茶屋川又川谷から竜ヶ岳    00.10.8

 昔、政所から伊勢へ抜けるには山ノ神峠を経て焼野へ出、コゴロク谷(シガノ谷)から石榑峠へ出ていたようである。その他、クラ谷峠越え、八風越えがある。八風峠は石榑峠に比べて遥かに標高が高いのに良く利用されたと言うのは、やはり、石榑峠越えが難路だったのだろう。

 もう一つ、又川を遡行して、白谷へ入り、白谷峠を経て石榑峠へ出る道もあったらしい。現在又川は釣り人以外殆ど入らないようであるが、竜ヶ岳や静ヶ岳への登路として使えないことは無い。三重県側に立派な登山道があるのだから、物好きに限られると思うが。

 山人さんの著書「鈴鹿夢幻」に「又川谷から国境へ 竜ヶ岳」というのがある。私も又川は入ってみたかった谷である。ここは釣りでもやっていない。同じコースではなく、左又の大井谷をつめて静ヶ岳へ登ろうと思っていた。それで山人さんにメールで問い合わせてたら「廊下があるので登山靴では行けない」と言うアドバイスをいただいた。

 天気予報は良くない。このところ沢へ入ろうと思うと天気に恵まれない。どうするか迷っているうちに時間がたっていったが、思い切って出掛ける。

 石榑峠を越えて、滋賀県側へ出ると多少明るくなった。いつもながらこの峠はカーブが多くてイヤになる。八風谷を過ぎて、しばらくで茨川林道取り付き。未舗装ながらしっかりした道を進む。カシロ橋を過ぎて、左に90度曲がるところが出合である。しかし道からは見えない。

 広くなった所に車を止めて、沢登りの足ごしらえをする。帰りに備えて登山靴をザックに放り込んで出発。適当に斜面を降りて入渓。出合までにすでに川へ入らないと渡れない。美しい出合で時計は9時1分(写真)又川出合

 最初は平瀬が続き、全然高度が稼げない。川は何度も屈曲し方向感覚が分からなくなってくる。ブッツケには淵ができていてとても靴を濡らさずには通れない。ナイロン製のトレッキングシューズで水に入るか、ベストは渓流シューズである。

 小規模な廊下を過ぎると分流していて、広い中州がある。ヤマトリカブトがきれいに咲いていた。ここまで20分。さらに河原歩きを続けて40分で白谷出合に着いた。水量は大井谷と等分である。地図を見るともう半分近く来ているが、高度は100mも上がっていない。

 大井谷に入るとすぐ右手に小広い台地があり、炭窯の石組みがあった。深い釜を持つ4m滝そして4mの垂滝に突き当たる(写真)。周囲は絶壁に囲まれている。「鈴鹿の山と谷」には手強い滝であると書かれているが、手強いどころか登る気のしない滝である。釜が深いので、落ちても怪我はしないが寒いのでずぶ濡れは御免である。戻って右から高巻。

 ひな壇の滝があって、右手から水量は少ないが高い滝が落ちている。山人さんはここから右へ行かれたのかな?私はまっすぐ大井谷を詰めていく。又川とすっかり様相が変わり、ゴーロ、廊下、滝の連続である。ルートファインディングで疲れるところである。

小滝は直登し、大きい滝は巻く。釣り人のものか昔の大井越えの名残か分からないが、たいてい探すと巻道はある。但し、安定はしていないので注意が必要である。

 なんだか疲れたと思ったら休憩せず歩きどおしだったので少し休む。薄暗くて、鹿の鳴き声と沢音以外何も聞こえない寂しい谷である。写真はすべてストロボをオフにしてスローシャッターで撮影したものである。雨が怖いのですぐ出発する。

 相変わらず小滝は続く。10mの斜滝を過ぎてから傾斜は徐々に急になってきた。この辺から谷は左右に屈曲し、その度に支流が分かれる。最後の難関の6m滝(写真)が現れた。6mの滝

 これは落ちたら痛いでは済まないので、巻き道を探すが簡単なものは無い。戻って草付きの急斜面を這い登ってトラバースした。怖かった。

 やがて水は涸れガレの急登となった。しんどくてアゴが出る。高度計を見るともう県境に着いても良さそうなものであるが、ガレは延々と続く。竜ヶ岳の県境三叉路と静ヶ岳の間の最低鞍部は920mである。高度計はもうじき1000m。どうも最後にコースを誤ったようである。 

 ガレ沢にしびれを切らして右手の笹薮に這い上がった。霧の中の笹原で、見えるのはまばらに生えているシロヤシオの木だけである。しかも沢の中と同じ傾斜である。葉っぱをつかんで喘ぎながら登る。ともかく高い所へ行けばいつかは登山道に出るはずと、ムチを入れる。

 12時08分、ついに手強い笹がすっぱりと無くなって、異常に広い登山道に飛び出した。すばらしい、まるで高速道路だ。どうも傾斜が無いので県境三叉路付近らしい。地形図を見ると最後の二俣(850m)を右に入ってしまった模様。まず、おにぎりを一個食べる。フリーズドライも持っているが、風が強く小雨がぱらついているのでゆっくりする気にならない。

 本当は大井乗越に出て、静ヶ岳に登り、西尾根を適当にくだる予定だった。ガスの中、下りも道無き道で雨に降られては遭難しかねないのでやめた。竜ヶ岳に登って、登山道を石榑峠に降りることに決めた。車まではヒッチハイクだ。果たしてこの汚い格好で乗せてくれる人があるかなあ。

 竜ヶ岳山頂12時25分着。10人位のパーティーが休んでおられた。いつの間にやら、金属製の立派な方位盤が設置されている。しかし今日はガスで何の役にも立たない。ここで泥だらけの渓流シューズとスパッツを脱いで足を拭き、登山靴と履き換える。乾いた靴下が心地よい。

 しばらく休んでいると、また小雨が降ってきたので雨具を着て石榑峠へ急いだ。抜いても抜いても団体さんにぶつかる。「何処からいらっしゃったのですか」といちいち聞いてみる。もちろん車に乗せてもらおうという下心からである。名古屋、四日市、紀伊長島で、滋賀県側に降りる人は皆無。やはり、世の中甘くはない。この道、また掘割がひどくなっているように思う。30分もかからず、峠に着いた。

 さて、家に携帯で迎えに来いと言う手もあるが、必要なものは現地で調達するのが山ヤである(山ヤなら歩け・・・の声あり)。おあつらえ向きに、滋賀ナンバーのエスクードがいたので頼んでみた。「いいですよ。紅葉の様子を見に来たんですが、いまから帰るところです」 こんな幸運があってもいいのだろうか。まるでタクシーを待たせておいたようなものである。

 林道出合まで歩いたら1時間半はたっぷりかかる。有りがたや、有りがたや。さすがに林道は未舗装なので歩くつもりでいた。取りつきで「ここで結構です。有難うございました」と言った。「車までどれくらいあるの?」「さあ、4キロぐらいですかねえ」

 「そりゃ、大変だ。行ってあげましょう」 この人が神様に見えた。私も図々しいから断らない。道中、茨川をご存知ないというので講釈をした。そしたら見てみたいとおっしゃって、私を降ろしてから更に奥へ行ってしまった。八幡のおじさん、ありがとう。

 人間現金なもので、心配事が無くなったら腹が減ってきた。大井谷で汲んできた水できのこソースのパスタを作って食べた。美味、美味。


MEMO

 ここは夏に防水したザックで、シャワークライミングしたら面白いと思う。ただし詰めでヒルにやられる可能性はある。主な滝でGPSによる測地を試みたが、衛星を2個以上捕捉できず失敗に終わった。それにしても長い谷だった。

 このような難路を炭を背負って歩いた先人のご苦労が偲ばれるともに、その強靭な足腰に畏敬の念をおぼえる。大井乗越しから先は遠足尾根を下降したらしい。そのまま銚子谷へは、危なくて下れない。