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  3. 2017年12月3日

鈴鹿:尾高山

午後から時間ができたので尾高山(菰野町、533m)に登った。尾高山は短時間で登ることができ、濃尾平野の展望を得られる。しかし、前回(鈴鹿:尾高山 2010-11-23)の鮮やかな思い出があるのだが、今回は時期、時刻ともに適期を逃してしまった。

登山日
2017年12月3日日曜日
ルート
尾高観音-行者コース-尾高山-長坂コース-尾高キャンプ場

尾高観音

「尾高十一面観世音菩薩」の看板がある尾高観音の駐車場に自動車を置き、ヒノキ木立の真っ直ぐな細道を六角堂へ歩く。花束を携えたおばさんと言葉を交わすが、耳が遠くなったので充分に聞き取れない。

駐車場の説明板によれば、尾高観音(旧引接寺)は信長の伊勢侵攻以前、天台宗と熊野信仰の混交で杉谷が栄えた時代の名残らしい。 現在は杉谷の慈眼寺の奥ノ院とある。

写真1 尾高観音写真2 霊神碑・覺眞霊神

登山口は六角堂の左側だが、さらにその左に霊神碑が一基ある。覺眞霊神、大講義林林左エ門とある。周辺も整備された立派なものだ。裏へ回ると、昭和六年七月建之。賛助員として朝上村杉谷区長、村会議員、慈眼寺住職、信徒総代などが並び、四日市市一心講の関係者がイロハ順で並ぶ。

尾高観音からの登山ルートは行者コースと呼ばれる。途中にある行者の石像に由来すると思っていたが、この立派な霊神碑を見ていると、御嶽教の行者たちが登山に使ったことが理由かも知れないと思われてきた。

地図の大きさ:600×150 600×300 600×500

地図の大きさ:600×150 600×300 600×500 説明:地図表示について

この地図は Garmin eTrex30 による軌跡を編集して地理院地図に重ねたもの。(赤線:行者コース、青線:長坂コース、:東屋(展望台)、:行者石像、:海の見えるテラス)

行者コース

写真3 東屋写真4 賽銭箱と行者石像

尾高観音から行者コースを登る。七曲坂を過ぎると朱い東屋があって展望が拡がる。数人の登山者が遅い昼食中だった。固定ロープがある急坂を登ると、現在は木に賽銭箱がくくりつけられて奥に小さな石像がある。役行者が座っているように見えるが、詳細は失われており良く解らない。

固定ロープが途絶えた辺りで下山者1人と行き違った。常緑樹が多く、落葉樹は既に葉を落としている。標識やペナントが現れて、左から標識がある長坂コース、見晴コースを併せて右折し、次の標識にぶつかって左折すると山頂になる。この標識は右の洗谷コースの表示をテープで隠している。地理院地図には書き込まれているが廃道だ。

尾高山山頂

写真5 尾高山山頂写真6 尾高山山頂

山頂に到着すると、展望ヤグラの上におばちゃん1人。ここでヒトに出合うのは想定外。過去の遺物と思っていた中日新聞とかのベナントが、小学校の運動会の如く張り巡らされていた。行者コースは良く整備されていたが、これはやり過ぎではなかろうか。

展望は多度山から知多半島の先端まで。名古屋駅の高層ビル群の左に恵那山があるが御嶽山は見えない。背後の釈迦ヶ岳など鈴鹿山脈の山は逆光で真っ暗。帰宅後、カシミール3Dで養老山地の上、石津御嶽付近に御嶽山の山頂が見えることを知ったが、遙拝するには弱い感じがする。

長坂コース

長坂コース、見晴しコースの標識まで戻る。長坂コースは、張り巡らされたペナントの下を潜って溝状の道を枯れた谷に降りるが、枯れ葉や枝が詰まり、目印も少ない。砂防の石垣を通過すると右岸の道となり、明るい尾根道に変わる。整備されていないようで、倒木があるが歩くには支障なし。

写真7 海の見えるテラス写真8 尾高キャンプ場

暗い雑木林をジグザグに降ると明るい樹相に変わり、「海の見えるテラス」に飛び出す。四日市方面の展望が良い。ここまで、山頂から距離が短くてヒザに優しい。バーベキューハウスを通過すると、昔懐かしい双眼鏡が据えられているが、瞳孔間距離が合わないので何とも。舗装林道に降りて尾高キャンプ場、東海自然歩道経由で駐車場に戻った。

通年営業のキャンプ場には、オートキャンプの自動車が一台。カエデは紅葉した葉を残していたが、既に山陰となり色が冴えない。紅葉を楽しむなら一週間早く、時刻は2時間は早くすべきだった。1997年にはキンダーハイム前を通過して洗谷コースを登り、見晴しコースを下山している。見晴コースは南尾根の植林帯を降るもので、見晴らしには無縁だった。冬靴のメンテをしたら登ってみよう。

行程表

13:22尾高観音駐車場
13:29尾高観音(13:29-13:39)
14:12長坂コース・見晴コースを併せる
14:24尾高山山頂(14:24-14:39)
15:10舗装林道に出る
15:31駐車場
(作成 2017.12.05)