神懸からハライド    03.04.27

同行者  とっちゃん

  先週は梅雨のような天気が続いた。雨の降り出しの前日(火曜だったか)に素晴らしくいい天気で、双眼鏡で山を眺めていた。木々が芽吹き、ごく薄い黄緑、萌黄色、、緑、常緑樹の濃い緑にヤマザクラのほんのりしたピンクが交じり、山は段だら模様の賑やかさだ。こういう状態を「山笑う」という。子規の句が語源だろうか。漢詩にもあったような気がするが。
 そのなかで朝明川右岸のコブ尾根辺りに派手なピンクが散らばっていて目を惹いた。アカヤシオだ。あの辺りに行こうと単純に思った。

 林道出会いの滝随分前に朝明から南コブに行ったことがある。今回も同じでは面白くないので鳥井戸を起点にし、倍上げ谷(ましやげだに)から神懸(かみかけ)に登り、さらにコブ尾根を縦走しようと計画した。倍上げ谷、神懸は名前が面白いということもある。神懸に神懸り的な雰囲気はありや。
 急遽とっちゃんが参加することになったので希望荘前の駐車場で待ち合わせた。車二台の利点を生かして朝明に降りようかとも思ったが置き車に行くのも面倒なのでやめた。

 8:15頃出発。希望荘の東を巻いて東海自然歩道を辿る。よく整備された井戸谷沿いの道を進み、おおるり橋・かけす橋と渡っていく。とっちゃんが「鳥の名前の橋や」という。言われるまで気付かなかった。なるほど、野鳥が良く鳴いている。倍上げ谷は出合より手前に炭焼き道があるようなので渡渉点からそれらしき道を真っ直ぐ山に入った。植林の丘を越えたら眼前に立派な舗装道路が出現してガックリ。勘弁してくれといいたくなる。

 この谷の下部はコンクリートの堰堤だらけに成り果てていた。仕方なく道路を歩く。しばらく歩いて橋の手前左奥に8m程の滝が掛かっているのが見えたので、ここから入渓する。いきなり急な巻きだ。小規模で水流も少ないが、ヤマザクラの花びらが散り敷く、それなりに美しい谷である。大きな窯跡があり、左側は石積みの護岸工事の跡がある。手積みの小さな堰堤も何箇所かあり、炭窯の大きさといい、昔はかなり山働きの手が入っていたようだ。西尾本によれば伏木谷にあるのと同じオランダ式の堰堤らしいということだが、私には何がオランダなのかさっぱり分からない。

 大きな窯跡明治初期、政府はオランダからファン・ドールン、デレーケなどの技術者を招聘し、主要河川の改修を委嘱している。まさかこんな所まで直接来たわけでもなかろうが、素人考えではこの谷はその技術を伝えるための職人の実習の場ではなかったのだろうか。そうでなければこんな平易な谷にたくさんの堰堤の必要はない。これは伏木谷の隣の伊勢谷にもある。

 水流が少ないとはいえ、渓流シューズではないので歩ける場所は限られてくる。炭焼き道は所々跡が見られるが連続したものはない。この谷は分流していて、中州状のところが歩きやすい。花は殆ど無くキランソウ、スミレ、ヤマルリソウが僅かにあるのみ。最後の二俣手前に広場があり、大休止。水を汲む。左の谷を選び、籔っぽい滝を直登して詰めの斜面を一踏ん張りすると痩せ尾根の稜線に出た。青岳から国見、御在所方面の展望が木々の間から覗く。アルプスを思わせる素晴らしい景観だ。ただ、枝が茂りすぎて写真になりにくい。

 痩せ尾根を笹を掻き分けて左へ登るとほどなく神懸山頂に着く。砂地に松のあるいい雰囲気の場所だ。疎林の間から垣間見える、藤内壁という骨を剥き出しにした御在所岳が圧巻だ。自宅からとほぼ同じ角度だが、近い分だけ迫力がある。小さなプレートがあったが文字は消えていた。倍上げ谷源頭の乗越しまで戻りながら撮影ポイントを探すが、やはり枝が邪魔をする。木に攀じ登って撮影する。

神懸山頂鎌ヶ岳と御在所岳

 神懸から戻り今度は真北にコブ尾根を目指して登る。相変わらずの痩せ尾根だが樹林が密で転落の恐怖は無い。それよりも背丈を越す笹がやっかいだ。地図の距離は大したことはないが意外に長く感じた。760mでコブ尾根に到達。と言っても南コブ・ハライド間の縦走路とは一つ筋の違う尾根である。今までこの尾根に隠れていた釈迦ヶ岳が全貌を現わす。春にしては上々の天気で、松尾尾根の頭を頂点にして左右に翼を広げる姿が見事だ。

 西に向きを変えハライド方面に向かう。ありました、双眼鏡で見たアカヤシオ。だがもうトウが立って花弁がしおれかけている。進むにつれてミツバツツジとアカヤシオが次々と現れる。ミツバツツジは今まさに盛りだ。アカヤシオも元気のいいのが交じってくる。人工的ともいえるほど派手な色である。アカヤシオなど御在所岳に行けばいくらでもあるのだが、ありすぎは派手な色のせいでくどい。その点この尾根は絶妙な間隔の配置で私好みである。

 右手に釈迦ヶ岳、左手に御在所岳、そして目の前には躑躅の花々を愛でながらの稜線歩き。なかなか贅沢ではないか。この縦走路はガイド地図ではまだ認知されていないが、踏み跡は充分で心配の無いものである。そして御在所や藤原の渋滞とは無縁の場所である。上六谷源頭手前のガレへ出ると樹林が消えて、まさに胸のすく絶景が欲しいままである。このガレは脆いのであまり谷に近付くと危険である。と言いつつもいい撮影ポイントを探して歩き回る。

 ハライド東端山腹には絶妙にツツジの赤が配置されて、まさにこの時期限定の風景である。写真ではその良さが表現できないのが残念である。上六谷のコルへ降りるとキツイ登りが始まる。途中のガレ場も釈迦ヶ岳展望の好ポイントである。この辺りは初めてではないが、こんなに天気がいいのは初めてである。東端から西は二万五千図に現れない小ピークが幾つかある。

 腰越峠からハライドを見上げるハライド山頂・908の手前に見晴らしのいい広場がある。そこでお昼にする。陽射しが暑い。一時的に日が翳るとちょうどいい具合だ。今日のおにぎりはコンビニ製ではなく、ふっくら手作りである。かといって愛妻弁当でもない。私は気が小さいので、しょっちゅう行く山遊びに一々「弁当作ってくれ」とカミサンによう頼まない。実は「おにぎり村」という店で買ってきた。炊き立て御飯に注文の具を入れて店のオバちゃんが握ってくれるのである。北部の山へ行くときは買えないが、南へ行くときはここで買う。そんな話はどうでもいいのだが、つい美味しいので書いてしまった。食後にとっちゃんのコーヒーを頂く。

 ハライド周辺で3組ばかりの人に会う。以前はそんなに人の来る山ではなかったが、青岳への道が整備されたからだろうか。皆さん「どこから来られました?」と尋ねてくる。やはり人のコースが気になるようだ。その中で二人組みのオバちゃんと話し込んだ。私がブナの写真を印刷した名刺を渡すと「これはT字尾根のブナやな」とのたまった。ドヒャー、恐れ入りました。この人たちは只者ではない。天気さえ良ければ山に登るという。毎日が日曜日の人達にはかなわない。

 鳥井戸本谷腰越峠を見下ろすハライド山頂もまた絶景である。とてもカメラには収まらない。庭園のような砂と花崗岩とツツジの中を峠に急降下する。予定ではここから三岳寺跡に降り、割谷の頭から続く未知の鳥井戸谷右岸尾根を下降するつもりであった。三岳寺までは破線ではあるが、一応登山道なのでろくに地図も見ずどんどん下った。そしてどうもおかしいと気付いたときには後の祭り。コンパスを見れば東に進んでいるではないか。いつのまにか鳥井戸谷本谷に引き込まれていたのだ。

 地図さえしっかり見れば谷道でない事は明白だが、油断した。もう高度が下がりすぎていたので戻るには遅い。しかし予定外だが、希望荘への帰り道としては悪くない。そのまま谷を下る事にする。本谷道も地図には破線路として残っているが、実態は完全に廃道である。炭焼き道が一部残ってはいるが、籔が濃くて崩壊している。靴を濡らせないので木に縋って危ない高巻きをこなし、苦労しながら下降していくと水流豊な美しい谷になってきた。

 ルートファインディングに疲れがくる頃、古ぼけた中日新聞社の旗がぶら下がっている所に出た。割谷道分岐である。やれやれだ。川で顔や手を洗って休憩。ここから先は道がぐっと良くなる。やがて鳥井戸キャンプ場の林道に出て4時ごろ駐車場に戻った。