頭陀ヶ平と流ヶ洞 04.10.10
手帳によれば8月から今日までの日曜日で、晴れたのは8月8日のみだ。その日は用があって山へ行っていない。そういえば7月の御池岳穴捜索も天気が悪かった。つまりもう山では忘れるほど青空を見ていない。今日も台風一過の期待もむなしく、見事なガスに包まれて雨さえ降った。
朝から神社の奉仕作業があり、出発時間は中途半端。当然行程も半端で、頭陀ヶ平周辺をうろついただけである。しかも秋の花は終わり、紅葉にはまだ早いという中途半端ずくし。メジャーな藤原岳ながら誰にも会わなかった。
御池岳テーブルランドは道に関係なくあちこち歩かれているが、藤原岳ではその手の話が少ない。無論ネットに出ない世界では色々調査されているのだろう。私も今日は山上で少し道を外してみようと思う。しかし人生では人の道を外してはいけない。余計なお世話か。
冷川の白瀬峠登山口は誰の車もなかった。入り口にツリフネソウが咲いていた。ツリフネソウで思い出したが、朝起き抜けに左足のふくらはぎがツリソウになった。一瞬激痛が走った。山へ行く日にまずいなと思ったが、やがて痛みは何ごともなく収まった。
歩き始めると足元に小ぶりで薄紫の花が幾つかあった。トリカブトに似ているが、その仲間のレイジンソウのようだ。小沢の渡渉点に差し掛かって驚いた。いつもちょろちょろ水の沢が轟々と流れ、奥の滝は見違えるように立派になっていた。
ツリフネソウ レイジンソウ 登山道脇の滝
相次ぐ大雨で沢沿いの道は一部流失していた。歩きにくいことこの上ない。携帯温度計は19度だが高湿度で蒸し暑くてかなわない。途中で長袖シャツを脱いで、Tシャツ一枚になる。体から湯気が立ち上る。ズボンを見ればヒルが三匹シャクトリ運動をしていた。やはりお出ましか。裾を上げればソックスの境目で、早くも仕事に取り掛かっていらっしゃる。憂鬱なことになってきた。
木和田尾は下りによく使うが、登るのは初めてのような気がする。やはり反対方向はずいぶん感じが違う。変わらないのは長ったらしい印象。いつになったら着くのやら。どうも最近体力が低下したように思う。禁煙して体重が増えたせいか。
樹林帯に出ると乳白色のガスが煙のように流れている。時折天候回復の兆しがみえるが、すぐにまた暗い森に逆戻りだ。鉄塔の開けたガレ場で、休憩がてらヒルの総点検をする。二尾撃退するも、すでにズボンには血が滲んで広がっている。首や腹はだいじょうぶだったようだ。
中電の小屋付近のきつい登りで精根尽き果てた。冬ならシリセードであっという間に降りる斜面だ。三角点鉄塔に腰を下ろすと、疲れでしばらく動けない。指呼の間の御池岳はガスに包まれて見えない。ただ裾にある土倉岳と、その向こうの天狗堂が時折りぼんやりと姿を見せる。ありがたいのは強い風が吹いていて、汗が引いていくこと。しかし長居をすると寒くなる。
乳白色の木和田尾 ヒトヨタケのお出迎え
地形図を見ると三角点から南に向かって細い尾根が出ている。これに入ってみる。テープや踏みあとはない。当然だろう。これを直進しても崖のような急傾斜になって進めない。ただ等高線が緩やかなうちは風情ある場所だ。鹿が何頭か逃げていき、鋭い声を発した。苔に覆われた潅木や白い石灰岩が御池岳を思わせる。樹林が薄い場所に来ると左手に天狗岩の山塊が大きい。速いガスの流れに見え隠れしているが、やがて見えなくなった。尾根の先で遅い昼食にする。枯れ草からヒトヨタケが何本か出ている。包装紙にアリが登ってくる。風の音しか聞こえない。この孤独感がいい。
小雨が当たってきたので、店じまいして腰を上げる。真っすぐは行けないので、天狗岩に向かって北へ谷を下りることにする。雨を吸った土が軟らかいので滑って歩きにくい。降りるにしたがって頭上から天狗岩の斜面がのしかかってくる。計算上の高度差は大したことはないはずだが、登り返しなど不可能なような威圧感があり、絶望的な高さに見える。やがて白い谷が見えてきた。溝のようなもので水はない。
この谷は三筋滝すぐ上から登ってくる谷である。茨川古地図によれば名称は「流ヶ洞(ナガレガホラ)」となっている。名前の通り真の谷との出合はガレの押し出しがすさまじい。古い時代からそういう状態であったことがわかる。ただしこの辺りは傾斜が緩いので何も危険はない。
頭陀ヶ平南尾根 斜面から天狗岩 流ヶ洞源頭
谷へ降りる直前に古い道型が横切っている。興味を持って下流へ進んでみたが、消えてしまった。反転して谷沿いに登っていく。なぜか知らないが根こそぎ倒れている木が目立つ。根の上にあった幾つかの石まで持ち上げたままだ。土はやわらかく、ヤブというほど木は密集していない。株の上にホコリタケがたくさん出ている。意外だが図鑑によれば若いものは食べられる。味は知らない。少し右俣を登ってみたら胡桃がたくさん落ちていた。ただしもう腐っている。見上げるとやはりオニグルミの木があった。落ちたものはすぐリスやネズミが持ち去ると思っていたが、そうでもないらしい。本流までトラバースして戻る。
稜線まで這い上がって登山道を横切る。県境の少し北は平坦でいい場所だ。腰を下ろして休む。トリカブトの花がしぶとく残っているが、大半は実になっている。アケボノソウも店じまいしている。地形図を広げて帰路の思案をする。面倒なのでこのまま北へ進み、坂本谷源流に下りよう。斜面へ突入するとけっこうな傾斜で、木をつかまないと制動が効かない。心肺には負担がないが、足の筋肉がたまらない。ときどき立ち休みしながらコンパスを確認する。
トリカブトの実 ホコリタケ 坂本谷
やがて石灰岩の谷が見えてきた。小規模なので坂本谷の支流だろう。谷沿いに下っていくとやがて荒涼とした本流に出た。溝が深くて対岸に渡れない。少し下って対岸からトラバースして木和田尾に上がることにする。無理に登らなくても水平にトラバースすれば、尾根のほうで高度を下げてくれるはずだ。しかし理屈どおりにはいかない。雨を吸った土が谷側へ体を引っ張る。靴の中で右足の側面が痛くなってきた。そういえば何年か前に同じことをしていたような。坂本谷のフクジュソウを上から見に行ったときだったか。
ようやく木和田尾に復帰した。やはり登山道は楽だ。とうとう天気は好転しなかった。それどころか薄暗い尾根の北側に入ると雨になり、沢沿いではまたヒルの猛襲にあった。