山秋谷から三池岳   02.06.09

 

 吊り橋 山秋谷はメジャーではない。WEB上でも遡行記は見たことが無い。ご存知ない方のために言えば宇賀渓南河内谷の支流で、三池岳に突き上げている谷である。支流と言うには長大で、天狗谷方面に匹敵する。別名山伏谷。この二つは字が似ているのでどちらかが誤記で広まった可能性がある。山秋は意味が不明なので山伏が本当かも知れないが、地図では山秋が優勢なのでここでは一応山秋谷としておく。

 この谷は以前釣りで数回入ったことがあるが、無論水流が減って魚がいなくなったら遡行する理由も無いので源頭まで詰めた事はない。通しで歩ける道は無いので往復とも殆ど川の中だった。以前マムシに通行を阻まれた事があるので、念のためネオプレーンのスパッツを着けていくことにする。

 今日はカラッとした快晴で、車中から山並みがくっきり見えた。朝8時、登竜荘西の水晶キャンプ場入り口に車を置いて出発。キャンプ場の敷地を通って吊り橋を渡る。のっけからきつい階段登りだ。この道は福王山の西を巻いて切畑に出る東海自然歩道だ。やがて道は水平になり、のち急降下して谷を渡る。この谷が山秋谷だ。小さな谷に見えるがこれがなかなか流程が長い。

 美しい淵自然歩道と別れて川に入る。進むとすぐに滝と釜のセットが二つある。まだ腰まで濡らす勇気がないので、脛までとして端っこを通過。暫らく平瀬となるが、385m付近で深い淵を左からヘツると、その上に狭く小規模なゴルジュがある。手を突っ張って通過するとまた深い淵。釣りのときはヘツるが、今日は沢遊びだからパンツまで濡らして通過。

 すぐ4m滝の垂滝。程よい困難さで飛沫を浴びて直登。落ちはしないが、万一落ちても滝壷で安全である。また4m、8mと滝が連続する。まだ下流であるがこの辺りがこの谷の核心部である。8m滝の下でちょっと竿を出す。最近手に入れたインチキ餌が有効かどうか試した。アマゴが一尾。すぐリリース。一応釣れるようだ。しかしこの後は釣れず。天然餌にはかなわない。この滝は竿をたたんで右の壁を登って巻く。

 

狭いゴルジュ4m滝8m滝

 暫らく平瀬が続いたあと、クランク状のミニゴルジュ。左をヘツる。暫らく歩くと低いが簾状の美しい滝。450m辺りから川は南へ向きを変え、雛壇のような小連瀑をUの字の底辺としてまた北へ向かう。485mで二俣になり、右が本流だ。この二俣で右岸を這うパイプが寸断されている。この配管は昔八風牧場へ水を引いていた導管である。

 八風牧場とは三池岳から東へ延びる郡界尾根の先端、標高約500mにあった牧場である。今でも尖がった三角屋根の建物が残っており、場所によっては下界からでもよく見える。田光の諸岡氏が経営されていたが、とうに廃業となっている。切畑から牧場まで林道が開かれているが、牧場の廃止とともに道は荒れ現在通れるかどうか知らない。7年前にジムニーで上がってみたが、とても普通の車が通れる道ではない。

 二俣の上は小滝と淵が連続する。この辺りは左側の平地を歩けるので無理に滝を登ることもない。そこを越えると谷は狭まり薮が濃くなってくる。この谷ももはやこれまでかと思わせるが、また開けて520m位に6m滝が二つある。両方とも大きな釜を持ち、牧場の水はここから取水していた。どうやって計算したのか知らないが標高差からしてうまい所から引いていたものである。前はここに取水用の風呂桶が放置されていたが、今はない。

 二つの滝は左に巻き道がある。暫らく平瀬を進む。560m付近まで来ると水量は減り、めぼしいポイントもなく釣りのときはここでジ・エンドとなる。だからここから先は未知の世界。興味深々で先へ進む。590mで巨大な石が谷を塞いでいた。しかし近付いてみると右側が階段状になっていたので難なく通過。この上にまだ淵が二つあった。660mでしぶとく5m滝。飛沫を浴びて直登。その上は巨岩が堆積する急登となる。690mでついに水が切れた。ここから水を担ぐのも馬鹿らしいし、稜線は風が強そうなので11時だが昼食とする。

取水していた滝の下堆積した大石チムニー状の滝

 湯を沸かしてパックの味御飯を暖める。水の音と鳥の声以外は静かなものだ。たった一人の孤独とそれに相反する喜びをかみしめる。

「一人でいることの恍惚と不安とふたつわれにあり」 (ベェルレエヌ改)

 地図を出して眺める。水平距離にするともう終盤だが、標高差にするとまだ半ばをすぎた所である。ここから斜度がきつくなる正念場だ。腹ごしらえを済ませて11:40出発。

 薮をすぎるとまた水流が現れる。このあと伏流と表流を繰り返し、水はしぶとく生き残る。740mで左から崩壊地が上り、僅かの水が岩盤に滝をかけている。ここからでも登れそうだ。お菊池辺りに出るのだろう。やがて花崗岩が点在する草地になって背後の景色が開け、大安町の集落がよく見える。800mで人一人分のチムニー状の斜滝。手足を両側に突っ張って登る。その後4mの垂直の滝が現れ飛沫を浴びて直登。源頭でこんなことになるとは。この辺り木陰で涼しい。

 長い樋状の滝を抜けると今度こそ完全に水切れ。ボロボロのガレの急登だ。最後の二俣をどちらへ行くか迷う。同じような状況だ。右を選ぶ。浮石だらけの狭くきつい斜面を手も使って登っていく。石が脆いのでそろそろ尾根に逃げる事にした。ところがこれが失敗。強烈な薮となる。所々でザックからはみ出た釣竿が引っ掛かって引き戻される。薮漕ぎには仕舞い寸法50cmの竿はご法度だということは体験済みだが、こんな事は予定外。

 ベニドウダンシャクナゲとチクチクの潅木に遅々として進まない。やがて一歩も進めない猛烈な密林となる。仕方ないので左の谷へいったん降りる。先ほどの左の谷の源頭か。笹を漕いでやっと登山道に出た。はて、ここは何処かいな?左側が高いので登ってみたらすぐ三池岳山頂だった。時刻は12:30。実に4時間半を要した。まあ釣りをしたり昼食をとっていたので、登りに専念すれば3時間半というところか。

 三池岳には登山者が一人。私が変な格好をしているので、どこから登って来たんですかと聞かれる。ここで釈迦ヶ岳から天狗堂までの絶景を見ながら暫し休息。快晴だがここの景色はすでにパノラマ写真にアップしてあるので撮影せず。それにしてもすごい風だ。

 三角点に向かう。ここからは御池岳がよく見える。サラサドウダンが咲き残っていた。カメラを向けるも強風で揺すられるのでうまく撮影できない。さらに東へ向かう。この樹林帯は好きな道の一つだ。ベニドウダンの花が落ちて道に散りばめられている。見上げればまだ木にも残っている。何人か登山者に出会った。お菊池はヌタ場と化していた。水のないお菊池は始めて見る。この日照り続きでは無理もないか。これでは皿を割っても身投げは不可だ。その先の射撃場へ降りる道の分岐でベニドウダンの古木に登って花を撮る。

 さて車は宇賀渓にあるので射撃場へ降りたのではまずい。郡界尾根に乗って八風牧場へ向かう。この尾根は登山道ではないが踏み跡がある。等高線を見れば分かるように最初は逆落としの急降下だ。そのうち踏み跡を外したのか元々無いのか分からないが、道が無くなった。コンパスを頼りに適当に降りていく。渓流シューズは落ち葉に弱く、滑りまくって難儀する。なんとか600m付近まで降りたら左側に山秋谷が見えているではないか。北に振りすぎたようだ。

竜ヶ岳と・699の尾根八風牧場千手観音のようなモミの大木

 地形図を見ながら南にトラバースする。この辺りは二万五千図の継ぎ目に当たるので読みにくい。いったん谷を横切って尾根に出たら境界杭があった。この尾根に間違いない。とても快適な道になったと思えば、突然なくなったりもする。小さなピークを越えると520mでやっと切畑からの林道に出た。高速道路のように有難い林道をテクテク歩いていく。やがて左に懐かしい三角屋根。20代の頃ここでキャンプをしたことがある。建物は健在だが周囲は草だらけ。ガラスは割れて中は荒れ果てている。

 あとはモミの大木が点在する、よく整備された東海自然歩道で水晶キャンプ場に戻るだけ。朝の山秋谷を横切った所で埃にまみれた渓流シューズを洗う。吊り橋には家族連れがたくさんいた。