アサハギ谷からザラノ・高室山    06.04.09


 桃原、杉、保月といった廃村が点在する、芹川と犬上川北谷に挟まれた高原を脇ガ畑カルスト台地とでもいうのだろうか。近江側市街地が目と鼻の先にありながら現代文明と隔絶された地域だ。その高原台地にある山のうち、鍋尻山、アミダ峰、杉坂山、ヒヨノ、向山、日山を過去に登った。いずれも植林迫る地味で風采の上がらない山であるが、何かこの辺りの風景はほっとするものがある。さて残すは高室山、ザラノである。一応鍋尻に続く標高の山なのでいつか登ろうと思っていた。ネットで事前調査をするとつまらないので、白紙状態で登ってみた。ただ高室山は有名なので、上部まで林道が通じていることは聞いていた。

 登路は色々あろうが、まだ遡行したことのないアサハギ谷とする。日曜めがけて雨の降るときもあるが、今日は逆である。神様も公平だ。朝のミルクロードは桜並木が見頃を向かえ、華やかな雰囲気だ。この前の時ならぬ雪でどうかと思ったR306のゲートは開いていた。閉鎖されていたら時山から五僧越で入ろうと思っていたが、これでスタート予定の落岩橋まで車で行けることになった。久々の国道を快適に登る。早朝からコグルミ谷駐車場は満車だった。登山口は大パーティーでごった返している。鞍掛トンネル手前はバスまで来ていて、御池岳はえらいことになっている。

 権現谷林道は思っていたより落石は少なく、開通前にブルドーザが入ったようだ。それでもその後落下した岩や泥濘、路面にせり出した枝などがあり、後生大事に車を磨いている人なら卒倒するような道だ。ツツロ坂峠付近で、先に入ったおじさんが車を止めて何やら眺めていた。時々垣間見える御池岳は残雪が多い。ところで覆いかぶさった枝の下を通るとき、車内なのに思わず首をすくめてしまうのはなぜだろう。

 落岩橋に車を停めて、8時30分出発。路肩崩落現場は重機が二台入って補修中だ。今日は動いていないが、プールのような穴が掘られてかなり大掛かりな工事だ。その先は惨憺たる状況だ。去年は3月20日に通っているが、そのときよりデブリが大きい。雪が多かったのだろう。道いっぱいに広がるデブリ、散乱する落石、フサザクラなどの倒木で人間の通る道ではない。と言いつつ通らねばアサハギ谷へ行けない。安全優先なら多賀から大回りするほうが良い。ロシアンルーレットのように、落石の恐怖に怯えながら谷側を慎重に通過する。大きい落石は50センチくらいある。雪上に足跡はなく、最近歩いた人はいないようだ。遠方でシカの群れが道路を横断した。

    ミルクロード 桜と竜ヶ岳             御池方面残雪多し             アサハギ谷林道の惨状

 やがて権現谷のかなたに南霊岳の小突起が見えるようになる。正面に日山が見えてくると、足元は完全に雪に埋もれた。季節を疑うほどだ。スタート時にスパッツを履くかどうか迷ったが、履いてきてよかった。しかしヘアピンが近づくとまた雪が消えた。保月へ向かうヘアピンの折り返しからアサハギ谷に入る。しばらく林道があり、行き止まりにログハウスが建っていた。あまり使われている様子はない。歩き易い左岸の道を進む。ここまでは殆ど勾配もなく、登山と程遠い行為である。やがて谷を渡り返すようになる。右岸に滝あり。道は徐々に怪しくなるが、どこでも歩ける。右の尾根の上のシカと目が合った。カメラを取り出したが、逃げられてブレた写真しか撮れなかった。次の二俣で右の支流に入りかけ、気付いて戻る。

 登りなら一時間歩くと休まねばつらいが、今はまったく疲れていない。しかしバカみたいに我武者羅に歩くのもスマートではない。ちょうど右岸に人工的と思える台地があったので、「これくらいにしといてやるか」などと意味不明のことをつぶやきながら腰を下ろした。おなかも空いてないが、今後のシャリバテに備えて小さいパンをひとつ。周りは雪だらけで、休んでいると寒くてハナミズが垂れてくる。

 やがて谷は幾筋にも分かれた。ゴソゴソと地図を出す。そろそろコンパスも入用だ。水流はないが一番右の傾斜の緩いのが本流のようだ。どれを登ろうが何処かの稜線に出るのだが、どうせなら予定のコースをトレースしたい。右俣に入るとようやく登りらしい登りになってくる。左岸に良い二次林があったが、やがて植林オンリーとなる。やけにしんどいと思えば、杉の落ち葉の下は一面の雪で抵抗が掛かっている。ようやく峠が見えてきたが、谷の詰めは見えてからが遠い。息を切らせて這い上がったところは石灰岩と植林が入り混じっていた。こんなに杉を植えれば花粉症になる人が出てくるのも不思議ではない。私は生来感覚が鈍いのか、花粉症の「か」の字もない。苦しんでいる人を見ると、何だか申し訳ない気がする。

     アサハギ谷の清流               逃げるシカないです              心休まる二次林

 この峠状の場所は735と777標高点の間のコルにあたる。西側に近江の街並みが見える。谷を登りきった峠から異国の地を眺めるのは爽快であり、独特の趣がある。湖東平野は町や田園の中に2〜300mの低山が点在し、面白い風景を作り上げている。歴史の国近江であるから、その低山にもそれぞれに史跡があるのだろう。これで湖面でもキラキラしてくれたら絶景なのだが、残念なるかな春霞で茫洋としている。この峠にはヤマザクラもあるが、満開の頃ここで花見をしたらさぞ素晴らしいだろう。

 休憩後左折してパチンコファンが泣いて喜ぶ 777 へ向かう。ササだらけでかなわんと思っていたら踏み跡があった。頂上は木が切り払われて風速計のポールが立っていた。どうせなら鯉のぼりもつけて欲しいものだ。この山は750mの等高線が森永「おっとっと」に似てかわいい。
 東端の萱原へ出ると御池岳方面が見え、鈴ヶ岳は随分と急な山であることが分かる。高室山は指呼の間であるが、山腹の林道が痛ましい。それにしても今日は何の花も見ない。目を皿にしているわけではないが、何気なく咲いていてくれてもよさそうなものだ。残雪の多さといい目算外れだ。

 真南へヤブを抜けて下りると林道終点だ。ここは空谷と室の谷の乗越しにあたる。高室山への登り返しに入る。初めてなので何処を登ればよいのか分からない。仕方ないので直登するが、逆目のササの抵抗にあって大汗をかく。やがて丸坊主の山頂らしきところに着いた。「らしき」というのは標識がないからだ。ここが高室山であることは疑いのないところだが、念のためGPSで確認する。高室山ほどの山頂に標識がないとは不思議なことだ。眺望は360度。「見えすぎちゃって困るの〜(古すぎてすいません)」という感じである。困りはしないが、あまり見えすぎるのは興趣に欠ける。どちらを見てよいのやら、視線が定まらない。それより眼下の石灰岩採掘場の凄まじさばかりが目立つ。5分ほど目を泳がせていると、おぢさん二人組みがやってきてランチタイムに入った。何もこんな強風の寒いところで御開帳しなくても良さそうなものだが、余計なお世話であろう。

       777から霊仙山                   同ザラノ              高室山から御池岳方面

 適当に北へ下りるが、下山のササはブレーキにちょうどよい。777への登り返しは緩いのだが、どうも足に力が入らなくなり、立ち止まっては肩で息をする。特に空腹でもないのだが、今日はどうしたんだろう。777でもう一度風景を見てから東北東に下りて、本日のハイライト、ザラノに向かう。尾根には良い仕事道がついていたが、イワカガミの葉があるだけで何の色気もない。しかし左側はアサハギ谷の支流群が登ってくるところで、なかなか良い雰囲気をもっている。やがてザラノの登りにかかる。何だかここでも力が入らず、何度も立ち止まって休む。振り返ると背後にまた高室山が姿を現していた。尾根が左に曲がるとヤブになってきた。所々尾根芯を外して回り込む。潅木チクチクポキポキで捗らない。例によって紫のひらひらがあるのでコースは合っているのだろう。

 一番高いと思われる地点に来た。恐れ入ったことに、ただのヤブだ。。何も表示がないが、あの高室山だってなかったので不思議ではない。でももう少し進んでみると、テープを巻いた立ち木にザラノと彫られていた。周囲の状況はさっきの地点と変わらず、単なるヤブ尾根の通過点で展望もない。過去に登った山の中でも最右翼のヘッポコ山だ。西も東も急激に谷へ落ち込んでいるので、狭くて食事の場所もない。しかし一応今日の目標なので意地でもお昼にしよう。ここで誰かに出会ったら(確率はすごく低いが)、何もこんなところで食べなくても・・・と言われるだろう。余計なお世話だ。

 食後忘れ物がないか点検をしてザラノをあとにする。多分二度と来ることはないだろう。 アディオス  ザラーノ!
 さてここからは複雑な尾根が続き、地図とコンパスが欠かせない。と言っているハナから下りで北(左)へ寄り過ぎ、トラバースして復帰する。コンパスで角度を測っても、歩いているうちにいつの間にか曲がっているから仕方がない。たいてい私は右に外すのだが、今日はやはり何処か体調が狂っているのだろう。少し先で東側の展望があった。

  ザラノ手前から高室山を振り返る             ザラノ山頂          烏帽子・横根最高点・ダイラの頭・三国

 いったん下ってからコンター760に登り返す。相変わらずヤブっぽくてサルトリイバラにヒザをやられた。760への登りは怪異な岩が重なっている。樹林の中から左手に鍋尻山がのぞく。ここからの下りも方角要注意だ。ユズリハの木がたくさん現れる。東へ下っていくとようやくヤブが切れて雰囲気の良いコルに着いた。薄い道型があるので峠と言うべきか。左アサハギ谷へは緩やかな二次林。右権現谷へは植林の急坂である。ヤブから開放されたお祝いに休憩だ。地図を見る。この先小ピークのあとP720で東へ向きを変え、登り返したコンター730から北北東か。やはりその都度見ないと頭に入らない。

 P720の下りはハイイヌガヤ?が密生してチクチクする。標高差もないのに730の登りでバテてまた休む。その後尾根は急速に高度を下げた。地形図ではありえない。あちゃー、またやってまった。いつの間にか東を向いている(GPSトラックに間違いが容赦なく表示されている)。稜線まで登り返して右折する。北向きの高低差のない尾根とコンター700付近は絶品である。紅葉の時期にまた来たい気がする。700を過ぎるとまたヤブ。それを過ぎるとまた絶品の二次林。しかしもう長くて少々飽きてきた。本当は大した距離ではないのだが、常時地図とコンパスに神経を使うので長く感じるのだろう。今日のコースは逆回りしたほうが迷わない。

      760へ登り返し              無名峠のアサハギ谷側         尾根北端付近の二次林

 初めての尾根だが最後は送電線が横切っているので鉄塔があることは間違いない。鉄塔があれば巡視路があるはずで、それで林道に下りる計画だ。落石の激しい懸崖なので、もし巡視路がなかった場合に備えてロープとエイトカンもザックに入れてある。鉄塔はあるべくしてあった。送電線が日山方向へダイナミックに弧を描いている。その先で巡視路特有のゴム階段を発見した。道は左へ下りていた。と言うことはまた落石の巣を通るのか。

 階段は埋まったりズレたりして荒れている。しかしないよりは数段有難い。強い傾斜面をジグザグに削っていて、危ない場所にはワイアーと柵まで付いている。しかし自然の猛威で鉄のアングルが飴のようにひん曲がっていた。恐ろしい斜面だ。最後は谷筋へ出て鉄梯子から林道に下り立つ。ここは往路で通過しているが、梯子に気が付かなかった。またデブリを乗り越え林道を戻る。去年と同じく道が折り返す地点で、霊仙山を見ながらコーヒータイムとする。谷側へ張り出した岩の上なら落石の心配はない。

 終点が近づくと大音響が聞こえてきた。朝は人がいなかった工事現場で、日曜なのに仕事をしてる。いつ頃開通するのか聞こうと思ったが、あまりに忙しく立ち回っているのでやめた。何だかこちらが世捨て人か風流人のような気がしてきた。
 ザラノはしょうもない山であったが、山は頂上だけで評価できるものではない。西尾本を見たら 「山頂よりも谷筋の樹林の美を味わうことにおいて価値を見出す云々」とある。ほらやっぱりね。しかしこの評価は裏を返せば「山頂はあかん」と書いているのと同じことである。しかしザラノから北東に連なる尾根には見るべきものがある。紅葉の時期に再訪したいものだ。