御池岳竪穴 04.11.07
私は人知れず眠る御池岳の竪穴の前にいた。ここまで艱難辛苦の道のりであった。なにせ国道のゲートは閉まっているし、背中には重いロープとハーネス等が入っている。しかも谷という谷は総て荒れ放題で危険だ。しかし眼前の穴は何ら変わることなく、古色蒼然とした風情で佇んでいた。前回訪れた時には、デジカメの修理中というタイミングの悪さ。そのうち撮影に来ようと思っていたが、ようやく果たすことができた。
しかしこの穴(暫定的にクワバラ穴とでもしておこう)は写真に全体像や、不気味な雰囲気を収めるのが困難だ。文字で説明すれば強い傾斜の途中に径数メートルのスリバチがあり、その底に直径1メートル程の竪穴が口を開けている。手前から見て、穴の向こう側は苔むした岩盤で少しハングしている。その苔には不気味に水が滴っている。開口部付近の岩はゴジラの背のようにゴツゴツだ。
クワバラ穴のロケーションは小竜の穴と似ている。小竜の穴との違いは開口部に引っ掛かる岩(チョックストーン)がないこと。だからスリバチを降りて穴の底を覗くわけにはいかない。スリバチに落ちたらノンストップで奈落の底へ送られる。その先は地獄に通じているのだろうか。クワバラ、クワバラ! そういう意味でこちらの方が恐ろしく、潜る気がしない。今日ロープを持ってきたのは穴に潜るわけではなく、穴を覗くためだ。
スリバチの外の丈夫な立ち木にテープスリングを二本掛け、カラビナを介してロープを放り込む。ハーネスを付けてスリバチの斜面を懸垂下降する。一応ロープ自体からも確保を取る。少しづつ下降して穴を覗いてみた。これは恐い。穴は光が届く限り垂直に続き、その先は全く分からず底なしだ。恐る恐る片手で撮影。スリングをロックして両手を離すことは可能だが、恐ろしくて本能が許さない。底が見えない恐怖で開口部まで下りられず、早々に逃げ帰った。クワバラ、クワバラ。穴の中は肉眼で途中まで見えたのだが、残念ながら写真には写っていなかった。
バッサリ過程を省略し、今度は瞑想の谷に立っている。もはや木々は葉を落とし、同じような景色が延々と続いて退屈だ。なるほど、これは瞑想でもしながら歩くのに適している。しかし今はそんな気分ではないので、左の斜面をふらふらと上がる。迷走の谷だ。尾根に上がると、左眼下に登山道が見えている。並行して斜面のヤブをトラバースしていけば北池。いつもと反対側から見る北池だが、今日は水量がやや少ない。池を見晴らす高台でお昼にした。久しぶりに地面が乾いた御池岳に来た。落ち葉の上に寝る。青空に鳥が舞う。
瞑想の谷 北池
ふかふかの苔を踏んで登山道へ。真ノ池はたっぷり水がある。そう言えば長谷川さんから、池にプレートがついていたと聞いた。ちょっくら見てこよう。南小池にできた穴は大きくなっており、水が流れ込むのでもう溜まらないだろう。南池で真新しい名札を発見。名札は木製で、吊るしているヒモは麻のようだ。よく環境に配慮されているが、これでは早晩ヒモが腐って落っこちるのではないだろうか。スパイ大作戦のように「なおこのプレートは自動的に消滅する」という時限的な狙いかもしれない。それもよかろう。 次の池は手前が大きく陥没していた。なるほどこれか。御池岳は何が起きるか分からない。ここは名札がないがサワグルミの木があるのでサワグルミの池だろう。中池にも名札あり。
南池のプレート サワグルミの池陥没穴 中池
鈴北岳は20人ほどの団体さんが食事中だったので素通りする。晴れてはいるが靄が掛かって遠望はダメだ。それはそうとゲート閉鎖の折、何処から登ってきたのだろう。鞍掛尾根を下っていくと次々に人に会う。ある男性に興味を持って聞いてみると、ゲートが閉まっていたので関ヶ原から回って滋賀県側から入ったそうな。次の人はゲートから歩いてコグルミ谷へ入ったが、荒れて道が分からなかったので途中で戻り、更にトンネルまで歩いて登ってきたとのこと。滋賀県側は何処にゲートがあるのか知らないが、団体さんは御池谷から巡視路で尾根に上がったのだろうか。それにしても皆さん恐るべき執念だ。想定外のことながら、あの忌々しいゲートのお蔭でみんなたくましくなる。星一徹が飛雄馬に課した大リーグ養成ギプスのように、御池のゲートは山ヤ養成ゲートと言えよう。
このままでは遠回りになるのでP1056から東のヤブに突入して尾根に乗る。この尾根はいい雰囲気だが、すでに紅葉は終わっている。黄色いシロモジと赤いメイゲツが若干残っている。末端からタテ谷に乗る。途中で工事車両や重機の音が聞こえ、国道が見おろせる場所から動いているのが見えた。現場はタテ谷末端(登山道ではなく谷)のようだ。それにしてもタテ谷道は不明瞭で、一部自然に戻りかけている。やがて廃道になるだろう。
1056東尾根の紅葉 同尾根末端からタテ谷へ まどろみ尾根下部の並木道
まどろみの尾根で休憩。昨年の吟行を思い出す。ここから登山道を離れ、そのまま・708の尾根通しに下る。等高線どおり快適な尾根だ。650mのコバは素晴らしい場所だ。上が「まどろみ」なら、ここは爆睡のコバだ。
尾根は心配されたとおり、末端は急傾斜である。問題は国道との接続だ。逆落としに下ると落石防止ネットの上に出た。左端のワイア−を利用して、ぶら下がりながらヤブを漕ぐ。やっと下りたと思ったら、フェンスに閉じ込められた。動物園のサルになった気分。フェンス沿いに進むと一部開いていたので脱出。まだ道と落差があるが、コンクリートの板をつかみながら道に降り立った。気になる工事を見に行くとやはりタテ谷末端だった。何段もあった堰堤がガレキで流されて埋まっている。自然の力恐るべし。
フェンスに閉じ込められる ガレキ撤去中のタテ谷