善右衛門谷左俣から天狗岩 07.10.28
ようやく日曜日が快晴になりそうだ。日の出とともに自宅を出て、気分晴れやかに3回連続の石榑越え。久々の茨川林道は水溜りがすごく、クルマは泥だらけで、晴れていてもワイパーを要する。しかし永源寺第二ダムが白紙に戻されたことで、水没を免れた木々は喜んでいるように見える。朝7時半ごろ終点に到着。自宅から茨川まで30kmである。石榑トンネルが完成すれば9キロほど短縮になる。所要時間にいたっては劇的に改善されるだろう。最奥の茨川に簡単に着いては、秘境の有難みが薄れそうだ。
伊勢谷の工事や土石流でこの付近も殺伐とした風景になり、秘境の集落の面影は薄らいだ。先週の日曜は神社の祭礼だったそうだが、S氏(掲示板に出没するバービーの保護者)の情報では元住民の出席は一戸だけだったという。もはやそういう行事も廃れていく運命だろう。集落内を観察すると名大小屋を除いて、唯一の民家の名残だった二階建ての倉庫が倒壊していた。何者も時の流れに抗うことはできない。これで故筒井睦雄氏宅であった名大小屋はますます貴重な存在となった。
茶屋川は実に3年ぶり。そのときは源二郎岩から右岸の尾根に上がったので、そこから先は5年ぶりになる。05年11月の山日和氏の報告によれば、善右衛門谷出合付近は土砂で埋まり、伏流になってしまったという。それも確かめねばなるまい。そして善右衛門谷に入り、左俣から天狗岩直下を目指し、道中の風景や紅葉を楽しもうという計画である。こういうコース設定は聞いたことがないので面白いだろう。
茶屋川の紅葉はまだまだだが、早く色付くシラキが多いのでそこそこ美しい。登山靴のまま流れを何度も飛び渡るが、場所によっては置石が必要である。いくつかの淵が失われたようだが、3年前にはすでに荒れていたので、あまり変わったようにも見えない。木滝出合を過ぎるとやがて源二郎岩が現れる。天辺はモミジの葉でよく見えない。蛇谷出合のヘアピンをショートカットすると朝日が谷に降り注いだ。左から二本のガレ沢が滝を掛ける所を過ぎると、右手に天狗岩がはっきり望める場所がある。槍沢に一箇所槍が見える場所(槍見川原)があるが、胸が高鳴る瞬間である。ここは天狗見川原ということになる。
茨川に建っていた二階納屋(2001撮影) 朝の茶屋川 天狗見川原より
もう善右衛門谷も近いが、いっこうに伏流になる気配はない。やがて出合に着いたが、伏流どころか滔々と美しい水が流れている。いったん埋まった流れが自然に回復したようだ。これは嬉しい誤算だ。茨川から三筋の滝まで流れはちゃんとつながっていて、魚類のためにも安心した。しかし確かに善右衛門谷出合は荒れていた。ここから谷に入ってもいいのだが、たいした距離ではないから三筋滝を見てこよう。滝の手前も右岸の土手が少し欠けたように思う。滝自体は以前と何の変わりもなく、美しい白布を垂らしている。この滝はクルマで来られるはずもないのだが、たいていの道路地図に名前があるので大したものだ。右岸の巻き道はもはや固定ロープにすがらなければ登れないだろう。廃道に等しい。
回復した流れ(善右衛門谷手前) 変わらぬ三筋滝
引き返して善右衛門谷に入る。7年前に登ったときと比べると土石流の爪跡すさまじく、まるでゴロ谷のようになってしまった。あちこちに薙ぎ倒された倒木が散乱している。広い川原の一隅に申し訳程度の流れがある。歩きやすいところを進んでいくと前方に動物の気配。まだ距離があるので逃げない。二匹のサルだった。距離をつめると逃げていった。さらに右に曲がって視界が広がったら、数十匹のサルが川原いっぱいに広がっていた。これはやばいと思ったが、足音をさせると蜘蛛の子を散らしたように逃げ去った。しかし両岸の木を盛んに揺すったり、妙な声で吼えて威嚇してくる。そしてバラバラと石を落としてくる。彼らの縄張りのど真ん中に入ったようである。じきに通り過ぎるから、そう怒らないでな。
荒れてしまった善右衛門谷 御先祖さま 左俣出合
やがて二俣に着く。左俣が土石の元凶らしく、石灰岩、黒い鉱石、さざれ石などが大量に押し出している。七年前の山行記にこう書いている。
「700m地点で、天狗岩方面から雪崩のように膨大な岩くずが押し出している。坂本谷が崩壊したときの大雨のせいかもしれない。」
左俣に入り岩屑の上を登っていく。徐々に傾斜が強くなり、前方には黒っぽく狭い連瀑帯が見えてきた。当初は地図にある二俣の真ん中の小尾根を登るつもりだったが、それらしい所がないまま連瀑帯に追い込まれた。最初のうちは手ごろで面白かったが、徐々に手に余るようになってくる。沢登りはまったくの予定外。
とうとうチョックストーンの滝で進退窮まった。低い滝だが水流があってツルツルだ。両岸が立って巻きも不可能。最近は慎重になってきて一か八かの賭けはしない。登れるか否かより、下を見てここで滑落したらどうなるかを冷静に考える。滑ったら一段で止まりそうもないので撤退と決める。しかし撤退も容易でない。ギリギリで登った滝は下りられない。仕方がないのでロープを出す。ロープは回収を考えねばならないので、倒木を岩に挟んで支点を作る。そうやってせっかく登った滝を二つ下りる。ここからなら何とか尾根に逃げられそうだ。右手の急峻な泥壁をキックで登り、根っこをつかんで這い上がった。さらに急斜面をシャクナゲにつかまって登り、善右衛門谷右岸尾根に逃げた。ああ怖かった。
ゴロ石川原とV字谷境界 逃げた斜面から連瀑帯を見る 善右衛門谷右岸尾根
平らな地面の有難さをしみじみ味わいながら休憩してお茶タイム。隣に見える藤原岳西尾根の紅葉が美しい。予定コースはもうひとつ西の尾根だった。現在の尾根を忠実に上がっても藤原岳の一角に出られるが、天狗岩から遠ざかる。ここは左俣が穏やかになるまで登ってからトラバースだ。
急な尾根で高度を稼ぐ。めちゃくちゃしんどい。杣道かシカ道か分からないが、傾斜が緩そうなので辿ると、左側に念仏ハゲのような崩壊地が見えてきた。左俣の源頭だ。茶屋川を荒らした根本地がここだ。
崩壊地に沿いながら登ると、天狗岩が樹林の上に頭だけ出している。高度が上がるにつれて様子が変わるので、写真を何枚も撮る。天狗岩はプリンを伏せたような形をしている。 「こんな角度から天狗岩をながめたやつはいないだろう」 と幼稚な自己満足に浸る。岩の真下から登らず、かえって良かったのかもしれない。真下では樹林で何も見えなかっただろう。崩壊地のおかげで視界は絶好調だ。たどり着いた上端は1030mに達していた。地図には載っていない。これを回り込んで西へどんどんトラバース。御池ハチマキと同じことをやっている。もう真下付近だろうと思う所でトラバースをやめ、高度を上げると天狗岩が見えた。
プリン型天狗岩出現 菩提樹と天狗岩 崩壊地上端から見下ろす
真下まで行って岩壁間際から見上げると、先週のボタン岩のごとく大迫力だ。しかも紅葉しているのがいい。写真を撮る。横の岩尾根をよじ登ると、壁のフェースを横から眺めることになって更に具合がいい。左側には天狗堂が絵になる。ちょっと土倉の送電線が邪魔ではあるが。反対側には紅葉に染まった藤原岳展望丘が顔をだした。絶景かな。また写真を撮ってから、急な場所をよじ登って登山道へ出た。10人くらい人がいて、皆さん昼食タイムだ。それにしても秋にしては暑い日だ。岩の先端に出て今日登ってきた場所を見下ろして確認する。喘いだ場所も上から見ると、そんなに急傾斜に見えないのが不思議だ。
岸壁真下より見上げる 藤原岳紅葉 真横から見る天狗岩
天狗岩から眺める善右衛門谷右岸尾根 左手前崩壊地
藤原岳へ向かう登山道で、チリンチリンとうるさい鈴を鳴らしている人の後ろに着いてしまった。鈴鹿に熊はいなので無用な代物だ。気にすると余計頭に響くので腹が立ってくる。仕方ないので途中で樹林に入りおにぎりを食べた。オオイタヤメイゲツの黄色が美しい。しばらく休息して登山道に復帰したら、また鈴を鳴らしているやつと出くわした。オーマイゴッド! 彼らはクレイジーだ。自分でうるさくないのだろうか。人に迷惑を及ぼしている自覚がないことは確かだ。いったい何のために鳴らしているのか聞こうと思ったが、見知らぬ人とトラブルを起こして、せっかくの楽しい山で気まずい思いをするのもいやだ。
穏やかで平坦な登山道は今までと別世界だが、それはそれなりの良さがある。 多くの登山者がたむろする避難小屋を通過し、これも久しぶりの展望丘へ向かう。最低鞍部の湿地に着く。殆ど使われないが、善右衛門谷本流あるいは西尾根で帰るならここが分岐となる。しかし展望丘で今一度風景を見たいので真っ直ぐ登る。心なしかササの背丈が短くなったような気がする。頂上には数人の人がいた。もう一度こちらから天狗岩周辺をカメラに収めようとしたら、バッテリー切れの表示。調子に乗って撮りすぎたか。GPSの電池を抜いて入れ替える。どちらも単三四本なので、こういうときは便利だ。ちなみにサンヨーのエネループを使っているが、何回でも充電できて経済的だ。
登山道付近の紅葉 展望丘から天狗岩 色付き始めた西尾根
頂上から西尾根へはチクチクした潅木があるが、ガイド地図にはない踏み跡ができている。地形図を見れば当然の帰結である。じきに穏やかな疎林の尾根芯に出る。ここは素晴らしいルートであるが、滋賀県側から藤原岳に登る人があまりいないので、まず人に出会わない。1030mの平坦地に腰を下ろし、最後のおにぎりを食べる。振り返れば展望丘の西面が見事な紅葉。急ぐ必要もないのでここでゴロ寝することにした。私はザックがペコペコなのはイヤなので、底に梱包に使うクッションを増量剤として入れている。しかしこれとて無用のものではない。昼寝のマットとして十分役目を果たす。それを敷いてカッパを枕に仰向けにひっくり返ると、体の力がスーッと抜けていく快感。視界には青空を背景としたシロモジの美しい黄色の葉が広がって極楽だ。晩秋に入ろうというのにこの暖かさでは、本当に寝入ってしまいそうだ。
穏やかな西尾根 西尾根から藤原岳を振り返る
870mの平坦地まで下りて地図とコンパスをしっかり見る。25000図の破線は善右衛門谷側へ。昔の地図の登山道は蛇谷側へ下りている。今まで登りも下りも善右衛門谷側しか使ったことがない。今日こそ意識して蛇谷出合へ下りよう。いったんルートに乗れば踏み跡やテープが導いてくれる。しかしよく見ないと怪しいところや、倒木が道をふさいでいる箇所がある。最近あまり使われていないのだろう。急斜面にうまく切られたジグザグで出合に下り立ち、残照の茶屋川を緩々と下った。茨川で墓地跡の地蔵さんに手を合わせ、今日の行程が無事終了した。
源 二 郎 岩 残 照 の 茶 屋 川