分県ガイド 三重県の山  書評

                                                  御池杣人

     

 

 山の仲間が本を書く。それをもって世に問う。うれしいことだ。

 もぐらもちさんとは面識がない(もぐらの餅とはどんなお餅なのか? もぐらが大好きなのだろうか。なぜ山のハンドルネームにもぐらさんのお餅が登場するのか )けれど、金麻呂氏や葉里麻呂氏と懇意の方であれば、ステキな方だろうと勝手に想像してしまう。

 その三者の共著である。鈴鹿をはじめ代表的な「三重県の山」を56項目に分けて紹介している労作である。

 執筆者の分担・文責が末尾に明記してあり、誰が調査.執筆したのかすぐにわかる。詳しく読めば、この三氏の山への構えの微妙な相違が浮かび上がるかもしれない。しかしそこまではこの書評のするところではない。

 

 誰もが最初は多くの場合、ガイドブックに導かれて山に入る。まことに吉田兼好のいうように「先達はあらまほしきものなり」(徒然草)である。

 鈴鹿について、ガイドブックは少なくないが、これまでの代表的なガイドブックとして山口兄弟氏『鈴鹿の山』(山と渓谷社)をあげることができよう。僕はこの本に導かれて鈴鹿と対面することとなった。山口ガイド本は、ガイドのみならず本格派の風格を今なお漂わせている。

 さらにガイドブックの域を離れ、西尾寿一氏の空前の全六巻本の出現。僕を含め、鈴鹿に足繁く通う人たちは、どれだけこの西尾本に鍛えられてきたことだろうか。鍛えられつつ、各自のそれぞれの世界、それぞれのテーマを今なお展開していることだろう。それほどの内容に満ちている。

 辻凉一氏の『鈴鹿−樹林の山旅』をはじめとする一連の著書は、鈴鹿への氏の真摯な姿勢を、同時にそんな山行きの詩的抒情性の深みを教えてくれている。

 草川啓三氏『鈴鹿の山を歩く』は、氏の鈴鹿に向かう姿勢を、氏の手作りの手法で多彩に自由に生き生きと展開しており、うらやましい。

 師匠奥村光信氏の膨大な「絵地図」は、やはり今も燦然と僕たちの前に聳えている。

 

  こうした中での本書の出現である。

 ガイド本はガイド本に徹すること。そのことがガイドの価値であろう。

 時々刻々と変化してやまぬ山の姿、山をとりまく社会・交通事情等の変化、それらを正確に取り入れ、最新の情報をわかりやすく提供すること。安全さに徹してガイドすることがガイド本の責務であるとするならば、本書には著者たちの表面に出ない苦労が反映しているに違いない。

 何度も現地調査・踏査を重ねて、限られた分量・字数という制限の中に、まずは安全さに徹底して留意しつつ、過不足なく必要な情報を書き込んでいくこと。これは(僕はしたことがないので想像するのみだが)おそらく大変な作業だろう。

 山のコース・特徴を見出しとして、わずか一行で紹介するキャッチフレーズ・コピーを、それぞれの山・コースの良さに留意して、56も作成することだけでもあれやこれやの試行錯誤が必要とされる、なかなかの仕事のはず。

また全頁がカラー写真となっていることもうれしい。

 コースの「チェックポイント」ごとに写真がついているのもよろしい。

「ワンポイント・アドバイス」も山のすばらしさや見どころのみならず、山の危険さも意識して、限られた字数にまとめている。これも楽な作業ではなかろう。

 そうした意味で、最新情報を含めてまとめあげた三氏の労を多としたい。

 以下、蛇足ながら注文を。

・三重の山への招待―冒頭の序論総論的部分をもっと字数をとって、もう一歩踏み込んで「山への招待状的叙述」を書き込んでほしかった。

・「ヤマケイ」の方針かどうか不明なれど、山の特徴を示すマークなど、何とかならないものだろうか。僕にはうっとおしい。また、付近の観光スポットなど不要。ちらちら目移りするような登山ではなく、対象の山に心を集中させて登ることの方が大切。

・写真がカラーで美しい。それはそうだが、一方では僕には眩しすぎる(そんな歳になったのかも)。全体に晴れ過ぎ。山は雨の日も風の日もあろう。それが当然なのに、なぜ晴れの日ばかりになるのか(ガイドという性格上、晴れの日に山に入りなさいという隠れたメッセージが込められているのだろうか)。それとも「ヤマケイ」の方針か。

 いずれにせよ、山に入る初心の人たちに、山の魅力、そのコースの魅力、危険・安全への留意点等をわかりやすく示すことがガイド本の生命である。

 親しい仲間がそれに徹して、こうした大切な仕事を一つ達成したこと。まことうれしい。

 

 かく書いている評者も実は写真姿でこの本に登場している(21頁「元池付近で憩う登山者グループ」の一人)。残念ながら山頭火の「うしろすがたのしぐれてゆくか」ほどカッコよくはいかずに、けらけらと笑ってノーテンキにご機嫌な風情で登場し、この本を汚している。しかし、小さくうつっているのでかろうじて救われておるか。  

     お目汚しではあるが、読者諸氏の寛容さを期待する。

 


 もぐらもちこと佐藤貞夫

 御池杣人様、身に余る暖かい書評を賜り、ありがとうございました。
 まず杣人様のご不審から。
 もぐらもちとはモグラそのものであって、「もぐら餅」でも「もぐら持ち」でもありません。畢竟地下生活者(世間に背を向けている者、背を向けているが故に叩かれる者)であるとの自己認識からくる命名であります。十数年前、健康回復の試みとして山登りを再開すべく初めて経ヶ峰に登りましたが、819mの頂上まで登り切れず敗退してしまいました。自分の体力と気力の無さが情けなかったです。が、その時モグラの盛り土を見つけまして「オッ、こんなところにも叩かれ上手がいる」といたく感動しました。以来、私はモグラの一員となった次第です。
 山登りにのめり込み始めたもぐらもちは指導者に恵まれていました。周りに高校山岳部の顧問が何人かいて年上の私にも親切にいろんなことを教えてくれました。体力は下降線をたどっていますので技術は身につきませんでしたが、「記録をとること」の習慣は自分のものにできました。ホームページに山行記を載せているのはその習慣を維持するためです。結局は自分のためで、今回のガイドもその延長線上にあります。読者のために始めたのではないというスタンスは致命的な欠陥かもしれませんが、私のような中高年、山登りを始めた方、始めようとしている方には一般化できると自負しています。そのような方々から「参考になった」と言っていただければ、このうえない幸せです。
 山行記を書く上での私の師匠は松浦武四郎です。彼は幕末最大の探検家・登山家・旅行家であり、紀行作家・地誌学者・地図制作者でした。彼の一番大事にし好んだものは「歩くこと」でした。歩く中で得たもの、見たこと、聞いたことをスケッチ・地図をまじえて記録しています。先行する記録を調べあげ、分からないことは地元の人たちに聞き、時には案内を頼み、常時携行する野帳(フィールドノート)にこまめにスケッチやメモを残していく、というやり方です。それで山行記の命ともいえる正確さを確保したのでした。当たり前のことと言えば当たり前のことですが、それをやり続けることは常人にできることではありません。松浦武四郎に及ぶべくもありませんが、その心構えだけはしっかり持ち続けたいと思います。
 著者3名はHP仲間です。隊長さんとは写真展で一度、取材で一度、撮影について教えてもらうために一度、計三度お会いしただけです。ハリマオさんにはまだお目もじもかなっていません。それでも共同作業ができ、この本が出版できたのは、山に登る者の連帯感と山を愛する者の情熱だと思っています。
 隊長さん、ハリマオさん、ありがとうございました。
 暖かい書評を寄せてくださった杣人様、ありがとうございました。

                 


隊長

三重の山への招待―冒頭の序論総論的部分をもっと字数をとって、もう一歩踏み込んで「山への招待状的叙述」を書き込んでほしかった。


 何度も同じ山へ足を運んでいると、想いはつのる一方ですが、ガイドブックの性格上、簡潔明瞭な記述が求められます。もちろん字数の制限があります。もう 少し突っ込みたければ、山を、花で見る、岩で見る、樹木で見る、形で見るなど、テーマを絞ると、もう少し突っ込んだ記述ができると思います。営業的な課 題さえ解決できれば、是非とも取り組んでみたいですね。

 
「ヤマケイ」の方針かどうか不明なれど、山の特徴を示すマークなど、何とかならないものだろうか。僕にはうっとおしい。


 山なれた人からみれば、不必要な情報化かもしれません。山の楽しみは、家を出発するときから、いや、計画段階から始まっています。観光スポットが郷土文 化だとは思いませんが、道の駅にでも立ち寄ってみると、その土地の暮らしの一端を垣間見ることができます。三重県内には、手つかずの自然だけからなる山 などないのですから、山麓から山頂まで、総合的に山を楽しめばいいと思います。大峰や台高などは温泉が多いので、帰りに温泉につかるのを楽しみにしてい る登山者もおおいでしょう。また、百名山とは、二百名山とか、とにかくピークをたくさん撮ることに情熱を燃やす登山者がいますが、そういう人たちにとっ ては、一度しか行かないのですから、アプローチの山麓情報は大切だと思います。今回は56山を紹介しましたが、メジャーな山ならその山だけに集中できま すが、そうでない山もあり、総合的に紹介する必要があります。

 台高の山は、鈴鹿に比べスケールが大きく、また山深く、3ページの原稿を準備しましたが、ページの構成上すべて2ページまで削りました。56山すべてち がいますが、本の性格上、規格化しなければならないので、苦労しました。答えになってませんね。

 
写真がカラーで美しい。それはそうだが、一方では僕には眩しすぎる(そんな歳になったのかも)。全体に晴れ過ぎ。山は雨の日も風の日もあろう。それが 当然なのに、なぜ晴れの日ばかりになるのか

 先にも書いたように、テーマを絞った本であれば、色々な写真が使えると思います。現に台高の桧塚などは、季節を変えて、300枚以上は撮影しています。 雪の中テントで泊まったこともありました。この山だけで10ページをもらっても足りないでしょう。前置きが長くなりましたが、結論は編集者やデザイナーが、たくさんの写真原稿からチョイスします。

 
 いずれにせよ、山に入る初心の人たちに、山の魅力、そのコースの魅力、危険・安全への留意点等をわかりやすく示すことがガイド本の生命である。 親しい仲間がそれに徹して、こうした大切な仕事を一つ達成したこと。まことうれしい。

  ありがとうございます。
                                  


  ハリマオ

 ガイドブックは書評になじまないジャンルながら、これだけの意見を頂くのは御池杣人氏をおいて他にない。感謝を込めつつ、今後(もしあれば)の参考にしたい。
 このガイドブックを謙遜しすぎれば、他のお二人に対して失礼である。このあたりが共著の難しいところ。しかし少なくとも自分の担当部分に限れば、御池杣人氏が先例に挙げた偉大なる著作と比ぶべくもない。

 なにしろ本を出すのはあくまでヤマケイであり、私は雇われ著者である。新・分県登山ガイドの発行は既定の路線であり、自分が書かなくても誰かが書いて粛々と発行される本である。それに対して先例に挙げられた方々は自分の意思で、自分の表現したいことを本にされた。御池杣人氏のヤブ漕ぎシリーズも然り。文字数をはじめ出版社の注文でがんじがらめのなか、客観的に過不足なく情報を盛らねばならないガイドブックは、それとは異質なものである。

 とはいえ山口兄弟のすぐれたガイドブックもあり、逃げ口上ばかりも言っていられない。ガイドの中に好天ではない写真も含めて、文章にどこまで叙情的な部分が容認されるかという可能性の追求には至らなかった。とにかく初めての仕事なので無難に徹し、迷わない道案内に文字数の大部分を費やした。個々の山の持つ魅力、個性の掘り下げには欠けたかもしれない。
 今までのガイドブックの地図はコース、ポイントとも間違いが多すぎたので、担当の地図には等高線の10mラインまで細心の注意を払った。しかし本になった段階で地図面積が小さく、成果が十分反映されなかったのは少し残念。それでも既存のどのガイドブックより正確だと自負している。脚注末尾に25000図の指定があるのは、併用が望ましいというメッセージである。

 観光マーク等についてはご指摘の通りなれど、これはヤマケイ側要求の必須項目。テレビの旅番組じゃあるまいし、おいしいものや温泉、観光などは不要と思われる。しかしヤマケイ側は一般登山者のニーズがあると考えてのことだろう。ストイックな登山者は少数派である。道楽ではなく、売ってナンボの商業誌であれば無碍に否定はできない。現に温泉は登山者に人気があるようだ。観光マークは、その山と密接な関係を持つ山麓の神社仏閣に付けておいた。
 下山後、温泉も夕食も寄ったことがない私としては、自信のない項目であった。それとマイカー以外で登山したことがないので、交通アクセスの事情も分からない。結局山と無関係なところで一番苦労させられた。

 そうした理由で我が子のような本というには数歩足りない。しかし制約の中で努力したことは確かであり、数多の書店に並んだ「三重県の山」を眺めるのは嬉しいものである。商業誌ゆえの不満もあるが、さすがにヤマケイの販売網は絶大である。執筆の機会を与えて頂いた金丸氏、取材中の相談にのって頂いた佐藤氏、書評を頂いた御池杣人氏に感謝申し上げる次第である。