上谷尻大滝からクラシ    08.07.13


 谷尻谷は下・北・上とすべて歩いたが、上谷尻だけは最後まで詰めていない。5年前に820m二俣で右をとって銚子ヶ口縦走路のコスタハに詰め上げたきりである。今日は大滝見物を兼ね、本流からクラシに登ろうと思う。日帰りとしてはロングコースなので日の長い時期向けである。

 コースが長い、一ヶ月間隔が開いて足腰が弱っている、猛暑期である。以上三点から早朝出発しようと考えていたが、起きたら6時半だった。さあ大変、朝食もとらず着替えてすぐ出発。コンビニで朝食と昼食を仕入れ、お握りを頬張りながら運転し、登山口出発は7時05分となった。寝坊の割には、まずまずだ。自宅と登山口が近いメリットである。

 愛知川までに消耗したくないので、ハト峰へ谷コースで登る。朝のうちは涼しい。しかし勾配がきつくなってくると汗が流れる。私は人と比べると汗をかかない性質だが、さすがに夏の鈴鹿ではそうはいかない。上部は階段状の石のお陰で登りやすいコースだ。これは偶然ではなく人の手が入っている。街道ではないので炭焼きや鉱山のためだったのだろう。まだ時間が早いのかハト峰には誰もいなかった。7:50着。休憩と水汲みをして8時発。

 広沢への下降は緩やかで汗が引いていくが、少々長くて退屈だ。出合に着くと、川原の石の上に誰か寝そべっている。お互い手で挨拶をする。ここでパンと水分を補給する。先客は何処へ行く当てもなく、ここでゴロゴロするために来たという。貧乏性の私にはマネできないことだ。神崎川はけっこう水量が多く、渡渉点を探りながら上流へ移動する。何とかクツのまま飛び石で対岸へ渡り、登山道を南下。普通谷尻谷へ入るにはお金峠を越えるのが一般的だ。しかし今日はキツネ峠を越えようと思う。

 キツネ峠から広沢へ到るまともな道があるのかどうか私は知らない。以前も結局激ヤブにつかまった。まあ峠へ向かう谷を詰めればよいだろうと考える。この谷はキツネ谷ということになるか、水量は少なく登山靴で遡行できる。途中で左岸が崩れ、大量の土砂と倒木が谷を埋めていた。これを巻くと、赤ナメの快適な谷になった。渓流靴は持参していないので、滑らないよう慎重に進む。やがて傾斜がきつくて登れないようになり、右岸尾根に逃げた。ヤブを漕いでキツネ峠に回り込んだ。広沢を出てから一時間も掛かってしまった。時間と体力のロスをした。キツネ峠には前回なかった木彫りのプレートがあった。

      キツネ谷             キツネ峠のミズナラ                コリカキバ

 ここからコリカキバには薄いながらも踏み跡ができている。例のキャットフードの目印もある。峠下に西洋のオバケを思わせるミズナラがあった。ウロがあって晩年の樹のようだが、太いので一応測る。塔の峰の北面をトラバースしていくと、二条の美しい滝が掛かるコリカキバに着いた。暑くてかなわないしヤブコギでゴミも付いたので、先人に倣ってここで身を清める。冷水に浸したタオルが心地よい。ここでまたパンと水分補給をする。

 緩々と上谷尻谷を遡る。殆ど傾斜がなく、両岸に広がる平坦地を縫っていく。レール、車輪、土管、ドラム缶、一升瓶、欠けた皿。鉱山の残滓を眺めながらぼんやり歩いていると、時間も空間も超越した不思議な感覚に襲われる。そして上空の飛行機の音で我に帰るのである。平坦地のトリカブトは5年前より減っているようだ。
 やがて長い谷も平坦地がなくなり、前回右手をとった二俣に着いた。腹に違和感を覚えてシャツを上げると、ヒルが一尾くっついていた。塩水をシュッとひと吹きすると、丸くなってころりと落ちた。足ではなく、真っ白な柔肌に食いつくとはグルメなやつだ。

    広場に立つカエデ         どうやって運んだのかドラム缶           どんな料理がのったのだろう

 入り口に低い滝が掛かる本流に歩を進める。ここまで来ると風情はなく、鈴鹿の何処にでもあるガラガラの谷である。しかし鈴鹿の最深部に一人でいる孤独感のようなものは感じる。谷尻谷は検索するとけっこう記事があり、一般コースのように錯覚するが、何度来ても人に出会ったことがない。やがて予想より早く大滝が現れた。30mというのは下段も含めてなのだろうか。驚くようなものではないが、ロケーション的には意外なものだ。予備知識がなければ驚くだろう。
 空はカンカン照り、はるか頭上から水飛沫が迫ってくるのは涼感たっぷりである。落ち口はえぐれておらず、尾根から水が飛び出してくるように見える。逆光なので写真は難しい。

       820m二俣                  30m大滝

 左から巻くしかないようだが、非常にいやらしい巻きである。ザレた急斜面を木の根を探しながら登る。落ちたら止まらない傾斜だ。それでも善右衛門谷左俣や犬返しの巻きよりはマシか。苦労して高巻きしたら、もっと下流からと思われる道があった。あほらし。しかしこれも明瞭ではない。滝上の流芯に戻る。やがて水量等分の二俣。奥村氏の絵地図は右をとっているが、私は直接クラシへ突き上げる左俣を本流と読む。今日はシニアグラス(老眼鏡と言わない抵抗)を持参したので地図がメチャよく見える。

 ガラガラ急傾斜の左俣を登っていく。カメラやストックを仕舞い、手も使って滝をこなす。水量が少ないので登山靴でOKである。途中で大きな落石を背負った木があった。一生重荷を背負っていくのか。どけてやろうにも人力ではどうにもならない。
 林床にスゲが生えブナ林が現れてくると、もうクラシの一角と言えるだろう。それでも谷尻谷の水源である側溝のような溝がまだしぶとく続く。左斜面に大木があった。木肌が真っ白で、まるで白樺のようである。近づいたらブナであった。胸高で二俣になっているので、やや下で測ると245cmあった。なんか、このクラスは続々見つかりそうである。

 上部はガラガラの急傾斜              重いよー                    白いブナ

 やがて丸坊主になってアッケラカンとしたクラシの丘に着いた。カンカン照りの太陽に晒される。御在所岳方面の青空に雲が湧き上がり、梅雨明けを待たず盛夏のような天気だ。誰もいないがイブネ北端のほうから単独者が近づいてくる。初老の単独者は「ここがクラシですか」と尋ねてきた。「まあそうですが、山頂の標識は東の尾根の先端にありますよ」と答える。以前から不思議であったが、何故あそこに標識があるのだろう。何にしても暑くてかなわないので木陰を探して休息にしよう。林の中のブナの根元にシートを敷いてくつろぐ。コンロも持たず、昼食タイムと言うわけではないが大休止だ。お握りを一個食べて横になる。木陰は涼しい風が吹き渡り、ものすごく気持ちいい。こんな爽快な気分は久しぶりだ。

 休憩してから銚子方面へ向かう。木の間に何かいる。バンビだった。こちらに気付かないので望遠で撮る。よく動くので被写体ブレしたり、蔭へ隠れたりでうまくいかない。銚子手前でイブネを眺め、その後熊の戸平を周遊する。大したことはないが、ブナとシナノキの太いのを計測。ジリジリと太陽に焼かれながらも、乾いた涼風が高原の雰囲気だ。2時になったのでもう帰らねばならない。

    クラシから御在所・国見岳               林の中に佇む小鹿                銚子手前からイブネ

     熊の戸平のブナ            同 シナノキ

 クラシへ戻って標識の尾根に入り、オゾ谷へ下りることにする。支流のマキガヒラ谷へ下りるこのルートは、一応バリエーションとして紹介されている。テープもあるが、お世辞にも良い道とはいえない。特に沢身へ下りるときは滑るようにザレを下降せねばならない。ここはいつか使ったが忘れていた。オゾ谷下降は疲れているので長く感じた。普通帰りは下りる一方だが、今日はまだ中峠を越さねばならない。そう考えるといっそう疲れが増す。谷沿いにある真っ暗な坑口の中を、フラッシュを焚いて写真を撮る。バサッと音がして肝を冷やす。蝙蝠だったか。

 ユデタコ状態で神崎川にたどり着き、川の畔に腰を下ろした。靴とソックスを脱いで流れに足を浸すと、魂が抜けていくほど気持ちいい。時計を見るともうじき4時だ。冬ならあせるところだが、まだ西日は高い。ゆっくり休んでから大トロに向かう。橋は鉄板が数枚抜け、全体が下流側に傾いている。下を見ず、大丈夫大丈夫と呟きながらスリ足で渡る。そうとう心臓に悪い。
 中峠への登りはクタクタで足が進まない。釣り時代なら駆け上がったものだが、もうあかん。渡渉の度に顔を洗い、タオルを冷やして絞る。ヘロヘロで中峠に到着して座り込む。10分ばかりして重い腰を上げ、ヨタヨタとストックに頼りながら伏木谷の急斜面を下る。駐車地へ戻ったのは17時過ぎ。10時間の行動時間だった。やはり盛夏はペースが落ちる。

       マキガヒラ谷               水没するオゾ谷の坑道                 中峠東から釈迦ヶ岳

 花は何もなかったが、一箇所シ○ウキ○ンを見つけたのが収穫だった。