鈴鹿:雨乞岳
雨乞岳に稲ヶ谷から登った。登山地図は一般登山道扱いしているが、木の根をつかむ急斜面は危険な感じ。整備もされておらず、標識は古いモノが残っている程度だった。下山は郡界尾根とした。歩き良いルートになったが恒久的な標識がなく一般的でない。「穴」など鉱山の痕跡を見るルートだった。
- 登山日
- 2012年11月25日日曜日
- ルート
- 稲ヶ谷-雨乞岳-郡界尾根-茨谷右岸尾根-鈴鹿スカイライン-神渓橋-旧道・滝ヶ坂鉱山跡-乾坤橋-鈴鹿スカイライン
雨乞岳



稲ヶ谷(西稲ヶ谷)の登山道を登った。谷へ入れば緊張する細道、小滝も左岸側から登るが危なっかしい。右岸へ渡って奥へ進むと大滝まで来てしまった。戻って登り口を探すと白砂利の斜面付近に小さく「吟」と目印があった。
急斜面を頼りない細道でジグザグに登る。固定ロープの斜面が現れ、根をつかんで登れば植林の台地へ飛び出した。危険状態から解放されてホッとする。この登山道は過去に2回利用しているが、もう少し道の状態は良かったように思う。




再び谷へ下りる。歩き良いところを探して谷中を行くが、テープや石積みの目印は不足気味。その分、時間を消費する。地形図では広葉樹林だが、右岸側、次に左岸側に植林帯が現れ、950m付近で見えなくなった。高いところだが、こんな所にもカマ跡がある。
1050m付近の右岸側に「穴」がある。付近には石組みがある。坑口か。施設はこれだけなので、雨乞岳南面にあったらしい大平鉱山跡ではなさそうな雰囲気。国会図書館のデジタル化資料に大阪鉱山監督局の管内鉱業要覧がある。試掘坑は所在地名、採掘坑は名称も記載されているが大平鉱山は見つからない。この「穴」も資料からは正体不明である。
急斜面に変わり、滑る砂利斜面で体力を消耗させながら登ると、岩塔を右に見てササヤブに直面する。この小さな岩塔の北側に良い道があり、ササのトンネルで苦しむうちに稜線に飛び出した。道迷いと道草で時間を浪費し、登山口から4時間を要した。
地図の大きさ:600×150 600×500 600×600
地図の大きさ:600×150 600×500 600×600 説明:地図表示について
山頂に立ち寄ってから郡界尾根を下り、茨谷右岸尾根から鈴鹿スカイラインに下りた。踏み跡は解りやすくなり、ヤブが邪魔することもなくなった。上図は、GPS(eTrex30)の軌跡から道迷い・道草などを削除して表示したもの。(:「雨乞岳-鈴鹿スカイライン」標識、
:「雨乞岳70分」標識、
:「穴」坑口か)
鈴鹿スカイライン・旧道・滝ヶ坂鉱山跡
自動車を回収するために、鈴鹿スカイラインを稲ヶ谷登山口へ戻った。カーブをひとつショートカットし、神渓橋から乾坤橋付近までの間は旧道を使った。

その旧道はスカイライン直下に石組みとともにある。木橋の橋桁が残り、西へ進めばコンクリート擁壁で保護された広場となる。その先でガードレール付きの橋に出合うが倒木に塞がれて通行困難。これ以降、野洲川本流の右岸崩壊で乾坤橋までは危険な様子。立ち入らなかった。
コンクリート擁壁がある広場から斜面方向に対して左手(北西)の岩尾根を見上げるとスチール製のワイヤーが見える。何の仕事に使ったのか。この辺りは滝ヶ坂鉱山跡らしい。本流の河原へ降ろされたワイヤーを横目に斜面を下り、対岸の道をスカイラインへ戻った。転石上にあるのは砕かれた石か。鉱石愛好家の活躍の場と見える。
追記 2023.10.04
稲ヶ谷登山道の現状を知らないが、地図のとおり、この登山道の大滝の巻き道(640m~720m)は危険です。特に下山の利用は良くないと思われます。2021年5月には下山中の男性(41)が滑落(10mの滑落後、さらに20m)により死亡しています。
また、2014年に昭文社は登山地図の稲ヶ谷を一般登山道から難路に変更したが当然のことと思われます。
行程表
8:41 | 稲ヶ谷登山口 |
12:31 | 稜線に出た |
12:44 | 雨乞岳山頂(12:44-12:55) |
13:07 | 東雨乞岳 |
15:04 | 鈴鹿スカイライン |
16:29 | 稲ヶ谷登山口 |