アカヤシオ/鈴鹿山脈・御在所岳周辺にて
目次


山麓でサクラが終わる四月中旬、三重県菰野町の御在所岳中腹ではタムシバに一週間ほど遅れてアカヤシオが開花する。花は三重県側の標高650m付近で咲き始め、連休には御在所岳の山頂部で見頃になる。
アカヤシオの花は、何時、何処で、どの様に咲くのだろうか。ここは、そのような思いを持って鈴鹿の山々を歩いた記録の置き場所です。
1 アカヤシオの花


アカヤシオ(赤八汐、赤八染)はツツジの仲間。樹髙は3~5mで落葉性、直径5cmほどの薄紅色の花を咲かせる。
その花芽は前年に形成されたもの。雪の季節には越冬芽になって春を待ち、気温上昇とともツボミを膨ませ、新葉の展開前に開花する。
毎年、アカヤシオの開花には一喜一憂をさせられる。何故なら年により開花の様相が大きく異なるからだ。時折、大開花と呼ぶべき年が訪れる一方で、降雪を伴う寒波で山頂部の花が全滅する悲運の年もある。
花の跡に残された実はやや細い卵形。十月頃まで緑色だが翌月には褐変し、五裂して細かな種子を落とす。アカヤシオは挿し木による増殖が困難であり実生で増やすとのこと。
三重県レッドデータブックでは準絶滅危惧種とされ、「園芸用花木としての採取圧や林道改修などの人為圧により減少している」と記載されている。ある日、登山道の脇にあったアカヤシオの幼木が消えた。盗掘が趣味という哀れなヒトの出没が残念だ。花咲く登山道をいつまでも残したいと願っている。
2 御在所岳周辺での分布


御在所岳では、アカヤシオは三重県側に多く分布する。滋賀県側は県境近辺や上水晶谷の地獄谷出合近辺までしか見られないようだ。園芸関係の情報では、ツツジは日当たりと水ハケの良い土地や酸性土壌を好むらしい。この偏ったアカヤシオの分布は御在所岳の地質によるものか。
また、アカヤシオは落葉広葉樹林にあり、標高が低い湯の山温泉などでは見ない。御在所岳の中道登山道や東尾根では標高650m、鎌ヶ岳の長石尾根では600m付近が下限のようだ。
花見登山で良く歩くのは次のルートだ。
- (1) 御在所岳の中道登山道
- (2) 国見岳北面の県境登山道やヤシオ尾根
- (3) 鎌ヶ岳のいくつかの東尾根
- (4) ロープウェイでも登れる御在所岳の山頂部
急峻な斜面に咲くアカヤシオを見ながら登る中道登山道は爽快。国見岳北面では賑やかに咲く。鎌ヶ岳の東尾根(長石尾根など)の緩やかな勾配の登山道は、時期が良ければ延々と続く花咲く尾根を楽しめる。
3 御在所岳・中道登山道の開花前線
アカヤシオの開花前線は三週間ほどで御在所岳の斜面を登り山頂部に達する。下図は中道登山道での開花前線の推移を記録したもの。縦軸は開花前線の位置(標高)、横軸は観察月日、中道登山道の範囲は富士見岩までとした。
アカヤシオはソメイヨシノのように一斉に開花するクローンではない。それぞれの木に個性があり、開花時期も早いもの、遅いものがある。したがって、開花前線は開花が早い木を追いかけたことになる。当然、花盛り状態のアカヤシオは開花前線より100~150mほど下になる。
なお、中道登山道が横断する700~800mの常緑の照葉樹林では登山道直近にアカヤシオを見ない。また、朝陽台など山頂部の開花日は、グラフを山頂部の標高まで外挿して得られる日より2~3日は早くなる。日照条件が中道登山道とは違うので当然だろう。
アカヤシオの開花前線の推移

御在所岳山頂部のアカヤシオは概ね連休に見頃になる。その時期は年により前後しており、開花時期は明らかに三月から四月の気温に依存しているように思われる。適当な観測値を入手できないので滋賀県土山の観測値を下表に示す。年毎の平均気温や気温上昇の推移には相当なバラツキが見られるが、暖かい年はアカヤシオの開花が早くなっている。ツボミの成長が早いのだろう。
気象データ(滋賀県土山・御在所岳山頂)
年 | 土山 | 御在所岳山頂 | サクラの開花日 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
3月 | 4月 | 4月 | ||||||||
平均気温 | 下旬の最低気温 | 下旬の最低気温 | ||||||||
下旬 | 上旬 | 中旬 | 下旬 | 観測日 | 気温 | 観測日 | 気温 | 名古屋 | 彦根 | |
2006 | 5.5 | 8.2 | 10.8 | 10.7 | 26日 | 1.4 | 21日 | -2.0 | 3月26日 | 4月6日 |
2007 | 8.7 | 8.1 | 10.1 | 12.8 | 22日 | 0.2 | 27日 | 0.3 | 3月23日 | 3月30日 |
2008 | 7.9 | 9.2 | 11.9 | 13.5 | 26日 | 3.9 | 25日 | 0.3 | 3月22日 | 3月30日 |
2009 | 5.6 | 9.2 | 14.2 | 11.4 | 28日 | 1.5 | 27日 | -2.0 | 3月19日 | 3月28日 |
2010 | 5.1 | 10.0 | 10.3 | 10.8 | 25日 | 0.1 | 24日 | -1.9 | 3月18日 | 4月1日 |
2011 | 4.6 | 8.8 | 10.1 | 11.2 | 21日 | 0.4 | 24日 | -0.3 | 3月27日 | 4月1日 |
2012 | 6.2 | 7.2 | 12.3 | 15.6 | 28日 | 5.0 | 22日 | 2.9 | 3月30日 | 4月8日 |
2013 | 7.3 | 10.7 | 10.6 | 10.6 | 22日 | -0.6 | 22日 | -3.7 | 3月19日 | 3月30日 |
2014 | 9.0 | 9.3 | 10.7 | 13.8 | 24日 | 3.1 | 22日 | 3.3 | 3月24日 | 4月2日 |
2015 | 8.0 | 10.5 | 11.9 | 15.7 | 26日 | 5.3 | 28日 | 0.4 | 3月21日 | 3月31日 |
2016 | 7.4 | 12.8 | 12.0 | 14.5 | 30日 | 3.2 | 29日 | 0.2 | 3月19日 | 3月30日 |
2017 | 6.5 | 11.2 | 12.3 | 12.7 | 23日 | 3.0 | 21日 | -0.8 | 3月28日 | 4月5日 |
2018 | 9.4 | 12.1 | 12.9 | 16.3 | 29日 | 6.9 | 26日 | 2.3 | 3月19日 | 3月27日 |
2019 | 8.6 | 8.1 | 11.0 | 14.2 | 28日 | 2.2 | 28日 | -2.3 | 3月22日 | 4月4日 |
2020 | 9.3 | 9.4 | 10.3 | 11.0 | 25日 | 1.4 | 23日 | -2.6 | 3月22日 | 3月27日 |
2021 | 11.1 | 11.6 | 11.7 | 13.6 | 26日 | 2.7 | 26日 | -1.7 | 3月17日 | 3月22日 |
2022 | 8.9 | 11.1 | 14.4 | 15.9 | 20日 | 4.2 | 30日 | 0.0 | 3月22日 | 3月31日 |
2023 | 11.0 | 12.1 | 13.2 | 13.0 | 25日 | 4.6 | 22日 | 0.0 | 3月17日 | 3月23日 |
(土山の気温は滋賀県甲賀市土山(標高263m)の観測値を気象庁から引用した。御在所岳山頂の気温は三重県大気環境情報、又はその「確定値ダウンロード」から引用した。サクラ(ソメイヨシノ)の開花日は気象庁の生物気象観測から引用した。)
開花前線は概ね三週間で標高差500mを登っている。この開花前線を駆動しているのは当然ながらツボミを成長させる気温上昇だろう。土山の平年値(2023年の公表値)によれば、平均気温は三週間(4月10日~30日)で10.4℃から14.2℃まで3.8℃上昇している。四日市では12.4℃から15.8℃まで3.4℃の上昇になる。一方、御在所岳の平均気温減率(2014年の観測値)が公表されており、図表から読み取った四月の値-0.77(℃/100m)を使用すれば標高差500mは気温差3.9℃に相当し、三週間の平均気温の上昇とほぼ一致してはいる。
引用:関谷不二夫.鈴鹿山脈御在所岳における気温減率について.第7回日本気象予報士会研究成果発表会予稿集.2015.(Wayback Machine)
開花時期や開花前線の上昇速度がその年の春の気温に影響されるなら、開花する花の数は何に影響されるのだろう。前年の夏から秋に花芽が形成されるなら、花の数、すなわちアカヤシオの表年・裏年は前年に決定されているのだが。
4 アカヤシオの隔年開花


アカヤシオの開花は表年・裏年を繰り返すように見える。主観的なものだが、明瞭な表年や裏年がある一方で、表裏が曖昧と感じられる年もある。寒波や強風で花が散ってしまうので表裏の判断に困ることもある。
ただ、この隔年開花は2013年に崩れた。隔年開花を意識した2005年以降、御在所岳では奇数年が表年だった。しかし、2013年は表裏が曖昧になり、2014年は表年、2015年は裏年となった。表裏のリズムが逆転したようだ。
隔年開花の逆転の契機となった2013年は、暖かい四月上旬に対して、下旬は気温が上昇せずに酷い寒波に襲われている。ツボミが多くて期待していたが、結局は木ごとの個体差が大きい開花となった。気象条件が整わずに準備されていた表年はキャンセルされてしまったように感じられた。その翌年はアカヤシオの木々に余力があったのか表年になった。(山行記録:御在所岳 2013.04.21)
さらに、2020年にも表裏のリズムが再逆転したかも知れない。この年の以降は、明瞭な表年・裏年を感じられない曖昧な状況(現状)が続いていると考えている。
そして、この隔年開花にはアカヤシオ以外の花樹も同調しているように見える。アカヤシオの表年には翌月のシロヤシオ、ベニドウダン、サラサドウダンなども良く咲くが、裏年には他の花も密度が落ちて寂しい。また、2013年の寒波に無関係と思われる翌月開花の花樹もアカヤシオと同様に隔年開花が逆転したように見える。とても不思議だ。
異種間で隔年開花が同調する原因は見当もつかない。アカヤシオの個体が隔年開花することは理解できなくもない。気象条件が影響を与えるのならば、同種間での同調もあるだろう。しかし、開花時期が異なる異種間でも同調するように見えるのは何故だろうか。ただし、開花時期が近いホンシャクナゲは良く解らない。アカヤシオの隔年開花とは別のリズムに乗っているように思われることがある。
なお、アカヤシオの隔年開花は、少なくとも御在所岳、国見岳、鎌ヶ岳の範囲で概ね同調しているように見える。
5 近年の開花状況
御在所岳・中道登山道での近年の開花状況は次のとおり。四月下旬に強風で花が散ったり、降雪を伴う強い寒波で花やツボミが傷んだりしなければ、表年には良い花見登山を楽しめる。2005年、2011年は良い年だった。
- 2006:裏年。そのうえ、積雪を伴う寒波により山頂部のアカヤシオは全滅。
- 2007:表年。開花が遅れ、山頂部の見頃は連休終盤から翌週前半。
- 2008:裏年。
- 2009:表年か。高温による早咲きと、降雪を伴う寒波で上部のアカヤシオは全滅。
- 2010:裏年。
- 2011:表年。開花が遅れた。2005年以降で最も良く咲いた。
- 2012:裏年。
- 2013:曖昧。隔年開花のリズムが崩れた。気象条件が悪く、表年はキャンセルか。
- 2014:表年。同調しなかったシャクナゲも含めて春・初夏の花樹は良く咲いた。
- 2015:裏年。
- 2016:表年。開花が早かった。
- 2017:裏年。開花が遅れた。
- 2018:表年。早咲きと寒波により中腹で被害を受けたが、上部では良く咲いた。
- 2019: - 体調不良で観察不足だが、見た範囲では裏年との印象。
- 2020:曖昧。早い開花だが、気温が上昇せず、開花は進まず、花は少なかった。
- 2021:表年。異例の早い開花。中腹の花は少なかったが、上部は良く咲いた。
- 2022:裏年。中道の開花は早く、どちらかといえば裏年だった。
- 2023:曖昧。おそらくは表年。異常に早い開花。5月のツツジは良く咲いた。
6 山行記録

山行記録からアカヤシオの開花時期のものを幾つか抜粋した。
7 御在所岳登山道の状況


御在所岳の主要な登山口となる国道477号(鈴鹿スカイライン)は四月上旬まで冬季閉鎖される。また、大雨や土砂崩れによる災害復旧工事で閉鎖されることもある。(四日市建設事務所、菰野町観光協会、三重県道路規制情報、日本道路交通情報センター)
御在所岳の登山道はどれも「遊歩道」ではない。中道、一ノ谷新道は「中級」に分類され、裏道、表道、武平峠からの峠道も体力とそれなりの準備が必要だ。死亡を含む遭難事故は珍しくない。登山者数は裏道、中道、峠道が多い。表道、一ノ谷新道では登山者に余り出合わない。
御在所ロープウエイを利用すれば山頂へ行けるので便利だが、強風時は運休や間欠運転になることがある。例えば、風が強くなり15時から運休という事態もある。遅い時刻の登山開始で下山はロープウェイ利用を計画しても、閉鎖された山頂駅を見て運休を知るという危険性があるので要注意。運転状況は同社サイトで公開されている。強風時の間欠運転は30分に1回の運転なので下山には困らない。また、施設点検による運休日があり告知されるので事前確認を。連休は混雑する。
8 参考(リンク集)
御在所山(マピオン)
三重県レッドデータブック2015
質問:桜の花芽形成について(日本植物生理学会、1170)
質問:狂い咲きについて(日本植物生理学会、1140)
質問:開花と樹勢の関係(日本植物生理学会、1819)
質問:柿の隔年について(日本植物生理学会、1844)
質問:どんぐりなどの結実の周期(日本植物生理学会、1923)
質問:サツキ・ヒラドツツジの咲き分けについて(日本植物生理学会、2186)
質問:ウメとサクラの開花する時期について(日本植物生理学会、2405)
質問:表作と裏作の要因(日本植物生理学会、2557)
質問:サツキツツジの開花と夜間照明(日本植物生理学会、3203)
質問:蕾の期間が長期間にわたる植物(日本植物生理学会、5005)
質問:彼岸花の開花時期の推移(日本植物生理学会、5483)