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鈴鹿:鳥居道谷(岳参道)・その1

土石流で荒れた鳥居道谷(鳥井戸谷)の岳参道を歩く。しかし、三岳寺跡に向かう足洗谷へ入れず、割谷を腰越峠道まで登って裏道に帰った。

登山日
2008年12月21日日曜日
ルート
鳥居道山キャンプ場-鳥居道谷-割谷-腰越峠道-三岳寺跡-裏道

鳥居道谷

岳参道の現状を知りたくなった。この道は鳥居道谷から支流の割谷に入り、三岳寺跡を経由して岳不動まで行く。11月30日(腰越峠道)12月7日(ハライド・国見岳)の様子から、岳参道が通過する鳥居道谷は土石流で荒れたと思われる。1996年に歩いて以来、随分と時間が経過した。

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鳥居道山キャンプ場から林道を登る。右手の鳥居道谷は相当に荒れているが土石流のようには見えない。最奥の大堰堤に着いて小橋を渡る。道が流されており、土砂で満杯の河原に降りた。

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広い河原を遡行すると、大石が転がる荒れた谷に変わった。以前、左岸のコバに標識があり、「岳不動・岳屋敷 嶽参道 割谷口、一ノ坂ヲ越え嶽不動、国見岳に至る」と書かれていたが、その道は跡形もない。歩くうちに左岸上にかつての石垣を見つけた。カマ跡だったか、6mほどの高いところにある。よくも削られたものだ。

写真5
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割谷口に着いた。花崗岩が褐色の地肌を見せている。その割谷の右側で、藪に隠れたように本流が流れ出している。こちらは荒れていない。ここまで歩いてきた鳥居道谷の土石流は、すべて割谷から流れ出したものだった。

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本流に入ると踏み跡が残っている。しばらく歩くと左岸にカマ跡がある。直ぐにキャンプ場の黄色いペナントが目印としてブラ下がり、枯れ葉に埋もれた石標が頭を出している。対岸の小谷が一ノ坂、とても道とは思えないが登るうちに道らしくなる。足跡が残っている。少数の先行者がいるのかも知れない。

一ノ坂を登ると左に浅い谷を見ながら緩く登り、朽ちた丸木橋を見つけて対岸に渡る。この辺り、土の斜面を横断する道は雨水に消えそうなところがある。三岳寺の時代から利用されているなら、400年以上の歴史がある道だ。

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急斜面を登ると乗り越しになる。標石とトタン小屋の残骸らしいものが現れる。花崗岩の標石には何が彫られていたのか解らない。ここから南東へ切り開きを入れば展望が開ける。植林作業に使ったヤグラだろうか、木材が散乱していた。

岳参道に戻る。乗り越し付近からは植林帯、1ヶ所で斜面が大規模に崩壊しており横断が面倒だ。植林帯が終わると左下に割谷の水音が聞こえ、傾いた石標を見て水平の道を歩くようになる。12年前は展望の良い伐採地だったと記憶している。ススキに混じるイバラに悩まされたが、現状は藪のなかの一本道だ。

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間もなく土石流で崩壊した割谷に飛び出した。対岸に道があるはずだが入口が解らない。足洗谷に入るのは止めて、腰越峠道まで割谷を遡った。

割谷に飛び出した付近は谷に段差があって下流方向へは下降できないが、上流へは問題ない。途中、花崗岩が青緑色をしている場所がある。触ると粘土のように柔らかい。厚さ1mm程度の粘土細脈が花崗岩の中に見える。

両側が植林帯となり土石流で分断された腰越峠道に到着した。南側の道へは登れるが、谷底から見上げても道の所在は判別し難い。なお、北側の道はさらに上流にあるが、道が流されて登れない。次の地図は地理院地図にGPS(Garmin eTrexH)の軌跡を重ねたもの。軌跡データは未編集である。(:割谷の崩壊始点、:三岳寺跡)

地図の大きさ:600×150 600×400 600×600

地図の大きさ:600×150 600×400 600×600 説明:地図表示について

帰路

腰越峠道を藤内小屋まで歩いて裏道を下ると、日向小屋の上流側にモノレールが設置されていた。地質調査ならば、ここに堰堤を新設するものか。

鈴鹿スカイラインから東海自然歩道に入ったが、東西の道(鳥居道山キャンプ場-菰野富士)と南北の自然歩道が交差するところに「東海自然歩道崩落のため通行止め」と表示があった。この付近の東海自然歩道は全面通行止らしい。地元の神社で祭礼があるので遅刻せぬように自宅へ直行した。

行程表

9:15鳥居道駐車場
10:13一ノ坂入口
11:16割谷に降りる(680m付近)
11:56腰越峠道
13:09鈴鹿スカイライン・裏道登山口
13:47鳥居道駐車場
(作成 2008.12.26)(変更/地図を電子国土ver3→地理院地図 2014.05.25)