亀尾から御池岳奥ノ平 後半


 さてせっかくだから奥ノ池でも見ていこうと思い、方向を定める。私はテーブルランドの地理は不案内なので一発でたどり着く自信はない。奥ノ池は三度目だが位置をはっきり覚えていない。とりあえず・1194から南東へ向かう尾根に沿って左端を進む。笹の踏み跡は縦横無尽で、確たるものは無い。見覚えのあるドリーネを見つけ、その底で風を避けて昼食にしようと降りてみたがシカ臭いのでやめた。やはり池のほとりで昼にしよう。

 奥ノ池踏み跡を探って歩いていたら突然体が軽くなり視界が笹に埋没し、両足にドスンと衝撃がきた。一瞬何事が起こったのかと思ったら、直径、深さとも1.5m程の穴の底に私の体はあった。穴に落ちたのだ。かろうじて首だけ出ている。なんとマヌケな絵だろう。笹でカモフラージュされた巧妙な落とし穴だ。石灰岩の山は恐い。最初に思ったのは「もう50cm深かったらよう出んな」ということである。普通のドリーネではなく、井戸のような縦穴で出口は内にえぐれてオーバーハングしている。笑い事ではなく本当にもっと深ければ、シカの足音を聞くたびに「おーい、誰か助けてくれー」と叫びながら穴の底でもがきながら死んでいくことになろう。

 その後もあっちこっちウロウロしてやっと奥ノ池を見つけた。これで昼飯にありつくことができる。水面に映る梢を眺めながら、南にあるミズナラの古木のたもとでラーメンを食べた。山葵洞で汲んできた水で作った特製だ。一人の山行もしみじみといいなあと思った。穴に落ちさえしなければ。

 ケヤキの老木1時過ぎまでくつろぐ。まだ時間は早いが、雨に降られるとかなわないので下山にかかる。奥ノ池の東から真っ直ぐ北に向かう。あとは地図を見なくてもひたすら北へ下れば真ノ谷のどこかに降りるはずである。1080mに石灰岩の群れがあった。北面の傾斜は南東面に比べればたいした事が無い。立派な雄ジカが地響きを立てて走り去っていった。風格あふれる姿に見とれる。990mに甲を経て妖怪のようになったケヤキの古木。

 前方の谷を避けて右手の尾根に乗る。いつの間にやら磁石は東方を指していた。降りたった所は間違えようも無いテント場だった。さっきまで左手にあった側溝のような谷は確定はできないが古地図にある水木洞と思われる。随分と下流へ降りてしまったものだ。別に散歩の時間が少し増えただけの事であるが。

 ゆるゆると真ノ谷を上流へ歩いていくと、チョロチョロ水の瀬に出ていた岩魚が驚いて落ち込みに隠れた。伏流と伏流の間の僅かな流れに何で岩魚がいるのだろう。増水時に遡ってきたものか。何処へ行く事もできないこの狭いエリアに友達や連れ合いはいるのだろうか。一匹なら孤独なことだろう。井伏鱒二の「山椒魚」という小説を思い出す。

 毒キノコ?カタクリ峠手前で倒木に生えたキノコを見つけた。そういえば今日はもしやと思ってキノコ図鑑をザックに入れてきたのだった。今日はまだ一度も開いていない。時間はあるので座り込んで同定にかかる。ナラタケかナラタケモドキに見える。それなら食べられる。ちょっとガスで炙って試しに一度噛んでみた。ウゲー、苦い。ニガクリタケか?思わず吐き出す。毒きのこでも噛むだけなら中毒にはならない。

 キノコは諦めて、帰途につく。カタクリ峠には珍しく誰もいなかった。結局きょう出会ったのは真ノ谷の二人連れだけだった。まだ口の中が苦いので長命水でうがいをする。コグルミ谷には木に名札がつけてあって勉強になる。それはいいのだが、ホオノキ・モクレン科と書いてある木は明らかにトチノキだ。これはいけません。

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