静ヶ岳の合戦 03.01.05
同行者 H
今年の初登りはどこにするか迷ったが宇賀渓から静ヶ岳にすることに決めた。多分人がいないと言うことと、途中までトレースが期待できると言う理由。H君はもと自衛隊員で三年ぶりの同行である。99年の6月に誰もいない三池岳で景色を眺めていたら若い兄ちゃんが現れて、つれづれに話し込み帰路を同行した。その5ヶ月後、晩秋のセキオノコバで一人たそがれていたら、ひょっこりと現れたH君と再会。これが女性ならロマンチックだが、自衛隊の兄ちゃんでは色気の無い話である。それで山友達になり、数回同行したが転勤でいなくなってしまった。先日、勤務替えで戻ったと言う連絡があり、本日の山行となった。彼は自衛隊の支給品を山に持ってくるので面白い。ラーメンを作るのもハンゴウである。
強い冬型の気圧配置になり、一級の寒波が来た。吹雪になるかと思いきや、下界ばかりか山もはっきり見える快晴になり、キツネにつままれたようである。車から今日登る竜ヶ岳付近もくっきりと見えている。いつも盛況の宇賀渓駐車場には誰もいなかった。皆さん明日から仕事なので控えたのだろうか。風があってものすごく寒いので初めからフル装備。準備運動に林道を歩く。水溜りはカチカチに凍っている。ホタガ谷登山口で休んでいたら、おじさんが一人やって来た。竜ヶ岳へ登る由。8:50出発。少し遅くなってしまった。
最初は全く雪が無い。470m、斜面崩壊でロープが張ってある辺りから少し雪が現れてきた。谷沿いは全く風が無く、暑くて汗をかいたが水場まで我慢する。640m、橋の右手に小さな滝が合流する所で休憩。水筒に水を汲んでいたら、おじさんが追いついてきた。ネックウォーマーや耳当て帽子を取って出発。いきなり植林の急斜面。だんだん雪が深くなるが、正月のトレースバッチリで歩きやすく苦労は無い。やがてホタガ谷沿いの傾斜が緩やかな河原歩きとなる。ここは雰囲気のいい所だ。まだ無風で陽射しが眩しくサングラスが欲しいほどだ。
広く開けた笹の源頭になると益々眩しい。稜線の向こうには真っ青な空。背後を振返ればコンビナートの煙突と伊勢湾、長島の河口、知多半島までよく見える。遠足尾根出合に這い上がると北に藤原岳が手にとるよう。御池岳もよく見える。その間に白く輝いているのは霊仙の谷山か。左へ急登をこなしクラの手前へ出たら息も出来ないほどの烈風に襲われた。恐れ入って少し戻り、ネックウォーマーを付けて鼻まで隠し冬用帽子を装着し、ヤッケのジッパーを首まで引き上げて完全防備。
まだトレースはバッチリだ。雪が締まっているのかと思い、脇道へ踏み込んでみたがゴッソリ沈む。表面はカチカチだがその下は柔らかい。傾斜の無い道をクラから三叉路方面へ進む。写真を撮るのでなかなか進まない。カメラを扱うときは素手になるが、すぐに冷やされて猛烈に痛くなってくる。何という寒さだ。息苦しいが鼻を隠していないとトナカイになってしまう。鼻水が出てきてネックウォーマーが濡れるが、そんなことを構っていられない。寒いと何故鼻水が出るのか。如何なる効用があるのか不思議だ。やがて県境三叉路に着いた。案の定、治田方面に踏み跡はない。ここから静ヶ岳まで長丁場だ。タイムアウトの可能性も大いにある。
尾根に出るまで急斜面のトラバースとなるが股まで足が沈んでしまい、もがくだけで全然進まない。悪戦苦闘の末やっと尾根に出る。距離は短いが時間を食ってしまった。ここでワカンを装着。H君はワカンを持ってこなかったので私が終始先頭を引き受ける。表面はパリッとした雪なのでワカンの威力絶大だ。しかしどうかすると落とし穴状態になる。文字通り薄氷を踏むが如く慎重に進む。片足が潜る前に反対の足に荷重を移す。この奥義を会得すれば水の上でも歩けるはずだ。そうならないのはこの考えに何か理論的欠陥があるのだなあ。
やがて殆ど潜らなくなり、まっさらな稜線上の快適なスノーハイクとなる。口笛でも吹きたいぐらいだ。ブナの樹幹流が凍結して、薄い氷の衣を纏っている。飴のように光ってきれいだ。左から茶屋川大井谷、右から銚子谷支流の這い上がってくる最低鞍部を過ぎ、登りになるとまた足が沈みだした。これはしんどい。登りのラッセルほどつらいことはない。雪との格闘、まさに静ヶ岳の合戦だ。ちなみに秀吉と勝家の合戦があった山は賤ヶ岳(しずがたけ)と書く。靴だけで登っているH君は四つん這いになってもっと大変だ。死力を尽くして・1006の分岐にたどりついた。時刻は12:20。
ちっともH君が追いついてこないので二重稜線の凹部(セキオノコバ)に腰を落ち着けて湯を沸かし始める。ホタガ谷で汲んだポリタンの水はカキ氷のようにジャラジャラ鳴った。ペットボトルのお茶は出口に氷が詰まって飲めない。ザックにぶら下げた温度計はマイナス6度を示していた。ラーメンが出来てもまだこないので迎えに行く。「おーい」と声を掛けたら返事があったので安心する。コバはウソのように殆ど無風だ。素手でも何ともない。やはり風が一番の強敵だったのだ。ラーメンのあと正月らしくもちを焼いて食べた。
1:10。静ヶ岳にアタックをかけるのは微妙な時間となったが、帰りは自分達のトレースがあるので早いだろうと踏んでザックをデポして出発した。この尾根こんなに長かったっけ。また斜面で足を取られながら、1:35山頂に到達。南側が絶景だ。釈迦ヶ岳、御在所岳、雨乞岳の手前にはイブネ、銚子ヶ口の稜線に頭一つ出ているのは綿向山か。素手でパノラマ写真を撮っていたら指がちぎれるほど痛くなってきた。電池も時々取り出して暖めなければ動かない。北側は樹林が密生しているので御池、藤原方面は撮影不可。藪に踏み込んでみたがいい写真は撮れなかった。
帰路は同じコースを戻る。三叉路手前で小雪が降ってきた。クラの下まで来ると順光となった東の下界がよく見える。名古屋方面に一際目立つツインタワーが輝いている。ホタガ谷はいつも下山時にものすごく長く感じる。日の当たらない下部ではヘッデンがいるほど薄暗くなってきた。4:44登山口着。ここで一息入れてから林道を歩き、5:15に駐車場に着いた時は真っ暗になっていた。ミルクロードではヘッドライトに照らされた雪の粒が、舗装の上で渦を巻き踊り狂っていた。路面が濡れず、雪が流れるときはかなり低温である証拠だ。明日は積もるだろう(翌日自宅の周辺は12cmの積雪となった)。そして我々のトレースは今日限りのものとなり、また山は深い雪に閉ざされるのだ。