ネコマサノクラ探索 御池岳    09.03.29


                                 序文

 山のアナアナ、アナタもう寝ましょうよ・・・で始まる「穴に関する一考察」という論文で御池杣人さんという知己を得た私としては、自分の知らない穴が御池岳にあるということは看過できぬ事である。秋狸さんがレポしたときそう思ったが、しばらく忘れていた。しかし遠方のzippさんまでご照覧あったとなれば捨て置けまい。

 かつて私がクワバラの穴をレポしたとき、御池杣人さんはそれを探索に行って見つけるまで二度失敗しておられる。「穴を見ていないのはワシだけではないのか」という焦燥を表現した歌まで詠まれた。それと同じで、私もネコマサを見ていないということはぐやじい。
 ネコマサノクラを本に書きながら自分で見ることなく逝かれた杣人さん。ここは代参して墓前に報告せねばなるまい。

 しかしネコマサとは妙な名だ。ここで頭脳明晰な私はピンときた。これはネコマサノクラではなく「猫様の蔵」ではないかと。つまりこの地方を治めていた彦根藩の埋蔵金伝説である。徳川からの預かり金を琵琶湖に沈めたとかいう話だが、それはカモフラージュで、実は洞窟に隠したかも知れない。では何ゆえ猫様なのか。彦根築城400年祭に行った私は、そこで「ひこにゃん」という猫キャラを見た。奈良のせんと君は不気味だが、ひこにゃんは可愛かった。しかし猫を築城祭のキャラに起用したのは単に可愛いという理由だけではない。

 ロングロングニャゴー、ある日二代彦根藩主直孝が突然の雷雨を避けて大木の木陰で休んでいた。ふと向こうを見ると猫が手招きしている。何ぞやと思ってそちらへ行くと、轟音とともにその木に雷が落ちたのである。直孝は命の恩猫としてこの猫様を崇め、以来彦根藩では代々猫を大切に奉ってきたのである。

 彦根藩といえば徳川四天王、「井伊の赤備え」で恐れられた井伊直政直系の名家。幕末には大老井伊直弼を輩出している。これは莫大な埋蔵金が隠されている可能性がある。ついに私にも運が向いてきた。ちまちまと油を売っている場合ではない。穴掘り用にピッケルを持って勇んで出掛けた。

 

                                 山行記

 鞍掛峠から先は雪が出てきた。先日降ったやつだろう。トラバに難儀しそうな予感。あまり登りすぎても高度が損だと思い、熊池に達する前に右手斜面に突入。やがて崩壊地に行く手を阻まれた。地図もろくすっぽ見ずに突入したしっぺ返しだ。歩けるところを探しつつ高度を下げる。木のないところは岩屑なだれに乗って滑り降りる。あー、恐。あまり高度が下がりすぎないよう必死になってトラバする。谷へ下りると水が流れていた。1000mハチマキのときは水のある谷はなかった。途中から噴出しているようだ。2リットルも担ぎ上げて損した。

 先ずは高度順に池守氏がレポートしたクラを目指そう。植林の尾根へ入ると仕事道があって歩きやすかった。水平道の有難さが身に沁みる。それもつかの間、再び薄い雪でズルズルの急斜面。急峻な谷へ下り、次の尾根へ上がるのは緊張と苦労の連続だ。もうそろそろだと思い、顕著な尾根上でいちおうGPSで確認をとる。尾根を間違えたら命取りになるからだ。やはり想像通り猫様がおわすのは次の尾根だ。しかし谷越しに見ても、それらしきものが見えず不安になる。

    この山腹のどこかに猫様が                   谷の流水                 雪に覆われた無名谷

 また散々苦労してやっと目的の尾根へ。高度820m。記述の誤差をみて、この付近から探しながら登るのがちょうど良い。そこからちょっと登っただけで巨大な岩塊に出会う。腕時計で850mか。まあ多少の誤差はあろう。岩の上と下でも違うし、これに違いない。何段かになっていて全体像がつかみにくい。偵察していると人の声がした。まさかこんな所に人がいるはずがない。鈴北あたりから風に乗って聞こえたのだろうと思う。しかしちょっと間をおいてガサガサ音がし、人が現れた。プギャー! 心の臓に悪いわ。

 それは他ならぬ秋狸さんだった。ご本尊登場である。御池谷のほうから登ってきたと言う。それはいいのだが財宝独り占めの夢は脆くも崩れ去った。仕方ない、山分けで手を打とう。それに上方にあるというもう一つのクラを探す手間が省けた。とりあえず秋狸さんも初見の池守クラを二人で調べる。zippさんが撮った猫耳の写真はもう一つのクラだと思っていたが、秋狸さんによるとここの写真らしい。何処からどう見るとそんな風に見えるのか探していたら秋狸さんが見つけた。おう、まさにここじゃ。ねこじゃねこじゃの写真を撮る。

   下方の小規模な石灰岩のクラ           大きなクラに出会う 池守クラ?             猫じゃの写真

 岩屋らしきものは東の側面にあるが、ただ岩塊が重なった隙間というべきもので洞ではない。上も吹き抜けがあって雨を凌ぐのはきびしい。池守氏の記述とは違うような気がするがよく分からない。全容を文章で書くのは難しい。ここに見切りをつけて、次へと向かう。尾根をワシワシと登ってトラバすると巨大な岩壁が見えてきた。秋狸さんが見つけたクラだ。

 高さ30mほどの岩登りのゲレンデの様な場所だ。幅も広い。先ほどのクラは御池岳でよく見るカレンフェルトのでかいようなやつだったが、こちらは性質が違う。左は浅い谷。例の穴の入り口は右に回り込まないと見えない。入り口は少し斜面を登ったところに縦長の長方形、正確に言えば逆台形の口を開けている。入り口にザックを置きヘッデンを着けて、僭越ながら初見の私が先に偵察する。

 入り口は狭いが中は広くて快適な穴だ。湿気もなくビバークに十分使える。穴は奥へ湾曲しながらなお続く。最後は穴が絞られて人が通れるか微妙。頭を突っ込んで照らすと、穴はなお上方へ垂直に伸びている。秋狸さんは前回、挟まって出られなくなるのを恐れ、ここでやめたと言う。zippさんもヘッデンなしだったので同様。つまりこれより先は未知の空間という訳だ。これは穴好きの私にとって美味しい状況。好奇心にまかせて体を狭い空間にねじ入れる。

 垂直の穴も狭い。背より高いが壁に足を引っ掛け、手を突っ張って穴を登る。煙突の中を登るようなものだ。小竜の穴はザイルで下りたが、ここはまったく逆である。穴を抜けるとアッと驚く大空間に出た。感動でしばらく言葉を失う。広さこそ3畳程度だが、天井は10mはあろうかという高さで、なお先に余韻をを残す。私は多分そこで終わっていると思うが、右手奥に狭いながら斜上する別の穴が続いている。ヘッデンでは光量が足りず、全貌を照らすことはできない。中は風がないためか比較的暖かい。

  穴の左方にある大岩壁          穴の入り口            2Fから1Fへ繋がる穴を見下ろす

 大声で秋狸さんを呼ぶ。「おーい、登っておいで、凄いよ」 しばらくして 「こんな所登れるんですか」と言う声と、LEDの青い光が下から差してきた。待っているとやがて顔がポッコリ出てきた。大男が地面の狭い穴から首を出す・・・こんな珍景はめったに見られるものではない。秋狸さんもこの空間に大いに驚いている。zippさんは途中でやめて惜しいことをした。

    洞内で写真を撮る秋狸さん               ロフトへの入り口                  壁に写っていた虫

 更に斜上する穴は狭くて怖い。しかしまた好奇心に負けて突入した。思ったより簡単に入れた。途中右手にミニ横穴を見ながら更に登ると、ここも水平ではないが空間があった。天井はなお続きがあるような余韻を残すが、多分終わりだろうと察する。地下へ延びる竪穴は底知れないが、上へ延びる穴は岩の高さが上限だ。二人同時には入れないので、いったん下りて秋狸さんと入れ替わる。

 この洞の壁はモルタルを吹き付けたような質感であり一部濡れている。たまに雫が落ちてくる。残念ながら鍾乳石や石筍はなかった。帰りの垂直の穴下降は少し恐いが、狭いゆえにツッパリが利くのでさほど困難ではない。この洞の全容を建物で言うなら、二階建てプラスロフトというところか。ボタンブチの穴も頭陀の窟も斜上する穴だが、こちらは奥深さも質も格が違う素晴らしい穴だ。簡単に行ける所なら御池の新名所になると思うが、まあそうならないほうが有難いかな。団体さんでは入れないし。

 穴を出てから直に岩溝を登ってクラの上へ出ようと試みるが、どのルートも手ごわい。しかも岩の上に5センチほどの新雪があってよく滑る。まあ今回は雪のせいにしておこう。結局右から巻くが、なるべくクラから離れずに巻くのは骨が折れた。等高線を見るとこの付近は丸い張り出しを持った尾根ではなく、全体が壁状の地形である。再び回り込んでクラの数十メートル上部に出た。秋狸さんは偵察に下りたが、私は久しぶりの山行で電池が切れ、上で待機していた。

 このあと平の口でフクジュソウの花見をしてからお昼を食べた。秋狸さんは午後もあちこち予定しているらしいので、ここでパーティーは解散とする。もともと途中で出会った臨時パーティーなので差し支えはない。というか、こちらは健脚の若い衆に最後までお付き合いする気力がない。「じゃあ先ず鈴ヶ岳へ登ってきます」という彼を見送った。さて私はどうしようか。もう目的は果たしたので帰るか、何処かへ寄っていくか、どうしよう。とりあえず昼寝しよ。

 ゆっくりしてから、のろのろ斜面を下りてお花の尾根に向かった。平の口のフクジュソウが芳しくなかったので、あちらも見てみようと思った。こちらのほうが傷みは少ないようで何枚か写真を撮る。お花池の水は澄んでいた。白いものが沈んでいるので近づいてみると、それはカエルの腹だった。10匹ばかり死んでいる。やなものを見てしまった。

 お花の尾根を元池方面にトラバする。いつぞやの真っ白な嫁菜をバックのパラソル撮影会はこの辺だったかな。やまぼうしさん、なっきいさん、妙ちゃん、とっちゃんという鈴鹿四大美女の競艶に、ご満悦で撮影していた杣人さんの笑顔が思い出される。四大美女に私が入らんのはおかしいとお嘆きの貴女、心配は要りません。適当に書いているだけですから。

 元池の水もきれいに澄んでいた。ケーブルテレビやヤンマの産卵歌会など、ここも杣人さんの思い出が多い。付近は季節柄もあるが、妙にあっけらかんとして何もかも見えすぎる。元池だけではなく、到る所すべてヤブも笹もどんどん衰弱して晴れやかに見渡すことができる。その何もなさが御池杣人さんの喪失感につながって何だか悲しい。鈴北岳から登山道をぼちぼち帰った。

    県境稜線に上がると樹氷が              お花尾根の福寿草                 元池より丸山を望む

                         

                          総括

 どちらが本当のネコマサノクラかと問われれば、私は下のクラ(池守氏の方)だと思う。昔の人がわざわざ名を付けるのは仕事場に密着した場だと考える。そうすると窯跡があって地形的に活動しやすい下の方が本命のような気がする。
 しかし興味深いのは圧倒的に狸洞である。ボタン穴や頭陀窟などは言うに及ばず、日本コバの奇人の窟より遥かに優れている。三階層ということでは小竜の穴を逆さにしたようなものだ。秋狸さんはえらいものを見つけたと思う。

 肝心の埋蔵金の話はどうしたって?・・・そんなもんある訳ないでしょう。前振りのネタですから。ほんとにあったら山行記など死んでも書かんし。一応地面の岩屑をどかして人の痕跡を探しましたが何もなし。ロフトへ繋がる通路のミニ横穴なんか絶好のお宝隠し場所なんですがねえ。(ネタと言いつつ、少しマジ入ってますた)