鈴鹿:正楽寺山
湖東三山のひとつ、西明寺前から、裏山の正楽寺山、本堂山を一周し、帰着後に西明寺を参拝した。その後、「ヘムスロイドの杜まつり」が開催されている「ことうヘムスロイド村」と金剛輪寺へ入った。
- 登山日
- 2026年10月18日日曜日
- ルート
- 西明寺-勝楽寺-正楽寺山-本堂山-西明寺
正楽寺山
西明寺前の国道307号脇の駐車場へ自動車を置いた。時刻は6:20頃。当然ながらガラ空きだ。西明寺の裏山を時計回りに一周して、西明寺の開門時刻(8:30)の頃に下山してくる予定で出発した。
登山口の勝楽寺(甲良町)は、入り口の案内板によれば、佐々木道誉を開祖とし、地名は明治の初めに「勝楽寺」から「正楽寺」へ変更されているとのこと。佐々木道誉は、鎌倉時代後期から南北朝時代の訳が分からない時代の人なので、婆娑羅の言葉以外は良く知らない。本堂左の道誉の墓石は歪な形で、織田信長による焼き討ちで傷んだとある。


「正楽寺山ハイキングコース」の案内板を見て、勝楽寺の駐車場から山道へ入った。直ぐに獣害防止のネットを開閉して通過するが、4月から3月の日曜日は害獣除去の猟があると表示されている。今日は、いまのところ、その気配はない。
「大乗妙典」と彫られた石碑がある経塚、次いで朱い鳥居の狐塚を見て登れば東西の尾根に乗った。東には勝楽寺城跡と見張り台がある。城跡は素人目には小広い平坦地でしかなく、見張り台の展望は失われている。引き返して「上臈落とし」へ行けば、西に琵琶湖が見える。ハイキングコースはここまでだ。
地図の大きさ:600×150 600×500 地図表示について
赤線:登路、青線:下山路、
:西明寺駐車場、
:池寺の大スギ、
:経塚、
:狐塚、
:勝楽寺城見張り台、
:上臈(ろう)落とし、
:三等三角点・池寺山、
:本堂山
この地図は Garmin eTrex32x により取得した軌跡をファイルサイズ削減のために間引き編集などをして地理院地図に重ねて表示したものです。
展望がない雑木の尾根を南下して本堂山の最高点へ向かうが、油断するとクモの巣へ顔を突っ込む。途中の三等三角点は標点名「池寺山」で、点の記の所有者欄には西明寺住職の名前がある。最高点の手前で左へ入ると何処へ行くのか細道が続いていたが、アサギマダラを見て足を止めたところで引き返した。
本堂山の最高点では明瞭な道が左右に分かれた。左は「高取山ふれあい公園」だろうか。右へ入ると目印テープが多数あるが、倒木の手前に異常な数のピンクテープがあって、これを最後にこのテープは消えた。尋常ではないテープの数に、心の歪みのようなものを感じると言えば大袈裟か。宗教とか、呪いのような不気味さがある。
曖昧になった踏み跡を進んで左へ下り、湖東三山自然歩道の標柱まで下りると地道の林道があったので、これを使って駐車場へ戻った。不明瞭な下山ルートだったが、本堂山への登りに使うのなら困らないかも知れない。
行程表
| 6:39 | 西明寺駐車場、出発 |
| 7:21 | 勝楽寺(7:21-7:32) |
| 8:56 | 本堂山最高点 |
| 9:36 | 西明寺駐車場、到着 |
自宅~西明寺:所要時間2時間20分、うち運転時間1時間45分(四日市4:05→石榑トンネル→県道307号)
西明寺
クモの巣を払ったストックを自動車に置いて、大幅に遅刻したが、西明寺の惣門から入山した。直ぐに不断桜の案内があり、僅かばかりの花を見る。




広い石段の左右に見える多数の空き地は僧房跡か。名勝庭園「蓬莱庭」、本堂、三重塔、二天門、十一面観音像と順路に従って歩いた。
北側の側面から仏像が並ぶ本堂へ入ると、本尊の薬師如来は秘仏だった。本堂、三重塔、二天門は織田信長の焼き討ちを生き残っているが、逆光のなかに暗く沈む南側の三重塔など、何だか広くて寂しい空間だ。夕刻に本堂正面が開扉されたなら、どのように見えるだろうか。紅葉の時期ではないためか、西明寺の参拝客は少なかった。
ことうヘムスロイド村・ヘムスロイドの杜まつり
自動車で「ことうへムスロイド村」へ移動した。今日は、全国のクラフト作家が出店した「ヘムスロイドの杜まつり」が開催されている。


普段は地元作家の工房だが、今日は木地、陶器、革、繊維、金属アクセサリーなど、ちょっと良いものがたくさん販売されている。Webサイトによれば、90組以上の出店者があるとのこと。入場者は近くの工場の駐車場を利用することになるが、かなりの混雑で入場に時間を要した。
金剛輪寺
多賀町立図書館へ行くと第三日曜日は休館とのこと。引き返して、予定外の金剛輪寺を参拝した。
黒門から入り、昭和53年再建の明寿院に入る。座敷へ上がることができ、幾人かの観光客とともに、しばらく庭園を眺めた。何処が良いのやら。背丈を少し超えた位置にクモの巣が幾つかあり、人手が足りない様子だ。




本堂への道は明寿院の前から狭くなり、地蔵が並ぶ道が始まる。地蔵毎に置かれた赤い風車が印象的だ。階段を上がり、「金剛輪寺」の提灯がある二天門から入ると大きな本堂の前に出た。この寺も焼き討ちされたが、本堂、三重塔、二天門は難を逃れたとのこと。本堂へ入ると多くの仏像を見られるが、やはり本尊の観音菩薩は秘仏になっていた。
本堂周辺を歩いていると、また飛翔するアサギマダラを見た。地蔵の道を帰り、営業している茶屋でひと休みする。時刻のためか、それとも空間の使われ方のためか、金剛輪寺は西明寺ほどには寂しさを感じなかった。
湖東三山のうち、残る百済寺はサクラの時期に入山したことがあるけれど、次は紅葉の良いときに湖東三山自然歩道を歩き、天台宗の三つの寺を再訪したいと思う。