハゲ上端にゴールイン

 ついに最上部のササとの境界に這い上がった。念仏ハゲ完全制覇の嬉しさに満たされる。しかし、こんなに植物が生える地面が有り難いとは思わなかった。あとは短いササを漕いで11時30分、東雨乞岳山頂着。誰もいない。鈴鹿スカイラインの通行止めで雨乞岳の登山者は確実に減っている。腹が減ったので昼食にしたいが、ここは吹きさらしでガスが使えない。雨乞本峰方向へ進み、稲ヶ谷出合付近のササに囲まれたコバでシートを広げて昼食とした。直射日光を浴びているが、全く暑くない。御池岳を隔てて対峙するイブネが山上台地を晒しているのは、さすが鈴鹿第二位の高度を誇る雨乞岳だ。

 雨乞岳から下りてきた登山者とすれ違う。ようやく人に会った。食後の重い体を引きずって雨乞岳に登り着くと、さっきの人が丸坊主の東雨乞岳にポツンとたっている。なんだか絵になる。久しぶりに大峠の沢を見よう。すぐ近くだが激ヤブだ。人気がないのか知らないのか定かではないが、あまり通られていないようだ。今日も水はある。何故涸れないのか不思議だ。

     東雨乞岳から本峰を眺める             本峰直下から鎌ヶ岳               水が涸れない大峠の沢

 ここから杉峠へ下りるのは10年ぶりくらいか。もっと前かもしれない。池から登山道に出ようとして恥ずかしくも道を失う。激ササを漕いでようやく見つけるが、掘割の登山道も激ササでひどいものだ。腰を曲げないと足元は全く見えない。ようやくササを抜けてほっとする。東雨乞岳方面の展望が素晴らしい。途中にススキの群生があり、風に揺れて秋の演出をしている。咲きたてのヤマジノホトトギスも季節を感じさせる。

      杉峠道から東雨乞岳                  ススキとイブネ             ヤマジノホトトギスが咲き始めた

 突然手に水滴が当たった。今まで晴れていたのでセミのおしっこかと思ったら、にわか雨だった。さすが雨乞の霊験あらたかだが、別に祈ったわけではない。樹林の下なのでカッパを着るほどではなかった。新しい看板の立つ杉峠へ下り立つと、二人目の登山者がイブネから来て愛知川方面へ下りていくところだった。

 さて先日秋狸氏から掲示板に投稿があったブナと新築小屋を確認せねばならない。逆方向に下りるのは登り返しを考えると気が進まないが、そんなに下りなくても良いらしい。小屋はすぐにあった。ビニールトタン張りなのが風情に欠けるが、お蔭で中は明るい。真ん中に囲炉裏、周囲は丸太のベンチがあってなかなかいい感じ。これは使える。離れた場所にあるトイレはパス。どうやら支流に垂れ流しのようである。

    久しぶりの杉峠            いつの間にかできた避難小屋            小屋の中は快適そう

 すぐ近くに注目すべきカエデの大木があった。計測中に三人目の登山者が通り過ぎていった。ブナはもう少し下の道端にあった。なるほど太い。樹種はズームで撮った葉の写真からブナに間違いない。しかし幹周は胸高でどう測っても、タヌちゃんの280cmではなく270cmだ。巻尺が水平になっていなかったら増えるので、少ないほうが正解と思う。それでも鈴鹿では太いことに変わりなく、古武士に次いで堂々の三位だ。

   秋狸氏報告のブナ              寸胴のシナノキ             登山道からズームで撮ったハゲ上端

 他にシナノキの3m超えも見つけるが、これらは前回の見落としではない。巻尺を持って甲津畑から登ったときは一反ホーソを終点としたからである。それ以前に街道を通過したときは、まださほど巨木に関心がなかったということになる。
 今日は念仏ハゲと巨木に収穫があって上機嫌で帰途につく。コクイ谷出合までにも何度かにわか雨に降られたが、樹林の下で事なきを得た。10時間強の行動時間であったが、涼しさのおかげでさほど疲労はなかった。