鈴鹿:地蔵ヶ平・火頭子山
甲賀市土山町の黒川で熊倉三角点や火頭子山を歩いた。ただし、表題の「地蔵ヶ平」の所在は不明だ。
また、翌日、山内地区内にある浅間信仰の「ふじやまさん」3ヶ所を探した。
- 登山日
- 2026年2月18日木曜日
- ルート
- 山内コミュニティセンター-天王社跡-境界尾根-天王社跡-地蔵尊-境界尾根-熊倉三角点-火頭子山ー山内コミュニティセンター
天王社跡から黒川・鮎河の境界尾根を往復
山内コミュニティセンター
に自動車を置いて北へ歩き、Y字路を左へ入ると地蔵堂
がある。ここから北東へ100mほどの場所に竜神社の小祠があったらしいが、別の機会に探したときには見当たらなかった。甲賀市の「こうかちず」によると地名は「千谷」、山内まちづくり協議会にある山内マップには竜神社の記載があるのだけれど。
中村橋で田村川を渡ると中之組集落に入る。背後の山は戦後も高い場所まで耕作されていたが、現在は植林されてネットフェンスの向こう側になった。フェンスを開閉して山内マップにある天王社
へ行くが、既に社は解体されており「天王社遙拝跡」の石碑が残るのみだ。右の大木は山内マップに説明があるシイなのだろう。


天王社跡の左側に良い道があるので登る。これは農道だったのだろう。左右に耕作地跡があって道が分岐し、最後には曖昧になったが、黒川・鮎河の境界尾根まで登った。
天王社跡へ引き返す途中で脇道へ入ると、平坦地、石垣、水路跡などを見る。そして一間四方の小屋
を見つけた。屋根はトタン板だが余り傷んでおらず、作業小屋にしては造りが幾分か丁寧に思われる。そして、何故か前面に扉がなかったようだ。木材が転がっているが何かの祭祀跡か。良く分からない。
道を追うとフェンス
に出合ったが石が置かれており開閉できないので、大人しく天王社跡から集落へ戻った。
地図の大きさ:600×150 600×750 地図表示について
赤線:天王社跡からの登り、青線:天王社跡への下り、紫線:地蔵尊からの登り、緑線:「ふじやまさん」を歩いた、
:山内コミュニティセンター駐車場、
:天王社跡、
:小屋、
:閉鎖フェンス、
:地蔵尊、
:峠の廃車、
:熊倉三角点、
:滋賀県中継局、
:火頭子山、
:大日堂、
:馬子唄公園(山中西交差点)、
:地蔵堂、
:山の神(寶泉禅寺)、
:富士の宮(ふじやまさん)、
:東海自然歩道指導標、
:地蔵尊・廻国供養塔、
:ふじやまさん(笹路)、
:ふじやまさん(市場)
地蔵尊から登る
道路を東へ歩いて川を渡り、再度、山へ向かってフェンスを開閉すると地蔵尊
があった。左右に道があるが地形図の破線路は右側だ。瓦屑が置かれており、しばらくは狭い道だが、こちらも農道であり耕作地跡を見る。
『鈴鹿の山と谷』の著者による『鈴鹿山地の雨乞』(国立国会図書館)に「中ノ組の背後に『地蔵ヶ平』があり山道には地蔵さんが祀られている」とある。今日、山道で見た地蔵はここだけだ。ならば「地蔵ヶ平」とはこの付近のことだろうか。
また、同書に引用されている「黒川の太鼓踊り」の「竜王踊り」の歌詞には「竜王さんに登り来て」とある。こちらは何処だろうか。なお、歌詞の引用に誤記があるので『土山町史』の郷土民謡を参照した方が良い。


山道の勾配が緩むと廃車2台を見て驚く。ここは黒川・鮎河の境界尾根で、鮎河側に林道があるので不法投棄なのだろう。尾根を東へ歩くとススキ原があるがネットがあって入れない。四方草山や三子山が見えた。
熊倉三角点
廃車から西へ尾根を歩けば、こんもりとした塚のような熊倉三角点があった。「点の記」の所在地欄に「俗称熊倉」とあるので『甲賀市志』(国立国会図書館)を調べると、黒川側に「熊倉」の字名を見つけた。
火頭子山


歩きやすい植林を登って火頭子山へ来た。山頂は一面の植林だ。下りはマンリョウの赤い実を見ながら地形図の破線を離れる。最後は藪っぽくなるが県道へ下りた。
前回(鈴鹿:火頭子山 2023-12-20s)に登りに使った上水施設の入口には工事用モノレールが設置されており、看板には施設更新の工事とある。崩れそうだった階段道が補修されると良いのだけれど。あれでは日常点検が命懸けになってしまう。
大宮神社と大日堂に立ち寄って駐車場へ戻った。大宮神社の看板には、花笠太鼓踊りは4月の第3日曜日とあった。
田村祭り

頭上から西は黒い雲になり、ときどき雨がバラバラと落ちてくる。予定を変更して田村祭り(厄除大祭)へ行けば、こんな空模様であるためか、今回は拝殿前に並ぶことなく参拝できた。
これにて、『鈴鹿の山と谷』第5巻に次巻広告として掲載されながら、第6巻には収録されなかった「大岩山の周辺 大岩山、地蔵ヶ平、火頭子山、その他」の探査を一旦終了としよう。手元材料がなくなったので、あとは地蔵を探して歩くしかないが、集落から離れた高い位置には交通の要所でもない限り、地蔵はないような気がする。
行程表
| 10:29 | 山内コミュニティセンター駐車場、出発 |
| 10:41 | 天王社跡 |
| 11:14 | 黒川・鮎川境界尾根 |
| 12:23 | 天王社跡 |
| 12:32 | 地蔵尊 |
| 12:55 | 黒川・鮎川境界尾根・廃車2台(12:55-13:04) |
| 13:58 | 火頭子山 |
| 14:28 | 県道へ下りた |
| 15:02 | 駐車場、到着 |
甲賀市土山町の「ふじやまさん」
翌日、2月19日に、山内マップにある黒川、笹路、市場の「ふじやまさん」を探して歩いた。出発は国道1号の西中山交差点にある馬子唄公園
の駐車場だ。
最初に新名神高禄道路の南側にある355m独標に立ち寄った。立入禁止の看板を見ながら階段を登ると低いササの狭い山頂に出た。何があるでもない。高速道路を見下ろせるが、ネットフェンスや立木が邪魔なので期待したほどの展望はなかった。
山中から黒川へ抜ける研臼(スリウス)の道を歩くが、黒川側では一部でササが繁茂しており自動車は通行できない状態だ。山内コミュニティセンターから昨日と同じ道を歩いて上の平集落へ行くと、寶泉禅寺西側の大木の根元に山の神
を見た。


最初の「ふじやまさん」はダイヤモンド滋賀CCの入口道路から入る。道路左側に石鳥居があり、神額には「富士の宮」とあった。長い階段を登り、小枝が落ちているコンクリ舗装の参道を歩くと小祠
があって、なかに「富士山」と彫られた自然石と「富士山本宮浅間大社神璽」と墨書された木札が見えた。
「ふじやまさん」から東へ尾根を歩くと、P441が急な登り下りになる。南下する破線路を下ったが、地形図にないゴルフ場東端からの林道により尾根が切られており、崖上に出てしまった。仕方なく東斜面の植林から林道へ下りることになった。
これ以降、大方は地道の広い林道をネットフェンスの開閉をして山女原集落の西側に出て車道を歩く。東海自然歩道の指導標
を見つけたので、そこから笹路川を渡って南下すると一部でササが茂っていたが木立側に逃げると良い道があった。
到着した笹路の「ふじやまさん」は現状不明。建屋
は閉じられており、周辺は草の刈り払いがされていない。


市場の「ふじやまさん」はササの中に良い道があり、小高い場所に磐座の雰囲気がある大岩に挟まれるようにして小祠
が置かれていた。しかし、扉は破損しており空き家のように思われる。或いは「富士の宮」に木札があったので、そちらへ引っ越したのかも知れない。入口の県道にいたイヌ連れのおやじさんに聞けば、8年前に来た人間なので「ふじやまさん」の存在さえも知らないとのことだった。
山内地区の浅間信仰の小祠3ヶ所のうち、現在も祭祀されている気配があるのは「富士の宮」だけだった。もっとも参道は掃除されておらず、サクラの枝がたくさん落ちていたので奉賛会のような組織活動はないのだろう。
行程表
| 12:08 | 馬子唄公園駐車場、出発 |
| 13:10 | 山内コミュニティセンター |
| 13:33 | 山の神 |
| 14:02 | 富士の宮 |
| 15:51 | ふじやまさん(笹路) |
| 16:16 | ふじやまさん(市場) |
| 16:43 | 馬子唄公園駐車場、到着 |
備考1:黒川の雨乞い
山内地区が作成した絵屏風を紹介している動画『【山内ふるさと絵屏風】黒川編 勝負山 雨乞い踊り』(2019-04-30投稿、Youtube)があり、「西山」で雨乞いをしたと説明している。この西山とは川西集落の西側の山であり火頭子山、或いはその北側付近のようだ。絵屏風には、山頂で火を焚き、太鼓を持ち込んでいる人の姿が書き込まれている。
また、山内エコクラブの動画『川西地区黒川雨乞い踊り』(2019-01-08 投稿、Youtube)は聴き取り難いが、最後に「火頭子は猪鼻の方から上がらしてもろた」と話をしているようだ。
備考2:黒川の雨乞い その2
その後、甲賀図書情報館にて『鈴鹿山麓の小さな村のよもやま話』(鍋家渡支雄,2023,サンライズ出版)を見つけた。表紙に絵屏風を使った本だ。
この本には、大正2年の旱魃では「火頭古山(西山)に登り、山頂の広場で大火を焚いて竜王踊りを踊った」とか、「『火頭古山』は、黒川では夕日が沈む山で西山と呼ばれています」とある。『鈴鹿山地の雨乞』が西山を大河原の西山としていることは間違いだともある。
現在は植林だが、P482なら踊りのための広場としては充分な場所と思われる。
備考3:笹路のふじやまさん
山内エコクラブの動画に『ふるさと紙芝居・「笹路のふじやまさん」』(2021-03-28 投稿、Youtube)を見つけた。聞き取り難いが「ふじやまさん」の近くの木に紙垂を付けた竹竿をくくり付けに登るという行事が続けられているとのこと。
動画『川に纏わる笹路(そそろ)の行事』(2021-08-20 投稿、Youtube)でも、とても聞き取り難いが、絵屏風の前で7月下旬に現在も続けられていると話をしている。
なお、絵屏風の作成時期は「山内ふるさと絵屏風つくり・活動報告」にある。2015年に聞き取り会、2017年に黒川・猪鼻・山中の絵屏風が完成。山女原・笹路・黒滝は取り組み予定となっている。また、紙芝居は2020年に山中・笹路で作成されている。