破地輪駆

 


 

 本歌   風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける       従二位家隆 

       風そよぐ 法楽の小径の 昼時は つはもの共の しるしなりける

 現在語訳

  風がそよそよと法楽の小径の丁字桜の葉に音をたてて吹いている。こんな法楽の小径のお昼時は、当然ミルキーあんぱんのアンポンタン共しかいないのは自明の理であることよ・・・

 管理人解説

 調べていないので断定はできぬが、家隆の歌はパロディー初登場ではなかろうか。どうしても同じ本歌に偏りがちな管理人も見習わねばならぬ。法楽の小径は一般道でありながら、今の季節にしては閑散としていた。団体さんは前日の天気予報を見て中止したのだろう。早くから雨天決行を謳っていた「アンポンタン共」の勝利である。人がいなかったのは「昼時」ということもあった。寄り道ばっかりしている「アンポンタン共」なので、天ガ平で昼飯になってしまった。これは初めての経験であった。アンポンタン=つはものかどうか知らないが、「しるしなりける」をうまく使った歌だ。


「自明の理」なのじゃ。

あんなところにチョウジザクラの木があろうとは。今まで何度通っても余の目は節穴だった。万手麻呂の長年の精進の一端、氏の眼をたたえるべきだろう。あのほっとして楽に歩ける小径(法楽の小径)。ここで立ち止まり一本の木をめぐってあーだこーだと語りあっているのは、破地輪駆のいうように「当然ミルキーあんぱんのアンポンタン共しかいない」。

あの一日、あまたある場面から、このわずかな時間を切り取る。氏のチョウジサクラへの思いをみる。

御池杣人