タカンス谷から烏帽子・三国 02.05.12
今日は車で行楽の予定が延期になってしまった。ポッカリ空いた日曜日に何をするかと言えば、やはり山へ行くしかないではないか。それより他に遊びを知らないのである。コンビニでおにぎりかラーメンを買うだけで一日遊べる安上がりなお父さんであった。たろぼう氏の言を借りれば「日帰り粗食ツアー」ということになる。お父さんは安上がりでも、その分子供がせっせと金を使ってくれるのでバランスは取れている。
烏帽子・三国間の縦走路はまだ歩いた事がなかった。人のいないところばかり好んで歩いているので、まだ一般道でありながら未踏のところはけっこうある。しかし時山から周回するコースはポピュラーで他の人のレポートもあるだろうから、反対側の員弁川源流から登ってやろうと思ってタカンス谷を選ぶ。タカンス谷・烏帽子・県境縦走路・三国・オゾ谷のビキニのような美しい三角ラインは前からトレースしたいと思っていたコースだ。
二万五千図の名前になっている篠立集落の旧道から長岳寺へ向かう林道へ入る。この道は昔釣りで通った事がある。奥はガードレールも無い細い道であり、左側は絶壁で遥か眼下に員弁川源流三国谷が流れている。落ちたら命はナイアガラ。仙ヶ岳営林署小屋へ至る道と同じである。ご丁寧に「路肩へ寄るな」と言う看板が立っているが、言われなくても寄れるもんではない。
篠立林道の終点はジグザグで河原へ降りている。地形図の・364辺りである。高度計も合わせる。谷での位置特定は高度計が命である。本日の足元は釣り用長靴。9:08発。いきなり渡渉で長靴が役に立つ。最近梅雨のような天気が続いたので水量は多い。南谷出合を見送って真っ直ぐ進む。高いところに藤が下がっている。何度も渡り返しながら進む。と言うより下草が繁茂していて川の中を歩いている方が多い。水陸両用の長靴を発明した人に感謝。谷の様子は日本的渓谷美の典型である。ヒメレンゲの黄色が鮮やかだ。
30分程幽谷の雰囲気に浸りながら登っていくと、突如堰堤が現れ驚く。どうやってこんな所にコンクリートを運んだのか。河原に降りた道と別に、真っ直ぐついている林道(今は通れない)が工事用の道だったのだろう。堰堤の上は土砂が堆積して凡庸な河原になり、黄色い花をつけたアブラナのような植物が繁茂している。雰囲気ぶち壊し。
やがてまた渓谷になり、430mで顕著な二俣。右がタカンス谷で烏帽子岳に突き上げている。左はオゾ谷と言い三国岳直下に至る。水量規模は等分であり90度くらいに開いている。両方とも95年版エアリアマップに破線(難路)で描かれているが、2000年度版では消えてしまった。15年前に出版された「鈴鹿の山と谷」でさえ荒廃してブッシュに覆われていると書いてある。右のタカンス谷へ入る。
右岸に所々道はあるが、やはり崩壊もしくは薮に閉ざされていて歩けない。半分くらい谷の中を歩く。エラいところへ踏み込んでしまったものだ。510m右から小支流。530m右岸崩壊、道なし。10:18、555mに初めて顕著な滝。6m位の垂直な滝で左を巻く。595m左から支流が入るところで休憩。もう1時間20分たっていて意外と手間を食っている。腰を降ろして大福餅を食べる。暑くも寒くもない快適な気温だ。木漏れ日に透ける新緑が美しい。
610mに大杉と窯跡があって谷は少し左へ折れている。荒れ果てた道は炭焼き用だったのだろう。やがて10mはあろうという壁に出会い本流と支流が仲良く左右に滝をかけている。珍しい光景だ。左を高巻く。この辺りワサビがないかと思ったが谷は急になり675mで水は涸れてしまった。今日は忘れず源流一番絞りの清冽な水を水筒に1リットル汲む。
690mで涸れ谷は左右に分かれ、どちらも急なガレと壁で登れない。仕方なくこれも急峻な真中の尾根に取り付く。暫らく這って登ると古い目印があった。正解だ。しかし目印はあるが道はない。木につかまらなければ滑って登れない。こんな所が登路とは恐れ入る。廃道になるはずだ。谷では活躍した長靴も、こんな場所ではエッジが利かずハンデがある。頭では北のつもりがコンパスを見ると東に進んでいる。目印もなくなった。何でもいい、これを凌げば何処かに出るはずだ。肩で息をする。休日の度にこのような重労働をさせられる私の肉体は気の毒だ。
あんまりしんどいので左にトラバースぎみに進路を変える。やがて上部が明るくなってきて稜線登山道に飛び出した。一瞬何処だか分からないが、見たことあるような。高度830m、どうも山頂の西側だ。時刻は11:25。休憩も入れて2時間17分かかった。地図を開いていると三国方面からザワザワと声がして団体さんがやってきた。やり過ごしてから山頂に向かう。烏帽子岳は展望が無いので長居せず最高点と三角点を踏み、Uターンして三国に向かう。
縦走路にはイワカガミがたくさん咲いている。シャクナゲはもう盛りを過ぎていてポタポタと道に花が散っている。咲いているものもあるが、あまり美しくない。ヤマツツジは今盛りだ。心地よい風が吹いているし歩きやすいのでほっとする。展望が開けた所で犬連れの家族が食事中だった。うちの犬とそっくりだ。少し山の写真を撮る。遥か眼下に時山集落が見えている。上から見ると、よくまあ、あんな山あいに集落ができたものだと思う。
さらに進む。予想された事だがアップダウンが多い。道が大きく右手に下降する所で高度が惜しいので真っ直ぐ進んだら素晴らしい展望のピークに出た。これは絶景だ。藤原岳・御池岳・三国岳・鍋尻山・霊仙山・ソノドなど一望に見渡せる。ここで昼食に決めた。お湯が沸くまで久しぶりのパノラマ写真撮影。粗食ツアーとはいえ空腹だったのでラーメンが最高に美味しい。ガヤガヤと声が下を通っていったが姿は全く見えない。30分くらい時間を費やす。
12:54鉄塔広場を通過。その後シロモジの新緑ロードになるが、しつこいくらいにアップダウンがある。かなり歩いたが、高度があまり変わらないので何処まで来ているのか分からない。山鳥の尾のように長々しき尾根だ。何か目印となる山を探すが、この稜線は展望が殆どない。近くてとがった山があればいいのだが、霊仙山や御池岳のような牛が寝そべったような山は目標となりづらい。しかし薮の間には霊仙山しか見えないので、最高点の角度を測って(338度だった)延長線とこの尾根の交点を求める。何だもう殆ど終わりまで来ている。目の前の登りが820m程の広い丘である。
1:37、丘の上に登りつく。平らでいい場所だ。ヌタ場とも池ともつかない水溜りにオタマジャクシ。少し降りて三国への急登が始まる。疲れてきたのできつい。途中に展望の良い岩が張り出していたので腰を下ろし、おにぎりを食べながらお茶を飲む。今たどった縦走路の果てに烏帽子岳が聳えている。いい眺めだ。そうゆっくりもしていられないのでまた腰を上げる。
三角点はパス。2:03三国岳着。御池岳にはガスがかかってきたのでよく見えない。西眼下の集落はは大君ヶ畑か。ひとっ走り最高点を往復してくる。再び三国に戻って地図を確認していると団体さんがやって来た。コンパスを合わせてオゾ谷源流に突入。すごい傾斜で木につかまって制動をかけながら降りる。フェルト底の長靴が滑るのでグリセードのようになる。やがてどうしようもない薮に入り込む。かまわず降りると色褪せた目印があった。やはり方向は外していない。しかしこの目印は何の役にも立たない。なぜなら全く道がないからだ。ともかく降りていけばオゾ谷に出るのは間違いないので不安はない。
2:44、680mで流れに着く。支流なのか本流なのか分からないが、水の低きに従うだけである。しかし方角からしてオゾ谷本流らしい。やがて窯跡があって道が現れた。しめたと思ったら20m位でなくなってしまった。目印は時折あるのだが、そこはガレと倒木と薮で歩けない。タカンス谷と同じである。苦労しながらルートを選び、ひたすら降りる。やがて高度が下がってくると歩ける所が増えてきた。490mで左から流れが合流。杉が三本ある台地で一瞬タカンス谷出合に着いたかと思ったがまだ高度が高いので違う。
ヒメレンゲを見ながら休息。おっと、ズボンにヒルがくっ付いている。本日初めての拝謁。木の葉でつまんで流刑に処す。やがて傾斜は緩くなるが、相変わらずルート選定に苦労する。465mに石積みの堰堤。3:35やっと出合に着いてほっとする。もう着いたみたいなものだと思ったが、朝の事を忘れていた。この後も長い道のりが続く。渓流美を愛でてきた場所だ。
測ったように4時ちょうどに車に着いた。こんな廃道をたどって、時山から登るより何かメリットがあるのかと言えば何もない。単なる好奇心と自己満足である。しかし昔の炭焼き人はこういう所にも入っていたことが分かる。苦労して道を付け、苦労して運んだことが偲ばれる。炭焼きという仕事が成立しなくなり、この地図から消えた道もやがて自然に帰っていくだろう。
帰りに石井明子氏の歌集を買おうと阿下喜の石井書店に立ち寄った。シャッターが降りていた。近所の人に聞いたら日曜が定休日らしい。平日にまた来るのが面倒なので、裏にあると教えてもらった自宅を訪ねてみた。石井さんは不在だった。しかたない、いつかまた来よう。