奈 月
天高く そびえる花は たむしばか 囁きかける 白き花びら
嬉しいな 元気になった 山の友 右手に有るは とれーどまーく
雨上がり 谷に歓声 こだまする 咲いててくれた 丁子桜
父ごとき 年は往けども 老いはなし カモシカごとき 駆け下る
(写真:葉里麻呂勝手に提供。下りじゃないのでごめんなさい)
第一首 まさに青空を背景にして写真のように天高く咲いていた。確かに彼女たちは何か囁きかけているようだが、遠くてよく聞こえない。もっと大きな声で言ってくれないかなあ、多虫歯さん(そんな漢字では台無しやがな)。囁きの内容がどう聞こえるかは、その人の心次第か。
第二首 皆さんアルミのストックを使用している中、あの棒は天然素材である。以前たろぼうさんが触れていたが、毎回現場で適当に調達するのかと思っていたけど、愛用の一品であることが判明。天然素材は使い込むほどに味が出て、使命を全うした後にもゴミにならない。杣人さんもそういう生き様を目指しているのではなかろうか。
第三首 団体山行の賑やかさ、楽しさがよく表現されている。初句の「雨上がり」が清澄な空気を思わせる。一人静かに花と対話するもよし、大勢で賑やかに行くもよし。どちらにしても山はいい。
第四首 年齢と老い具合をグラフにすれば、一人一人異なる線を描くでしょう。やはり長年の鍛錬と精神力がものをいう。御老公のお言葉 「僕は病気にならんから、保険なんか入っても無駄や」。ひえー、恐れ入りました。杣人さんが天然素材なら、奥村さんはノーストック。これまた禅に通じる見事な生き様。 「父ごとき」に優しいまなざしが感じ取れる歌。
葉里麻呂
1)足元には白い花弁が落ちていて、手にとればかすかな香り。タムシバか。いずこに?
雨を覚悟の山行であったが、大阪の晴れ女か、甲賀の晴れ女か、はたまた鈴鹿の晴れ女か、いずれにせよ見上げれば天高く青い空。そこに点々と白い花群。ハッと息をのむ。そう、この写真そのもの。そして天高く・・・の歌。質の高い両者の見事なるコラボレーション。体言止めがこの写真にさらに余韻をもたらし、まるで今にも花びらが散ってくるようだ。
奈月殿。お見事じゃ。女流歌人の颯爽とした登場。おじさんはうれしい。
2)ありがたし。あの「とれーどまーく」―先代のは何年か前、計国太夫と妙女との山行時、茶野で忘れてなくし今は2代目。曲がり具合が手になじんできてお気に入り。どちらも山で拾ったもの。一本で10年以上はもつ。
この棒持って山歩けるのはうれしい。かく詠んでもらえるのもうれしい
3)まだ1週間早いと思っていたけれど、わずかながら咲いていてくれた。あんなに地味に。花の数も少なく。咲いていてもわからないほど。「ほら、あそこに咲いているよ」「えっ、どこ? どこ?」「待て、まって。そこ足場悪いから気をつけて」「見たいのよ。どこ?」「アーっ、本当に咲いている」
「わーわー、きゃーきゃー」やっている場面の一瞬をとらえた歌と写真。歌のとおり「谷に歓声 こだま」していた。写真から聞こえてくる。いい。
4)先達の颯爽とした登山姿。きまっている。そう、氏は僕らの父の年代。大正生まれ。あれだけの行程を杖なしで背筋伸ばして歩かれる。氏は今回も長命水で柑橘類をふるまわれた。ありがたくいただきつつ、氏の山への心もいただこう。「葉里麻呂勝手に提供」の写真も、かく歌う奈月の姿と、歌われている絵地図の先達の姿、両者がとらえられ貴重。この写真には奈月の先達への心のさまもにじんでいるかのよう。詠むことはいい。こうして形に残る。
御池杣人