悦 女

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@ルーペ持ち  小さき花の 美しさ  去りがたいほど 心惹かれて

( 気づかず通り過ぎてしまいがちな足下に咲く小さな花、ササクサやヒメオトギリソウをルーペで見るとその繊細な美しさに「キャー綺麗♪」ちんたら歩きは実に楽しいのです。)

Aお花池 カエデの古木 お昼時  雨が来たよと  教える梢

(昼の休憩はお花池の樹林です。オオイタヤメイゲツの古木はまだ青い葉がいっぱいの枝を広げています。何となく空気が動く気配がします。何かしら?そっと耳をすますと、ぽつぽつと音が近づいてきて雨が降ってきました。) 

B幹の輪を  くぐれば叶う  古木ゆえ   幾年月の 風雪に耐え  

(この珍木はきっと願いが叶う幸福の木。「厳しい冬を越えた春の日に、みるきーのみんな揃ってここへこれますように」と願いながら輪をくぐりました。)

C夕暮れの 鈴北に立つ  親子鹿   見送りに来て 樹林に去りぬ

(みるきーあんぱん山行を終えて山を降りるばかりの今、
親子鹿が現れてすぐ近くをゆっくり歩き去りました。見送りにきてくれたのでしょう。)

Dシロヨメナ 白きベールの 花畑   雨の日もよし みるきあんぱん

(今年は一面のシロヨメナの花畑 いつまでもみんなと遊んでいたい別世界でした。)

E御池岳 オオルリヤンマ 乱舞して 産卵の池 命はぐくむ

(偶然トンボの産卵に出会った驚きと喜び。御池岳は命をはぐくむ池を持つ神秘的な山だったことを知りました。)



 

1、自覚的ちんたら行きの必需品−ルーペ。ミクロの世界の微妙さ。ミリ単位に肉薄して見えてくる命の精緻さ。「キャー綺麗♪」−鈴鹿の花の図鑑の制作に情熱を燃やす悦女がこう書くところが面白い。この感性がさらなる図鑑の制作へと進む原動力か。

 

2、お花さん、お久しぶりじゃ。おいしいな。楽しいな。こんな素敵な山の友と一緒で。そんな思いでいっぱいで、とても空気の動く気配まで僕は気づかなかった。お見事。「梢」が教えるのだ。

 

3、僕もくぐったよ。また来られますようにと。春の日に揃って来られたらどんなにうれしいことだろう。

 

4、鈴北に立ち、去りがたい思いをもって御池の平原を眺める。いつもする僕の心の儀式。そこに今日は鹿の母子までもが。悠々として歩いていった。今もまぶたに残るあのお尻の白さ。

 

5、今までで一番のシロヨメナの群落だった。花畑の名にふさわしい。

あれは鹿にとってまずいのか。アテボノソウは鹿の食した跡だらけ。低くわずかに咲いていたけれど。

そうはいっても、雨の日のシロヨメナの群落、やはり見事だった。

 

6、あの場面、僕も歌にしてみた。僕もはじめての場面。悦女にしてもはじめての場面。かくされた自然の営為の厳粛さ。

 

悦女の歌は平明・率直。そこがいい。

 

 

 


@ 管理人はルーペでは見なかったが、スーパーマクロで撮ったチヂミザサの写真をパソコンで見てあっと驚いた。
実は稲のモミと瓜二つ。しかも花は鮮やかなピンク色。不思議な世界だ。稲作が日本に伝わったのは弥生時代、
あるいはそれ以前なのだろうが、さらに太古の稲の原型を見た思いだった。
単独でで歩けば見過ごす小さな草花、悦女氏のような人と歩けば世界が広がる。

A 個人山行でもお花池の周辺で昼にすることもある。あの付近の森の雰囲気がいい。
「雨が来たよと  教える梢」という表現は秀逸。大樹の下ではしばらく雨が落ちてこない。
音はすれども姿は見えず。雨具を着る時間的猶予を与えてくれる木に感謝だ。

D 不思議なめぐり合わせで、ミルキーに雨具は付きものだ。白いベールもより幻想的になった。
皆出席の悦女氏が雨女の可能性高し。なに言うてんの、管理人が雨男やないの。さよか。