犬帰し谷探検 02.05.05
御池岳犬帰し谷は検索をかけても記事が無い。私が以前書いた記事(最近削除)のみである。誰も人が入らないかと言えばそんな事はないだろう。HPを開設しているのは登山者の一部なのだから。ただめったに人が入らない事は確かである。
朝の天気はイマイチ。ガスで山が何も見えず、気分が乗らない。良くなる予報を信じて出発。R306をコグルミ谷登山口に向かう途中に赤い橋がある。この橋の下が犬帰し谷である。橋と谷の落差は20mくらいある。手前の薮の中に保守のためのロープが垂れているので、それに縋って基礎まで一段降りる。そこからは木につかまって急降下して谷に降り立つ。谷の中はゴミだらけである。ビン、缶、タイヤ、果ては電気製品まで。不心得者が橋の上から放り投げるのだろう。
しかしその先は原始の雰囲気。1〜10mくらいの岩がゴロゴロしていて歩きにくい。全くの涸れ谷だ。2年前の冬に入渓したときは積雪で石の間の穴が分からず、胸まではまり込んで難儀した。3箇所くらい大岩に阻まれる場所がある。ルートを探しながらの遡行なので意外と手間がかかる。軍手を脱いでメモをとろうとしたら手にヒルがくっ付いていた。幸い吸血前だったが先が思いやられる。細かい雨が降ってきた。雨だけは勘弁してほしい。
20分程歩くと最大の難関「犬帰しの滝」に会う。まず5m程のステージがあり、その上に高さ15m程の絶壁が谷いっぱいに立ち塞がる。両岸も絶壁だ。悪魔の長良川河口堰のようにぴしゃりと谷を閉じている。中央は濡れた垂直のフェースで問題外。右端はチムニー状だが垂直で怖い。左端にやや傾斜のある岩盤が登っており唯一の弱点に見えるが、その上はハングしている。岩盤の上から左へは登れなくもないように見えるが高さがあるので確保無しではとても怖い。写真ではスケールが良く分からないが、真下に立てば圧巻である。
2年前は二人連れだったし積雪のせいで低く見えたのか途中まで登ってみたが、今日は最初から犬のように尻尾を巻いて退散。犬帰し谷の名は惟喬親王(844〜897)が犬を連れてこの谷へ入ったが登れなかった事に由来する。
少し戻ってみるが、やはり雪が無くても巻き道は分からない。結局2年前と同じ左の急斜面を強引に登る。濡れた土で油断するとズルズル滑り落ちる。崩落した岩の間が渡れず、一段降りてトラバース。ルンゼの上部へ出る。前回のビデオテープのようだ。上流側へは岩盤に阻まれて進めず、ひたすら下流側へ追いやられながらトラバースして、尾根に出る。ここからも急登が続き、やっとのことで大岩と窯跡のある平らなコバに出る。
ここから左へ道形があるのでそれをたどる。前回はこのまま尾根をたどって丸尾のP906に出てしまったが、今日は何としても谷に戻らねばならない。右側を注意しながら登る。一段下に道形があったので降りてみる。なんと赤リボンがある。しかしそれも二つきりで無くなってしまった。この先谷へ降りられそうな箇所があったが、降りたらまた滝の下だったという悲劇が怖くてさらに進む。木が茂って谷底が見えず、何処まで来ているのか分からない。
もういいだろうと思うが今度は急斜面で降りられない。仕方なく懸垂2回で谷へ降りた。見たことの無い景色なので明らかに滝は越している。この先は未知の世界だ。時刻は9:15、標高550m。水流が現れた。窯跡在り。いつの間にか天気は回復して急速に乾いた空気が支配するようになった。
右斜面からしきりに落石があるので、良く見たら何と猿が2匹手で石を落としている。縄張りに入った私に警告しているのだろうか。しかし石を落とすとは可愛くないやつだ。やがて入渓点の殺風景な涸れ谷から想像もつかないほど水流が増えて立派な渓流になった。左岸は歩ける広さがある。620mで左から細流が合流してきた。この先は谷も狭く急で、苔のついた石が滑って歩きにくい。少し山菜を頂いていく。
君がため 猿の野に出て 若菜つむ わが衣手に 石は降りつつ
谷は狭まり渓流シューズで濡れていかないと登れそうも無い滝が出てきたのでそろそろ左の尾根に逃げる事にした。かなり登った所で大失態に気付く。水を汲み忘れた。水がないと食事が喉を通らない。仕方無しにまた降りる。高度がもったいないのでトラバースしながらなるべく上流に下りたら滝を巻いてしまって、また沢を歩けるようになったのでそのまま進む。
傾斜がだんだんきつくなり、水は無くなりガラガラの岩くずの上を歩く。丸尾に向かう機会を失って直登していくと草つきの斜面となり稜線が見えてきた。背後を振り返ると一気に視界が開け、焼尾山東尾根の向こうに烏帽子岳が端正なたたずまいを見せている。県境稜線まで傾斜はきつく足が上がらない。自然にジグザグを切って登る。ポツリポツリとカタクリが咲いている。団体さんの話し声が聞こえてきた。変人に思われるといけないのでのでヘルメットを脱ぐ。稜線に這い上がると団体さんの通過中だったのでやり過ごす。
出たところは冷川岳北側の1,000m付近だった。快適な登山道を涼風に吹かれながら冷川岳に向かう。イワカガミが満開である。山頂で高度計を確認。ほぼ正確だ。休憩に入った団体さんを抜いて白船峠へ降り、そのまま真ノ谷へ下降する。テント場へ向かうトラバース道ではなく、一直線に150m降りる道だ。この道のほうが雰囲気が良い。途中で20m程の距離でリス発見。じっとしている。息を殺してカメラを取り出し撮影する。いつも逃げられるが今回は成功。さらにアップで撮りたくてジリジリと距離を詰めてもう一枚。そのあとリスは脱兎の如く駆け出して消えてしまった。
誰もいない真ノ谷出会いで休息。下降途中で見た奥ノ平の林へ直登したい誘惑に駆られるが、夕方に家族サービスが待っているし、帰途犬帰し谷支流の探査も残っているので諦める。時間つぶしにゆるゆるとバイケイソウやニリンソウを愛でながら上流への散策を楽しむ。テント場へたどり着くとやはり2組のパーティーが昼食中だ。少し話してまた上流へ。カエデが赤い花序をぶら下げている。カタクリ峠分岐手前のトチノキを見上げると出たばかりの葉が風に揺られている。青空と新緑がまぶしい。まさに風薫る五月だ。
カタクリ峠にはたくさん人がいた。腰を降ろしてコンパスと地図を出して方角を確認する。東北東に丘を越えて奈落の谷底に滑りながら下りていく。コグルミ谷右岸尾根東の谷で、犬帰し谷の有力な支流だ。560m付近で本流と合流するはずだ。落ち葉の堆積する谷で少し湿っている。傾斜は大した事は無く困難な滝もない。やがてサワグルミの大木が現れてコグルミ谷の雰囲気だ。水流が現れたので掬って飲む。780から740mにかけて窯跡が点在する。昔の人は神出鬼没だ。多分谷詰めではなくコグルミ右岸尾根からこの辺りに入っていたのだろう。また水は消え石灰岩の谷となった。660mで同規模の二俣。ゴロゴロの石灰岩を下って2:38本流と合流。休息。
この先は往路で巻いてきた所で初見。下流部にまさる巨岩が散乱する凄絶な谷だ。こんなものが落ちてきたら人間など地面の染みとなって消え去るのみだ。手足を使って下降し、520mでとうとう犬帰しの滝上部へ出た。下を覗き込むと目が眩む。行きに目をつけておいた右岸の木にロープを掛け、下に放り投げる。ハーネスにエイトカンをセットして懸垂下降だ。
懸垂は支点やザイルを信用して最初に体重を預ける時に緊張するものだが、ぶら下がってしまえば心強い制動で鼻歌交じりである。30m折り返しでぎりぎりの長さだった。降りたあとプルージックをとり、登り返したりして遊ぶ。ロープを回収して往路を戻る。最後に橋の上へ登り返すのに息が切れた。車に着いて恐る恐る靴を脱ぐ。被害状況を調べるが只の一箇所も食われていなかった。天気が回復したからだろう。ともかく良かった。