釈迦ヶ岳大蔭尾根    03.12.21

  いつものように何気なく二万五千図を眺めていると、ふとあるピークが目にとまった。庵座谷と流レ谷の間に大蔭南に突き上げる尾根があって、上部にコンターで890m程のピークがある。そこから雪の付いた大蔭岩壁を見上げたらさぞ迫力あるだろうと思った。都合よく土曜に雪が降ったので行くことにした。心配なのはちょっと降りすぎたことである。様子が分からないので、とりあえず行ける所まで行ってみようと思う。

  駐車場タイヤの微妙な横滑りを味わいながら、8時前に朝明の駐車場に着いた。車は一台もいない。来るときに雪掻きのグレーダーと対向したが、掻いていない駐車場の雪は30cmほどある。さすがに料金徴収のおじさんはいない。天気は晴れの予報だが、山には当てはまらないようで、小雪がちらついている。全身雪まみれは必至なので完全武装で出発。時刻は8時10分。

 バス停の横から庵座谷コースに入る。車がないのだからトレースはあるはずもなく、最初から足が重い。こんなちょっとした道でも雪が覆い隠しているのでウロウロと迷う。小尾根を乗り越し階段を掘り出して降りる。キャンプ場でもう疲れてしまった。プレハブ小屋からコンパスを合わせてヤブに入る。等高線を見ると簡単に上がれそうだが、さにあらず。まだ雪は30cmくらいだが、ちょっと登っては立ち止まり、肩で息をする。ちっとも尾根に上がれず、こんなところで苦労して先が思いやられる。

 痩せ尾根結局駐車場から庵座谷左岸尾根上へ出るのに50分を要した。情けないことだ。しかし尾根へ出たら足が軽くなった。降りたての雪で柔らかく、ラッセルというほどの抵抗はない。テープもヒモも無い尾根だが、藪はなく歩きやすい。難なく ・640の標高点らしき場所に達した。そこから少し下り、実物大の馬の背の如き痩せ尾根となる。両斜面には樹木がびっしりあるので、アルプスの痩せ尾根のような恐ろしさはない。尾根上に花崗岩が点在して歩きにくい箇所がある。小雪がしきりに舞う。

 やがて日が差してきて、天気の好転を予感させる。枝越しに松尾尾根や庵座谷右岸尾根が見える。背後にはコブ尾根とハライドが見えるが、青岳から上はガスで見えない。上部へ出るまでに展望が利く天気になってほしい。西に見える尾根の斜面は激しい傾斜で、雪が付いているとなかなか迫力がある。700m辺りで休憩して栄養補給。
 この尾根はアセビが多く、常緑の葉に雪団子を蓄えていて厄介だ。首筋から爆弾を貰うと飛び上がる。こまめに払わないと、首の雪は体温で溶けて衣服を濡らすから要注意だ。

ハライドと国見岳庵座谷右岸尾根

 

 ヤブきつし徐々に積雪が増えてきて65cmのピッケルを持った手首ごとすっぽり隠れるようになってきた。70cm以上の積雪になると、平坦地ですらラッセルがきついのに、890ピーク手前ですごい傾斜になった。しかも逆目のササと潅木の密ヤブだ。ラッセルもヤブ漕ぎも傾斜の二乗に比例して困難となるが、全部一緒にやってきたのでたまらない。色んな所を登ったが、今までの経験の中で最悪だ。30秒で1mくらいしか進まない。全身雪まみれになってもがき、高度を上げることに全力を尽くす。

 ヘロヘロになって急傾斜地は脱したが、相変わらずのヤブだ。左のガレた斜面をトラバースする。これも厄介だがヤブ漕ぎよりましだ。たどり着いた憧れの890mピークはただのヤブ山だった。背の低いブナが一本あった。枝で展望が利かない上に、肝心の大蔭は殆どガスで見えない。完全な目算外れだ。しかしチラチラとその片鱗は垣間見ることができた。ガスに煙るその先を見上げると登高意欲は萎えた。地形図から大蔭をかすめて登る箇所は危険と判断してアイゼンを担ぎ上げてきたが、この雪質では利かないだろう。

 

890mのピークピークから大蔭方面。先は不明

 

 深雪で疲れた上に、最も日の短い時期に深追いすると帰路が心配だ。日没になると困難さは先々週の青川ヘッデン歩き(山行記なし)の比ではない。せっかく好転しかけている右ひざも心配だ・・・などと色々理屈をつけて軟弱な結論を出した。もうここでやめて昼ご飯をゆっくり食べて帰ろう。ピークから少し先の鞍部まで降りて、猫の額ほどの平坦地で雪を踏み均して昼食とする。チリチリと細かい雪が降り注いで衣服やザックに積もってくる。じっとしていると、とても寒い。写真を撮るために、ゆっくり食事をして天候の回復を待とうと思ったが、寒くてそうもいかない。お茶を飲みながら地形図を見る。往路を戻ろうと思ったが、コルから庵座谷は思いのほか近い。久しぶりに冬の庵座滝を見ていこう。

 もみの木がクリスマスツリーに急斜面を西へ一気に下りる。雪が堅かったら危なくてとても降りられない傾斜だ。しかし降雪直後の雪は尻セードさえできないほど潜る。ちょうどいい具合に制動がかかって、あっという間に谷へ転がり降りた。赤いヒモが現れ登山道であることを示している。あとは一般路を下るだけで楽勝だと思ったが、さにあらず。御在所辺りは賑やかだろうが、庵座谷から釈迦ヶ岳を目指した人は只の一人も居らず、トレースのない深雪に難儀する。

 高度計はまだ810mで、庵座の滝よりかなり上部だ。何もかもが腰までの雪に埋まって、ルートなどサッパリ分からない。枝から下がるピンクのビニールヒモだけが頼りだ。大石がゴロゴロして間の雪を踏み抜くと、ごっそりはまり込むので油断できない。時折目印を失って登り返す。高巻き道はテープがあっても、もはや道ではなく、単なる急斜面のトラバースとなって苦労する。やはり道があろうが無かろうが、冬は尾根のほうが歩きやすい。何年か前の冬に庵座谷を登ったことがあるが、そんなに苦労した記憶がないので、もっと雪は少なかったのだろう。

 ようやく庵座の滝下部に降り立って写真を撮りに行く。冬なので水量は少なめだが、両岸にツララを従えて良い面構えだ。やはり来て良かった。再び高巻きに戻るが積雪が多く非常に困難で、下りでありながら仕事がはかどらない。こうなることは毎年経験して分かっているのだが、雪が締まる時期まで待てない。高巻きを止めて沢沿いに変更。釣りで川どおしに滝まで何度も登ったことがあるが、困難な滝はなかったと記憶している。しかし足ごしらえが違うので、やはり沢も困難だ。川の中の石は雪を被って実際の何倍も大きくなっている。迂闊に端に乗って川にドボンしないよう神経を使う。

 染み出しが凍る500m辺りの巻き道との合流点から漸く歩きやすくなった。しかし疲れてきたので堰堤のわずかな巻き登りで青息吐息。キャンプ場の青い橋は雪が積もったままで、誰も渡っていない。プレハブ小屋の横には今朝の自分の足跡のみ。手すりにしがみ付いて急階段を登り、息も絶え絶えに駐車場にたどり着くと家族連れがソリ遊びに興じていた。いつもながら車に荷物を載せ、着替えるとほっとする。天気予報は午後は完全に回復するようなことを言っていたが、帰りに国道から見ると1,000m級の山頂はすべてガスの中だった。

 山行記を書いてから「鈴鹿の山と谷」を参照した。庵座谷左岸尾根は大蔭尾根(仮称)という名前で、バリエーションの可能性として紹介されていた。第四巻P19〜20に(6)のコースとして載っている。「相当力量を要し、危険なので一般の人は立入るべからず・・・」とある。そんな所へ積雪期に単独で入るのはもってのほかだが、行ってしまったものはしょうがない。しかし危険と言うのは大蔭の登りだろう。今回は通過できなかったが、無雪期にでも様子を見に行こうと思う。タイトルは庵座谷左岸尾根にしようと思っていたが、本を見て大蔭尾根に変更。

凍てる庵座の滝

 

 

 

 

庵座の滝