徒歩旅行の栞
1 『徒歩旅行の栞(名古屋・岐阜版)』:昭和13年発行
国民の体位向上のために鉄道省(名古屋鉄道局)が選定した名古屋周辺の24コースを案内している。19cm×13cm、表紙を含めて28ページの小冊子。
- タイトル:『徒歩旅行の栞(名古屋・岐阜版)』
- 発行者:名古屋鉄道局
- 発行年:昭和13年5月(1938)


この表紙は「踏む大地・漲る力」を表現したかったのか。「はしがき」には前年に始まった「国民精神総動員」という文言が出てくる。右側でリンゴか何かの皮むきをしている女性が良い雰囲気だ。

湯の山温泉周辺には2コースある。右側は椿神社から水沢の紅葉谷経由で湯の山温泉へ行く日帰りコース。日本精神を養うために神社を入れたものか。金谷に民家が残っていた時代だが、あまり興味を惹かれるコースではない。最後に温泉に入浴して、バス・電車利用でお帰りだ。週末などは交通料金の割引があった。
左側は湯の山温泉から永源寺まで行くコース。一泊で設定されている。温泉から湯の山越を歩き、武平峠からクラ谷、雨乞岳-七人山の鞍部、念仏ハゲ経由で千種街道の杉峠へ下りる。さらに鉱山の往来があったであろう千種街道を甲津畑へ出て、永源寺から交通機関で八日市・彦根へ出た。体位向上に良さそうな21.5kmの長距離コースではある。湯の山温泉での宿泊を想定か。7時間30分程度の行程なので、夕暮れが早い紅葉の時期には余裕がなさそうだ。地図には向山鉱山、御池鉱山がある。
3 『遠足手帳』:昭和17年発行
真珠湾攻撃の翌年の発行。「国民決意の標語」だという「欲しがりません勝つまでは」が出た年だ。13cm×9cmの小冊子。表紙を含めて28ページ。紙質が悪く、手帳未満の狭い紙面だ。
- タイトル:『遠足手帳』
- 発行者:関西急行鉄道
- 発行年:昭和17年5月(1942)

「健康遠足路目次」には24コースがあり、「遠足心得」10項目は次のとおり。
- 一、自分の力相応のコースを選びませう。
- 二、時局を認識して服装や食物を簡単に致しませう。
- 三、野山で火気に注意いたしませう。
- 四、樹木を愛し、岩石や建物に落書を止めませう。
- 五、遊山気分を一掃し、心身鍛練に心掛けませう。
- 六、指導標、制札を大切に致しませう。
- 七、食事の跡を汚さぬやう心掛けませう。
- 八、行き先を家人に知らせて置きませう。
- 九、乗物内ではお互いに座席を譲合ひませう。
- 十、防諜に留意し写真撮影、放談を慎みませう。
時局に係わるものを除けば、大方は日本人の行儀の悪さの対策だ。落書きをするなとか、ものを壊すなとか、リンゴの皮を棄てるなとか、座席の奪い合いをするなとか。こんなことを書く必要があった。どうしようもない連中だ。
印刷の質が悪いが、右側は湯の山温泉からの御在所岳登山。コースは表道と裏道だが、「御婦人お子様でも容易」とのこと。挿絵は何だか分からない。
左側は鉄道省の選定コースである「湯の山から永源寺」。名古屋鉄道局発行のものと同じだが、何故か所要時間が大幅に短くなっている。正確には読めそうにないけれど。案内地図が余りにも粗末だが、鳥瞰図と同じで防諜を理由に詳しいことを書けなかったのか。御池鉱山、向山鉱山は書かれている。
時局とはいえ神社関係の参拝は旅行制限の対象外になったので、近畿日本鉄道の母体となった関西急行鉄道は繁盛したらしい。青年徒歩旅行とか、あまり興味を持てないが、手元に戦前のハイキング案内が少しだけある。掲載した画像は手元のものによる。このパンフレットの「椿神社から入道岳」を入道ヶ岳・磐座めぐりで引用した。時局向け登山コースなのだとか。