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鈴鹿:笹尾峠(御代参街道)

甲賀市土山町の国道1号(東海道)の石標から御代参街道を歩き、笹尾峠、鎌掛宿を経由して、近江鉄道の日野駅まで歩いた。

登山日
2026年2月6日金曜日
ルート
土山図書館-国道1号石標-笹尾峠-鎌掛-伊勢路ー日野駅

国道1号の石標・御代参橋

土山図書館に自動車を置き、国道1号の石標へ行く。ここは東海道から御代参街道が分岐する場所だ。石標2基があるが、土山学区自治振興会のサイトのよれば「昭和30年頃までは確か3本あった」とのこと。何処へ行ったやら。

写真1 国道1号の石碑写真2 御代参橋

石標から北進し、車道や農道を歩いて野洲川を渡る御代参橋の東詰に飛び出した。橋の西側には御代参街道の案内板がある。橋の金色のレリーフは駕籠に乗る春日局だろうか。

伊勢神宮から多賀大社へ向かう春日局のために、それまでの道を改修したものが御代参街道とのこと。ウィキペディアによると、多賀大社から中山道で上洛し、拝謁した後水尾天皇から「春日局」の名号を賜っている。なお、明治25年の五万地形図には「御代参街道」と名称が書き込まれている。

地図の大きさ:600×150 600×600

地図の大きさ:600×150 600×550 地図表示について

赤線:御代参街道、:土山図書館、:石標、:御代参橋、:金比羅神社、:笹尾峠標識、:石造板碑、:蚊屋の森、:雨引神社の鳥居、:雨引神社、:常夜灯(伊勢路)

笹尾峠

西瀬音の集落で清涼寺前を通過すると、民家の車庫に御代参街道の標識があり、「御代参街道 西瀬ノ音 坂下屋 土産物屋跡」とある。ここから車道を離れ、植林の急斜面をジグザグに登るが、あまり歩かれている気配はない。

写真3 笹尾峠の登り口、西瀬音にて写真4 金比羅神社

少し雰囲気が明るくなると左に鳥居があって奥に小さな祠がある。祠を覗くと「金比羅宮」と書かれたものが見えた。境内を横断して登ると直ぐに団地東側の工場が見えるので、これを左に見ながら北進して東西の舗装路に飛び出した。足下には御代参街道の標識が倒れている。

写真5 笹尾峠の標識写真6 石造板碑

ここは緑ヶ丘ファイブ団地というらしいが建物は僅かしかない。御代参街道の標識を拾いながら歩き、団地西端から細い道を歩くと、直ぐに東西の地道の林道に出て笹尾峠の標識に出合った。峠は東西の林道に南側から道が上がってくるT字路だ。南側からの道が本来の御代参街道か。行き先を確認していないけれど。

この峠に明応9年(1500)の石造板碑がある。南側の道に「銃猟禁止区域」の赤い看板があるので、そこから東へ登ったところだ。板碑の地上部分の高さは身長ほど。『近江の石造美術3』(国立国会図書館)に「不動一尊種子板碑」として解説がある。山伏の関所通行の自由を書いたものとのことだ。

笹尾峠からシカ三頭が逃げていく林道を西へ歩き、右折して北進すると低いササのなかの細道になる。この付近の御代参街道は登山道と大差ない状態だ。この先で街道は採石場に断ち切られるので、迂回路の急な山道を西へ下りて塔の谷砂防堰堤に出た。ここは林道終点であり、御代参街道の標識がある。

鎌掛

鎌掛集落には宿場時代の屋号が表示され、ベンガラの赤い色彩が残る家が何軒かある。鎌掛地内では御代参街道の標識が金属製に更新されており分かりやすい。

御代参街道を離れて「蚊屋の森」へ立ち寄る。ここは高い木立の中に小祠がある。大きな石碑があるが浅い彫りの文字多数で読めそうにない。そして、何故か日野町が各所に設置している案内板がない。思い浮かぶのは市辺押磐皇子が雄略天皇に射殺された蚊屋野のことだ。近辺の音羽集落にある薬師堂は皇子の墓所との伝承があるが、古墳の埋葬物は年代が一致せず否定されているけれど。

雨引神社

写真7 雨引神社

日野川を渡ったところで御代参街道を見失った。日野川右岸を歩くことが正解だったらしい。木津集落近くにある雨引神社の鳥居で御代参街道の標識に復帰した。

木津橋を渡って雨引神社へ道草をしたが農道を歩くべきだった。新しい道は国胴307号に出るが、国道からは神社への道がなくて強引に崖を下り、幅広の水路を立木に掴まって跨ぐことになった。

案内板には、木津は寺院建築のための木材を日野川から琵琶湖へ流したところであり、雨による水量が必要だったとある。農民の雨乞いとは別モノらしい。なお、神社付近でサル一頭が雑木林へ入るのを見ている。まあ、何処にでも出没するのだが。

日野駅まで

国道307号の木津大橋からは尖った山容の砥山(厨頭冠山)や山脈左端の宝殿ヶ岳(猪の鼻ガ岳)が東方に見える。手前は先程に渡った雨引神社の参道でもある木津橋だ。

写真8 木津大橋から砥山と宝殿ヶ岳写真9 伊勢路の常夜灯

木津集落の西側で国道を離れ、耕地整理された水田の曲がり角で街道標識の残骸を探して歩けば「いせの」の集落へ入り、伊勢路バス停で伊勢両宮と彫られた常夜灯に出た。あとは西進して内池郵便局で御代参街道を離れ、近江鉄道の日野駅へ到着した。

日野駅の交流施設は年寄りで賑わっていたが、1時間1本の電車が時間待ちをしていたので電車に飛び込んだ。水口からバスで自動車の回収に向かわなければならない。

朝、目覚めると横向き(左向き)になって寝ており、腰の右側から背後にかなりの痛みがあった。左側には痛みがないけれど、ハイキングシューズへ手を伸ばすことが苦痛で靴紐を結ぶことさえ難しい。歩くには支障ないが登り下りには気を使うし、夕刻になっても痛みは治まらない。爺さんになった証拠か。

行程表

7:49土山図書館駐車場、出発
7:59国道1号石標
8:25御代参橋
8:56笹尾峠登り口、坂下屋跡
9:31笹尾峠(9:31-9:40)
10:50蚊屋の森
12:02雨引神社
12:36伊勢路の常夜灯
12:51日野駅、到着
(作成 2026.02.07)